第64話 夜のお部屋のひとりごと
家に帰った私は、いつものように家族で夕食を取って、いつものように部屋に戻って、いつものようにPCの前に座った。
夜。
まさに日常の中、それでも私は大いに高揚していた。
なんと言っても、今日は仕事をしたのだ。
異世界で。
冒険者として。
それだけでもすごいことなのに、私にとっては、生まれて初めてのちゃんとしたお仕事体験でもあったのだ。
まあ、うん。
私は出番もなく、ひたすらに歩いているだけだったのだけれど。
ヨランとは、ぼやきあったものだった。
「あーあ。俺等の前にも魔物が出ねぇかなぁ。退屈だぜ」
「だねえ」
「その時にはよ、俺の力を見せてやるぜ! 俺だってチャンスさえあれば、認められて上に行けるんだからよ!」
「私にも少しは倒させてよー」
「おまえは魔道具で映像でも撮ってろよ」
「撮影は仕事じゃないしー。オークもそうだけど、私だけ何もしないでいたら冒険者失格でクビにされちゃうでしょー」
せっかくなれたのに、また無職に戻るのは困る。
「……はぁ。しゃーねーな。なら競争するか? ゴブリンの群れとか出たらよ、どっちが多く倒せるか」
「へー。この私と?」
「また上から目線で言いやがって。見てろよ。――あいてっ!」
ヨランはラッズさんに頭を叩かれて、
「おい、こら、慢心してると死ぬぞ。ちゃんと指示に従って冷静に動けよ」
と、怒られていたけど。
思わず私が笑うと、
「ファーも、よその新人を煽って暴走させんな。人間なんて、本当に一瞬の油断で死んじまうんだからな」
「す、すみませんでした……」
私も怒られましたが。
ともかく。
ラッズさんたちとは、それなりに仲良くできたと思う。
特にヨランとはいろいろと話した。
ヨランは、退屈な毎日に飽きて、村を飛び出して、冒険者を目指して1年前に町に来たのだそうだ。
腕には自信があったようだけど――。
村ではゴブリンを倒したこともあると自慢していた――。
世間知らずの子供が1人で上手くやれるはずもなく――。
あやうく死にかけたところを、たまたまラッズさんに助けられて、そのまま仲間に入れてもらえたのだそうだ。
とりあえず、壮絶な過去とかはなさそうでよかった。
ただ、うん……。
一方で……。
クラウンさんとそのパーティーメンバーは、魔族に滅ぼされた町の出身で、魔族への恨みが特に強かった。
パーティーメンバーの1人、魔法使いのお姉さんが私の噂を知っていて――。
私が、「魔族殺しのエルフ」本人だと知ると――。
大いに称賛されてしまった。
私はそれを照れつつ受け取ったけど、正直、内心では複雑だった。
なにしろ私は、多分、魔族側だしね……。
なんにしても、友好的な関係は築けた気がする。
「あーあ。私もお泊りもしたかったなぁ」
マウスを動かして適当にネットを見つつ、私はぼやいた。
今頃、冒険者のみんなは、夜のキャンプを楽しんでいることだろう。
昼に討伐した巨大イノシシを捌いて、焼いて食べると言っていた。
いいよね、キャンプファイヤー。
そして、焼き肉。
巨大イノシシは魔物だけど……。
その肉は絶品なのだそうだ……。
どんな味なんだろうね、気になります……。
ヨランからは、イノシシ肉の焼き勝負を申し込まれていたけど……。
受けていたら、どんな勝負になっていたんだろうねえ。
「まあ、仕方ないか」
門限は守らないとお母さんに怒られる。
「んー。お泊りできる、何かいい理由はないかなぁ……。ネットで知り合った友達の家に遊びに行くとか……。駄目かぁ……」
引きこもりで世間知らずの私なんて、絶対に騙されているだけだから行っちゃいけないと言われるに決まっている。
自分でもわかる。
私でも、私に説得することだろう。
「あ、そうだ」
ふと私は現実に意識を引き戻した。
ネットで検索を行う。
調べるのは、先日の日曜日のこの町のこと――。
キーワードは、天使様とか、角の子とか、外国人とか、コスプレとか……。
そう。
ウルミアたちのことが話題になってしまっていないかの確認だ。
「……とりあえずは、セーフか。よかった」
私が調べた限り、こっそりと写真を撮られて、ネットにアップされているようなことはなかった。
ただ、私に声をかけてきたヨヨピーナという人のSNSには、「普通に天使様が町を歩いていて驚いた!」という書き込みもあった。
ただ、ヨヨピーナさん的には、一緒にいた2人のコスプレ娘と合わせて、やっぱりいろいろと疑わしいとも思ってくれたようで……。
でもあれって、ただのコスプレじゃない?
普通に町にいたし。
パラディンの盛大なフェイクに、見事に引っかかってるだけかも。
そもそも現実的にありえないよね?
手でトラックを止めるなんて。
とも書き込んでいた。
それには賛否両論、たくさんの人からの返信が続いていた。
うむ。
その流れに私は満足する。
パラディンに信用ゼロなのも幸いしていた。
このままコスプレ娘ってことになってくれれば、万々歳だよねっ!
ただ、不思議に思うことはある。
私はヨヨピーナさんの目の前で、パニックになって――。
つい『テレポート』の魔法を使った。
彼女の目の前で消えたのだ。
そのことについては、なぜか不思議なことに――。
なんの言及もなかった。
気のせい――。
とでも、思ってくれたのだろうか……。
手でトラックを止めることと同じで、現実的にはありえないことだしね……。
うむ。
きっと、そう思ってくれたのか!
よかった!
ラッキーだったね、私!
私は安心して、ヨヨピーナさんの件は解決済みということにした。
「さて、後は……。配信かぁ……」
いつもならそろそろ、夜のゲームプレイ配信を行う時間だ。
もしかして、みんな、待ってくれているかも知れない。
私にも少しはリスナーがいるのだ。
キャベツ軍師さんとか、ね。
「んー」
私は椅子の背にもたれて、どうしようか考える。
今日は昼に頑張ったせいもあって――。
気持ちが異世界に残っていて、冒険者モードのままで――。
あまりゲームをやる気にはならない。
ゲームでもファンタジーMMOなら、冒険者は冒険者なんだけどね……。
「いや、駄目か! やろう! ちゃんとやらないとね!」
私はプロ意識を発揮して、頑張ることにした。
マイクをセットして――。
定番で配信している、いつものファンタジーMMOを起動させる。
マイキャラ、大地に立つ。
キャラの名前は、ファー・えいえいおー。
私のハンドルネームそのままだ。
プレイヤーコメントでは、チャンネルの宣伝もしている。
なので本人だとはわかる。
でも、うん。
ゲーム中で、「いつも配信見ています!」とか声をかけられたことは……。
一度もないんだけどね……。
これが人気Vなら、ファンタジーMMOなんてやろうものには人が集まりすぎてゲームにならなくなるんだけどね……。
人気の差って残酷だよね……。
私は落ち込みつつも、配信を始めようとして――。
「あ、そうだ」
いいことを思いついた。
マイ・ハウスに入った。
その中で迷わず、貴重な薬を使用する。
それは、『転生の薬』
プレイヤーキャラクターの種族や性別や容姿を自由に変えることのできる秘薬だ。
課金アイテムで、ひとつ、3000円もする。
私が持っているのは、ゲーム内のクエストでのもらいものだけど。
お試しようとして、ひとつだけはもらえるのだ。
私は今まで使わずに大切に取っておいた。
躊躇なく使った理由は――。
もちろん、ゲーム内でもファーになるためだ。
銀髪で金目な新しい私にね。
この姿にも、もうすっかり慣れてしまって、すでに私自身だし、どうせならゲームでも同じ姿でいよう。
というわけで、キャラ、リメイク。
転生空間で、あられもない下着になった自分を、あれこれといじっていく。
…………。
……。
「うん! けっこういい感じかなっ!」
それなりに似せることはできました。
最近のゲームは、本当に細かくキャラクターをいじれるのです。
私は意気揚々とマイ・ルームから外に出た。
さあ、マイクをつけて――。
今夜の冒険を始めますか――。
というところで。
なんと。
テル――個人に向けたメッセージが来た。
『こんばんは。ファーさんですよね? 今、少しいいですか? 私、日曜に町でお会いしたヨヨピーナという者です』
え。
え。
私は混乱して――。
私は驚いて――。
なんで、ゲーム内のファーに、リアルのファー宛のテルが来るの!?
どゆこと!?
バレるってことなの!? いろいろと!?
思わず、咄嗟に、他には何も思いつかなくて――。
私は……。
その場でログアウトしました。
はい。
逃げました。
逃亡です。
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