第60話 冒険者との模擬戦



 幸いにも、ぴったりの武器はあった。

 ちょうどハルバードと同じくらいの長さの木の棒――『棍』だ。

 練習場の棚に置かれていたので手に取って構えると、スキル『ポールウェポンⅤ』が反応するのがわかる。

 なので前向きに考えれば……。

 冒険者の人たちとの模擬戦は、今の私の力を知る最高の機会とできるだろう。


 私と退治する3人……。


 片手剣を持つ陽気そうな若い男性、ラッズさん。

 同じく片手剣を持つ知的そうな若い男性、クラウスさん。

 戦斧使いの巨躯の中年男性、ゼンさん。


 彼らはBランク。


 国の中央では注目されることのない存在のようではあるけど……。

 実力者であることは確か。

 少なくともヨーデルに集まった冒険者の中では、最高の実力者だという話だ。


 スキル『Ⅴ』で、彼らとどこまで打ち合えるか。


 それを知るのは大切だろう。


 ただ、うん。


 向き合うだけで、それなりには把握できるけど。

 正直、彼等から脅威は感じない。

 多分、スキルに従ってそのままに動けば、一撃で勝負はつく。


 なので力を抑えて、スキル『Ⅰ』から試してみよう。

 それで、私のスキルと冒険者のランクの、力の比較をしよう。

 今後、加減を間違えないためにも、それは必要な調査だよね。


 私がそんなことを思っていると……。


「随分と余裕の態度だな。俺等程度、本気になるまでもねえってか」


 木剣を手に持ったラッズさんが不機嫌な様子で言った。


「あ、いえ。そういうわけでは。ただ、えっと……」

「何だ? 言ってみろよ」

「皆さんって、この地域では一流なんですよね。私みたいな小娘に倒されて、恥にならないかなぁと思いまして」


 私が心配を口にすると……。


「わははは! そりゃあ、ありがたい心配だな!」


 ラッズさんが盛大に笑った。


「あはは」


 私も笑った。

 私的には、空気を読んだつもりでいたけど……。

 なにしろ練習場には、いつの間にか他の冒険者たちが見学に来ているのだ。


 受付のお姉さんにため息をつく。


「まったく……。ファーさん、煽るのは大概にして下さい。普通の冒険者なら、とっくにブチギレて喧嘩になっていますよ」

「え。あ。私、そういうつもりじゃ……」

「3人とも、すみません。ファーさんは、ほとんど町に来たことがないようなので……」


 お姉さんが3人に頭を下げる。


「大丈夫ですよ。エルフなんて、だいたい人間を見下しているものでしょう」


 クラウスさんが言う。


「俺も気にしないぜ。実力さえ伴っているのならな。――まずはこの俺様が、エルフの力を確かめさせてもらうぜ」


 ラッズさんが私に木剣の切っ先を向ける。


「いや、俺がやろう」


 それを遮って、ずい、と、大柄な中年男性のゼンさんが前に出てくる。

 見学の人たちが声を上げる。


 ……おい、いきなりゼンさんだってよ。

 ……どっちが勝つと思う?

 ……どっちって、ゼンさんに決まってるだろう。

 ……だよな。いくらエルフでも、あの細腕で何ができるんだよ。

 ……いや、でも、魔術があるよな?

 ……さすがに魔術はなしだろ? 模擬戦だぞ。


「使ってくれてもいいぞ。少なくとも身体強化は必要だろう?」


 外野の声を聞いて、ゼンさんが不敵に笑う。


「いえ。このままで大丈夫です。どうぞ」


 私は棍を構えた。


「本当に――。舐めてくれたものだな。では、いかせてもらうぞ」


 ゼンさんも木製の戦斧を構える。


 しかし、そうかぁ……。


 戦いを前に私は反省した。

 私の態度は、彼等の怒りに火をつけるものだったのか。私としては、最大限に丁寧に接したつもりだったのだけど……。

 私は本当に、どうしてこう人と上手くやれないのか……。

 お姉さんには、代わりに謝らせてしまった。


 まあ、うん。


 だから引きこもりなんだけどね。

 あはは。


 私が自棄気味に笑うと――。


 次の瞬間、戦斧がうなりをあげて眼前に迫った!


「うわっ!」


 私は咄嗟にその攻撃を棍で受け止めた。

 戦斧の一撃は重かった。

 模擬専用の木製武器でも殺傷力は十分にある。

 これが羽崎彼方なら、確実に頭をかち割られて私は死んでいた。

 だけど今の私は――。

 銀色の髪をきらめかせる、伝説の大魔王の姿をした、とんでもない超常の存在。

 彼方なら即死の攻撃でも、大した衝撃ではなかった。


「ほお……。この俺の一撃を余裕で止めるか」

「驚きはしましたけどね……」


 まさに突風だった。


 ……すげぇ、ゼンさんの斧を止めたぞ、あのエルフ。

 ……俺等でも無理なのにな。


 見学の人たちの驚く声も聞こえた。


「今度は私から行きますね」


 私は戦斧を弾き返した。

 自分から後方に距離を取って、棍を構え直す。

 スキルランク『Ⅰ』で突いた。

 その攻撃をゼンさんは、まるでバットのように戦斧を振り回して弾いた。

 だけど私はバランスを崩すことなく、体の回転を利用して、まさに流れる水の如く2撃目と3撃目を続けて加えた。

 棍を振るっての、左右からの連続打撃だ。


 それに対してゼンさんは――。


 即座に距離を詰めてきた!


 私は驚いたけど、それは適切な防御でもあったようだ。


 距離が詰まったことで、棍の遠心力は十分な破壊力を発揮できず――。

 ゼンさんの太い腕でブロックされてしまった。


 ゼンさんが肩から体当たりしてくる。

 私は体の位置をずらして、その攻撃を回避した。

 すると、今度は斧が来た。

 なんとかかわす。


「なるほど。口だけではないようだ」

「どうも」

「だが、まだだ」


 その後は、激しい打ち合いとなった。

 力と力で正面からぶつかる。

 激打を重ねる。


 見学者たちが驚きの声をもらす。


 ……あのエルフ、ゼンさんと正面から打ち合ってるぞ。

 ……信じられねぇ、なんて力だよ。


 やがて私たちは、自然とお互いに距離を取った。

 ゼンさんが低く構える。

 どうやら何か技が来るようだ。

 ゼンさんの中で、魔力の収束を感じる。


「これも止められるかな? ――武技『アイアン・サイクロン』!」


 うおおおお!?

 思わず私は声を上げかけた。

 ファーとしては、極めて冷静に見ていたけど。


 ゼンさんが突っ込んでくる。

 体と斧を回転させて――。

 武技の名前の通りに、鉄の嵐のような勢いで。

 それは、己の肉体に魔力を乗せた、まさに必殺の技だった。


 私は、スキルランク『Ⅰ』のままでその攻撃を受け止めるのは困難と判断。

 即座にランクを『Ⅱ』にまで上げた。


 さらに――。


 うん。


 せっかくだ、私も武技を使おう。

 実は私も持っている。

 ランクごとに、いくつもリストには並んでいた。

 選んだ武技は――。


 イーグル・スラスト。


 私は跳んだ。


 空中で獲物を補足して、落下と共に突く!

 狙うのは、嵐の目!

 すなわち、ゼンさんの頭部だ。

 私の棍は正確に狙いを突いた。


「がっ……」


 ゼンさんは、それで膝を付いた。

 だけど倒すには至らない。

 待っていると、よろよろとながらも自分で立ち上がった。


「どうしますか? まだやりますか?」


 私はたずねた。


「いや。もう十分だ。よくわかった」

「そうですか。よかったです。ありがとうございました」


 私はペコリと頭を下げた。


 模擬戦は、ラッズさんとクラウスさんとも行った。

 2人も強かった。

 ゼンさんと同じで、しっかりと勝つにはランク『Ⅱ』のスキルが必要だった。


 一流と呼ばれるBランク冒険者の実力はランク『Ⅰ』相当のようだ。

 わかってはいたけど、私はやっぱりチートのようだ。

 なにしろランクは『Ⅹ』まであるのだから。


 ただとはいえ、完全に楽勝というわけではなかった。

 いくら技量で上回っていても、ヒヤリとする場面は何度もあった。

 油断と慢心だけは、しないように気をつけよう。


 模擬戦はおわった。


「それで、ファーさんはどうでしたか?」


 にこやかにお姉さんがたずねると――。


「ああ、たいしたものだったよ。さすがは男爵様の推薦だぜ」


 両手を上げて、ラッズさんは言った。


「試して悪かった。よろしく頼む」


 ゼンさんから握手を求められて、私は応じた。


「あ、いえ……。こちらこそ……。私、失礼なことも言ったみたいですみませんでした……」

「それは気にしなくて良い。それだけの実力があれば、な」


「しかし、驚きましたよ。まさかあそこまで強いとは。加えてファーさんは、魔術も使えるのですよね?」

「あ、はい。使えます」


 クラウスさんに聞かれて、私はうなずいた。


「どんな魔術が使えるのですか?」

「回復魔術は得意です」

「それは心強いですね。明日はよろしくお願いします」

「はいっ! よろしくお願いします! 駄目なことがあったら教えて下さい!」

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