第58話 マイ・ハルバード




 光の化身とか、いろいろスケールの大きな話が出た翌日。

 私は自分の部屋で、1人――。

 『ポリモーフ・セルフ』の魔法でそもそもの自分、羽崎彼方の姿になって――。

 静かに瞑想をしていた。

 そう。

 私に何より必要なのは、平常心。

 変身魔法さえ適切に使えれば、私が闇の化身だとしても光の化身だとしても、自由に異世界を堪能することはできる。

 必要なのは、ちょっとしたことでビクビクしない安定した心なのだ。

 そのために私は瞑想をしているのだ。


 瞑想しつつ、いろいろと考える。


 異世界動画は、残念ながら上手くいっていない。

 魔王城まで映しているというのに、今日も再生数は伸びていなかった。

 真実と思われていないのだ。

 それはわかる。


 ならば、どうするか……。


 もういっそ、異世界のことなんて忘れちゃう?

 すべては夢。

 ほんの一時の、幻の出来事だったのです……。


 私は現実に帰って……。

 現実に帰っても、なんの進展性もないんだけどね、困ったことに。

 むしろ悲しいことに現代日本の方が私の未来は閉じている。

 可能性としては、ネットしかない。

 仮想現実の世界だ。

 まあ、そこには可能性があるのだけど。

 ファーならきっと、やりようによってネットの人気者になれるはずだ。


 とはいえ、そうだとしても友達を見捨てるのは嫌だ。

 そんな自分にはなりたくない。

 それなら思い切って、光の神殿で鑑定を受けてみる、とか。

 さすがにそれは無謀か。

 だって私は、むしろ闇の化身なのだし……。


 たとえ日帰りだとしても、私は異世界で、どう生きるか。

 何をするべきか。


 異世界でなら、私にもやれることはたくさんある。

 可能性は広がっている。

 現代日本のように、まだ閉じてはいない。


「あ、そうだ。ハルバードを受け取りにいかないと」


 ドワーフ職人のマリスさんが、魔物の一斉討伐に間に合うようにと、たった1日で作ってくれるという話になっているのだった。

 取りに行かないと、さすがに失礼だろう。

 そして、うん。

 明日の魔物討伐に参加する約束もしてしまっているのだった。


 バックレちゃう……?


 私は思ったけど……。

 約束を反故にするのは、正直、嫌だった。

 それはよくないことだ。

 私はそうされて、とても悲しかったし。

 だから約束は守りたい。


「よし。行くか」


 私は瞑想をやめた。

 そもそも考えることばかり浮かんで、瞑想になっていなかったしね。

 私は魔法を解いて、ファーの姿に戻った。

 ユーザーインターフェースの装備欄からドレス姿になる。

 ファーの初期装備「常夜の衣」は、ドレスなのに並の防具よりも性能が高い。

 何をするにしても、これを着ていれば万全だ。


 ハルバードは楽しみだ。


 ファーには、とてもよく似合う気がする。


「転移、ヨードル!」


 私は世界を渡った。


 魔法を発動させると私は闇に包まれて――。


 次の瞬間には、もう異世界の空の上だ。

 見下ろせば、城郭都市ヨードルがある。


 私は早速、町に降りて、町外れにある武具屋マリスに向かった。


「こんにちはー」

「ファーさん、いらっしゃいっすー!」


 ドアを開けてお店に入ると、店員のミミさんが笑顔で歓迎してくれた。

 ハルバードは本当に1日で完成していた。

 黒い柄の先に刺突と切断の刃がついた、圧迫感のあるいかにも強そうな武器だった。

 柄だけではなく、刃も見事に黒かった。

 漆黒のハルバードだ。

 長さは私の背丈の1.5倍ほど。

 せっかくなので、もっと大きくても良かったけど……。

 それ以上のサイズにすると冒険者としての持ち運びに困るぞということで、このサイズにしておいた。


「今回、金を使ったのは、この柄の部分だ。見てみろ、この光沢のある黒を。これは黒鉄鋼にミスリルを配合して作った錬金合成による逸品でな。重量はあるが丈夫でしなやかで、てめぇの剛腕にも耐える強度はあると自信を持って言えるぜ。刃も同じ黒鉄鋼製で、こちらは更にミスリルの配合率を高めてある。岩を殴ったって、刃こぼれすることはないはずだぜ。武技の浸透具合も並の武器より抜群にいいはずだ」

「へえ……。すごいんですね……」

「おう! 金貨29枚の価値は余裕であるはずだぜ! とにかく振ってみろ」


 私はドワーフさんの手からハルバードを渡された。


 私のハルバード――。

 漆黒の輝きが、実に闇属性の私っぽくて、大いに気に入った。


 重さは問題なかった。

 武器の全体のバランスも良かった。

 腰の高さで構えると、初めて持つのに体の一部のように馴染んだ。


「ファーさん待って! 師匠も何をやらせてるっすか! 強化武器をお店の中で振るったら今度こそ大惨事っすよ!」

「おっと、そうだったな」


 というわけで、私たちはお店の裏庭に出た。

 郊外とあって裏庭は広かった。

 私は手に入れたハルバードを、存分に振らせてもらった。

 振り方はわかる。

 体が自然に教えてくれた。

 流れるように踊るように私の体は動いた。

 切るのも突くのも回すのも自由自在だ。

 ハルバードは、前の時のようにポッキリ折れたりせず、丈夫にしなりながら私の武踏についてきてくれた。


「あははっ!」


 なんだか楽しくなって、気がつけば私は笑っていた。


 と、でも……。


 視界の隅に、腕で顔を覆っているミミさんと、腕組みして険しい顔でこちらを睨みつけているマリスさんを見て――。

 私は我に返った。


「ふう」


 軽く息を吐いて、動きを止める。

 武器を下ろして二人に近づいた。


「すみません、つい楽しくなっちゃって。武器の調子、すごくよかったです」

「……うむ。強度も十分のようだったな」

「お、おわったっすか? 本当にファーさんは何者っすか。風圧だけで斬り殺されるかと思ったっすよー」


 おそるおそるの様子で顔から腕を退けて、ミミさんがほっと息をついた。


「あはは。ただの小娘だよー」

「……実は神聖国から聖女様を迎えに来た勇者様とかじゃないんっすか?」

「違うよー。というか、聖女様ってリアナのこと?」

「もちろんっす! 他に誰がいるんっすか! あの巨大な魔物を1人で倒して、さらには味方の傷を癒やして! いやー、すごいっすよねー。というか、ファーさんはリアナ様と親しいんっすか?」

「……友達、かな」


 多分。一応。

 あらためて聞かれると、自信はないけど。

 そういうつもりではいる。


「なるほどっす。道理で只者ではないはずっす。親方! 聖女様のお友達がうちの武器を選ぶなんて最高の栄誉じゃないっすか! ここはひとつ、のぼりでも立てて大々的にうちの宣伝に活用を――」

「バカ野郎! 客の素性を晒してどうする! ――すまねぇな、そんなことはしねぇから安心してくれ」

「ありがとうございます。目立ちたくないので助かります」

「てめぇが目立たないのは無理だがな。その小さく細い体でハルバードを振るって大暴れすれば注目の的だろうさ」

「あはは。私、有名人になっちゃうかもですね」


 冗談半分に私が言うと――。


「まあな」


 呆れたように同意された。


「ということは、うちは英雄の始まりの店になるわけっすね! 大儲け確定! やったっすね!」

「だからてめぇは、客を商売の道具にすんじゃねえ!」

「でも、えっと、悪い意味で有名になったらごめんなさい」


 なにしろ私、闇なので。


「なんだ? 何かやべぇ仕事でもあるのか? ……と、まあ、それはいい。てめぇの顔を見れば悪党でないことはわかる」

「正面からじっと見られると、ぞっとするくらいに怖いっすけどねぇ」

「だからてめぇは余計なことを言うんじゃねえ!」


 という楽しいやりとりを聞きつつ……。

 私は無事にハルバードを受け取った。

 最後に刃の部分に、しっかりと分厚い布を巻いてもらう。

 町中では刃を出さない。

 それが冒険者のルールなのだそうだ。

 確かに言われてみれば、みんな、そうだった気がする。

 私の場合は、アイテムBOXに入れちゃうから普段は平気だけど、うっかり忘れないようによく覚えておこう。


「メンテも格安でしてやるからな。仕事の後にでも遠慮なく寄れよ」

「活躍、期待してるっすねー!」

「ありがとうございます。稼いだら、また来ますね」


 2人に見送られて、私は武具屋を後にした。

 この後は冒険者ギルドに行く予定だ。

 明日の一斉討伐の確認をせねば。

 せっかくなので、ハルバードは手に持ったまま行こう。


 私はこの時、けっこう前向きな気持ちになっていた。

 異世界のお約束イベントなんかも期待しちゃったり。

 そう。

 絡まれて決闘的な。


 ふふ。


 ハルバードで血の雨を振らせてくれようぞ!

 逆らう者は皆殺しだぁぁぁぁぁぁ!


 ではないけどね。


 でも、せっかく手に入れた武器で力試しをしてみたい気分だったのだ。

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