第63話 街道を歩く
戦いが起こる前に、私には決めておかなくてはいけないことがあった。
それは、どこまで本気を出すか、だ。
正直、オークの掃討は容易い。
『スリープ・クラウド』の魔法だけでおわるだろう。
だた、それをしてもいいものか……。
私は迷っていた。
自覚なく、「あれ、私、なんかまたやっちゃいました」が出来ればよかったけど……。
簡単に無傷でおわるのなら、それは良いことだとも思うけど……。
自覚してでもやっちゃおう!
と即座には思えない気持ちもある。
男爵からもそうした解決は求められなかった。
普通に冒険者として、お金稼ぎも兼ねて手伝ってくれると有り難いと言われた。
迷った末――。
1人で簡単に済ませるのは、やめておくことにした。
危機感知は、念のためにつけておいて――。
危機反応のスキルはオフにした。
今回は、あくまで冒険者の1人として、ハルバードで戦おう。
私にも経験は必要だし。
ちゃんと自分で動けないと、絶対に困る日は来る。
光の化身とか、闇の化身とか……。
戦争とか……。
大変なことに巻き込まれる予感は、増すばかりなのだし。
できれば異世界では、のほほんと平和に――まではいかなくとも、普通に依頼をこなしてそれなりにお金を稼いで――。
難しいことには関わらず――。
動画を撮りつつ、楽しくやりたかったけど――。
どうも私は、そうもいかないようだし。
ただ幸いにも、今回、集まった冒険者たちから奇異の目で見られることはなかった。
私は馬車の脇について、のんびりと歩くことができた。
今のところ、普通に危機感知できる範囲では平和だ。
空は青い。
町を出て、ほんの30分くらいで、田園風景もおわって――。
まわりはすっかり大自然だ。
正面には、雄大な山脈の景色がある。
私はスマホを構えて、そうした景色を録画した。
このあたりの景色については、先日もウルミアたちと一緒に撮ったのだけど、なんといっても今日は馬車と冒険者たちもいる。
顔を映さないようにすればいいよね……。
世界も違うし……。
ということで、異世界なう。
まわりの様子も、少しだけ勝手ながら撮らせていただいた。
これは、うん。
ウケることは確実だろう!
ただの雄大な自然の景色なら、現代の世界でも超高画質で録画してアップロードしているヒトも多いけれど……。
馬車に冒険者は、他にはない異世界だけの魅力だ。
ふふ。
これは今度こそ大勝利ですね……。
私が歩きつつ、1人、ほくそ笑んでいると――。
「おい」
いきなり誰かが横に来て、声をかけてきた。
「ひゃっ! な、なに?」
驚いて顔を向けると――。
ラッズさんのパーティーの青年、出発の時に睨んできたヨランがいた。
「それ、何だよ?」
ヨランの視線は私のスマホにあった。
「これは魔道具だよ。景色を記録することができるの」
「記録? そんなことしてどうするんだよ?」
「どうするって……。あとから見る?」
「見てどうするんだよ」
「どうすると言われても……」
異世界のシステム、特にインターネットのことは説明し辛い。
私が困っていると……。
「まあ、いいけどよ」
よかった。
ヨランの方からあきらめてくれた。
「――なあ、おまえさ。俺と同い年なんだってな?」
「え。あ。うん」
私は14歳ということになっている。
「それで冒険者として、もう成功していて、男爵様にも認められているんだってな?」
「まあ、うん……。一応はね……」
「聖女様の友達なんだってな?」
「まあ、うん。それもね……」
聖女様とは、神聖国に1人だけいるという本物のことではなく――。
リアナのことだろう。
それならば、友達ではある。
「けっ。やっぱり、いいとこ育ちかよ。英才教育を受けて、遊びで冒険者ってか。役にも立たない魔道具まで持って気楽なモンだぜ」
「あはは。まあ、否定はできないかな」
私は、みんなのように努力して、ここに来ているわけではない。
それは事実だしね。
「アニキに勝ったってのは、嘘なんだろうな……?」
「アニキって?」
「ラッズのアニキに決まってんだろうが」
「あー」
なるほど、それはそうか。
「どうなんだよ?」
「えっと、うん、まあ……。手加減はされたのかなぁ……」
「だよな。知ってたぜ。聖女様の友達に怪我なんてさせられねぇしな」
「あはは」
そういうことにしておこう。
無駄に喧嘩する気はない。
「いいか、オーク討伐は俺等の仕事だ。余計なことはすんなよ。おまえはその魔道具で景色でも記録していればいいさ」
それは、うん、いい動画にはなりそうだけど……。
て、駄目か。
グロではBANされるよね……。
「わかったな?」
念を押して、ヨランは私から離れていった。
ふむう。
私はヨランの背中を動画に収めた。
まだ若いのに、しっかりと鍛えられていることはわかる。
なんにしても、余計なことはしないでおこう。
ヨランの言いたいことはわかる。
やっぱり……。
ラッズさんたちは許容してくれたけど……。
ポッと出のチートに好き勝手されるのは、気持ちの良いものではないよね。
はぁ。
人間関係って難しいね……。
道中では、何度か魔物の襲撃があった。
だけど私の出番はなかった。
なにしろ100名以上の冒険者が列をなして歩いているのだ。
中には巨大な牙を持ったイノシシのような魔物もいたけど、魔術師が上手に足止めして一気に叩きのめしていた。
あと、ダンジョン外のフィールドでは、魔物は倒しても消えないようだった。
死体から魔石を取り出すのは、ナイフでえぐり出すように行う。
余裕があれば、死体からは素材も回収した。
巨大イノシシは、皮も牙も肉も素材として回収できる上等な敵のようで、倒した後には大儲けだぜと歓声が上がっていた。
「ただ普段は、こんな街道沿いに出る敵ではありませんけれどね……。ヒュドラが暴れた影響は大きいのですね……」
「へえ、そうなんですねえ……」
「気を引き締めて進みましょう」
「はい」
クラウスさんと少しだけ会話して、私は列に戻った。
そうして――。
昼を過ぎて――。
午後の時間も延々と歩き続いて――。
夕方。
ようやく私たちは、ベースキャンプ地となる北の宿場町に到着した。
宿場町には大勢の兵士がいて守りを固めていた。
北の最前線といった雰囲気だ。
一斉討伐に参加する冒険者たちは、宿場町の外れにテントを立てて、しばらくそこで寝泊まりすることになるのだった。
私は、うん。
森で寝るといいつつ、帰らせてもらいますけれどねっ!
ラッズさんやゼンさんには心配されて……。
ヨランには何かする気じゃねぇだろうな、と思っきり疑われたけど……。
そこは、はい。
男爵様の信頼ある聖女様の友達ということで――。
逆にヨランが怒られることになって、ほんの少しだけ「ざまぁ」でしたけれども。
みんな、リアナのことは、本当に聖女様として尊敬していた。
冒険者の中には、ヒュドラ防衛戦に参加して、死にかけて、聖女様の回復魔術で一命を取り留めた人も大勢いた。
あれは奇跡の光だったと彼等は口を揃える。
その聖女様の友達を疑うなんてとんでもないと私は味方してもらえた。
ありがとう、リアナ!
おかげで私は、問題なく1人になれるのでした。
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