第62話 当日の朝なのです




 朝。


 私はアラームの音を待たずして、パチリと目覚めた。

 正直、朝から緊張している。

 なにしろ今日から、異世界で冒険者として、初めての仕事に挑むのだ。

 仕事……。

 そう。

 初めての仕事なのだ。

 異世界としてだけではなくて、こちらの世界を含めても……。

 恥ずかしながら、ちゃんと働くのは初めてだった。

 これを緊張せずしていられるだろうか、いや、いられない!

 というわけで、あまり眠れなかったのです。


 ただ、さすがはファー。


 体は軽くて、空の上まで跳び上がれそうだったけど。


「頑張ろう!」


 私は気合を入れて――。

 まずはPCを起動する。

 そして、自分のチャンネル等をチェック、いつもの朝の日課だ。

 私の渾身の異世界動画は、残念ながら再生数も伸びず、悲しいままだったけど……。


「むむ」


 時田さんからメールが来ていた。

 タイトルは、「時田です。先日はありがとうございました」というものだった。

 普通すぎて、逆に怪しい。

 おそるおそる開いてみると――。


 先日ご購入させていただいた品は予想以上に素晴らしく――。

 私の活動に大いに役立ちそうです――。

 また手に入ったら、ぜひお譲り下さい――。

 あと、お手すきになられたら、お話しさせていただく機会も――。

 ご連絡をお待ちしています――。


 と、丁寧な言葉遣いで綴られていた。


 そういえば時田さんとは、異世界の話をする約束をしていたのだった。

 日時は決めていなかったけど、それも決める必要がありそうだ。

 ただ、うん。

 少なくとも来週以降だろう。

 なにしろ今週は異世界で一斉討伐があるし、ヒロとの約束もある。

 そう……。

 私は日曜日、ファーとしてヒロと会う約束をした。

 大変なのだ……。


 一通りネットを巡回した後は、朝ご飯を食べに1階のダイニングに行く。

 行こうとして――。

 ファーのままなのに気づいて、あわてて羽崎彼方の姿になった。

 そうして、ゆっくりと深呼吸して――。

 心が乱れて変身が解けないように十分に気をつけつつ――。


 部屋のドアを開けた。

 階段を下りる。

 リビングに入ると、すでにお父さんとお母さん、ヒロの姿があった。

 ヒロはすでに学校の制服姿だった。


「おはよー」


 私は3人に朝の挨拶をした。

 するとヒロが、


「びっくりした……。本当に起きてきたのね……」


 なんて言う。

 お父さんとお母さんは、普通に挨拶してくれたけど。

 まあ、うん。

 普段は絶対に起きてこない時間だしね、ヒロの反応の方が正常なのだと思います。


 ちなみに今日から早起きすることは、昨日の夜に伝えてある。

 私は数日の間、昼に出歩いて動画を撮るのだ!

 ゲーム実況からリアル系へと進化するのです!

 そういうことにしてあった。

 スマホの充電は完璧。

 できれば異世界で、良い景色や良い場面を撮りたいところだ。


 今日の朝食は、ご飯に味噌汁。

 納豆にキムチ。

 加えて、なんと焼き魚が付いていた。

 豪華でありがとうございます、感謝していただいた。


 食事の途中、ヒロがしゃべりかけてきた。


「ねえ、――お姉ちゃん」

「う、うん。なぁに?」


 ヒロからお姉ちゃんなんて呼ばれると、それだけで緊張する私は本当に駄目な姉です。


「日曜日、大丈夫なのよね?」

「あ、うん。もちろだよ!」

「時間とかは?」

「あ、それは、えっと……。また直前でいいかな?」

「うん。わかった」


 ファーとして、いかにヒロと会うのか。

 まだ何も決めていない。

 決めねば、なのです。



「日曜日に、また何かするの?」


 お母さんが心配げにたずねる。


「お姉ちゃんのネットの知り合いと会うのよ。安心して、危ないことはないわ」


 ヒロが言う。

 するとお父さんが笑って言った。


「カナタとヒロにもそろそろカレシとかできるのかな?」


 と。


 ヒロは無視した。

 私も、もちろん、返事はしなかった。

 色ネタは嫌いです。


 朝食はおわった。


「ごちそうさま」


 私は部屋に戻った。


 さあ!

 冒険の準備だ!


 と言っても、特別に持っていくものはない。

 私はファーの姿に戻った。

 ドレスに着替えて、ハルバードを持って、完了なのです。


 食事については、ギルドが準備してくれるという。

 作戦行動中の保存食も提供されるそうだ。


 さらにはテントや毛布も。

 私は使わないけど。


 なので冒険者は、基本的には装備だけで良いようだ。

 もちろん安全を考えるなら、いろいろと持参した方がいいのだろうけど。

 実際、ラッズさんたちは、ギルドの支度品はあてにしすぎず、自力で旅できる程度の準備は整えていくそうだ。


 ちなみに私のアイテムBOXには、ファーとなった最初の日に買った食パンがハムと水と共にまだ大量にストックされている。

 あと、マヨネーズも。

 少なくとも空腹で倒れることにはならないだろう。


 最後に鏡で自分の姿を確かめて――。


「うん! 今日も綺麗っ!」


 すっかり馴染んだ銀髪金眼な自分の美少女姿に大いに満足して――。


「転移」


 私は闇に包まれて――。

 次の瞬間には、北の城郭都市ヨードルに移動したのだった。


 すぐに北門に向かう。


 北門には、すでに大勢の冒険者が集まっていた。

 何台もの馬車も止まっている。


「お、来たか。ファー、こっちだぞー!」


 私の姿を見つけたラッズさんが、陽気に手を振って呼び寄せてくれた。

 そこにはラッズさんと、クラウスさん、ゼンさん。

 それに彼等のパーティーメンバーがいた。

 合わせて15名。

 1パーティー5名構成のようだ。

 中にはファーの見た目と同年代――10代半ばくらいの男女もいた。


「おはようございます。初めまして、ファーと言います。今日からしばらくの間、どうぞよろしくお願いします」


 私は失礼にならないように、できるだけ丁寧に挨拶した。

 皆さん、普通に返事をくれたけど――。

 気のせいか、同年代の青年には睨まれていた。


「わはは! おい、ヨラン! いきなりライバル視してんじぇねーぞ! 昨日も言ったがファーは本物だからな!」

「……わかってるよ」


 ラッズさんに言われて、青年が私から目を逸らした。

 小さく舌打ちされたけどね……。


「わりぃな。あいつ、俺のパーティーメンバーでヨランってヤツなんだけどよ、おまえのことを話したら俺だって負けてないって食ってかかりやがってよ。自分の実力を過剰に信じたがる、めんどくせえ年頃なんだわ」

「あはは。若いと、そういうのありますよねー」


 厨二病みたいなものだよね。


「って、ファーも14歳なんだよな? ギルドからはそう聞いたが?」

「あ、はい」


 そうでした。



 あと、馬車に荷物を積み込む作業員の中に見知った子がいて驚いた。

 予想はしていたけど、やっぱりこの町に来ていたのか。


 それは、以前に出会った獣人の少女で――。

 取り逃げの子――。

 私も魔石を取り逃げされた――。

 シータだった。


 魔石をマリスさんに売ったお金で買ったのか、衣服が新品に変わっていた。


 見ていると、不意に視線が重なって――。


 私は小さく手を振った。

 するとシータは、陽気な笑顔でウィンクを返してきた。

 悪びれた様子はない。

 その方がシータらしくていいんだけどね。

 腹は立たない。


 シータは今回の討伐に、冒険者ギルドの作業員として同行するようだ。

 作業の合間に近づいて、少しだけおしゃべりできた。


「久しぶり、シータ」

「やっほー、ファー。まさかいるとは思わなかったよ」

「それはこっちのセリフだよー」

「そうー? こんな大仕事、アタシが見逃すはずはないよねー?」

「……またやるんだ?」


 取り逃げ。


「もちろん。また大儲けしてみせるよっ!」

「その『また』の前にあるのは、私から――した魔石かな?」

「あ、ごめん。怒ってる?」

「ううん。怒ってはいないよ。また会えて嬉しいし」

「アタシもだよー」

「……捕まらないように気をつけなよ?」


 私は小声で忠告した。


「あははっ! そんなドジ、アタシが踏むわけないでしょー!」


 いや、うん。

 前回は思い切り捕まっていたよね。


 私の心配をよそに、シータは仕事に戻った。

 今回の一斉討伐には、冒険者ギルドの雑用係として同行するようだ。

 残念ながら配置は遠くて、道中におしゃべりすることはできそうになかったけど。



 と、そんなこともありましたが――。

 無事に出発となりました。

 ちなみに、私たち冒険者は徒歩です。

 なにしろ街道沿いには、ベースキャンプ地点となる最初の宿場町までの道中でも魔物の襲撃が報告されていて――。

 最初から危険と隣合わせなのです。

 油断せず、しっかりと初めての仕事をこなそうっ!

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