第57話 どうすると言われても……。

「ねえ、お父様。私、不思議に思うんだけど……。たとえそうだとしても、どうして闇の女王と同じ外見なの?」

「それは偶然と言うしかないだろう」

「かつての大聖女様とファー、2人とも? 関連性や秘密はないの?」

「秘密か……。1人だけならともかく、2人となれば、何かはあるのかも知れないが……。少なくとも公で語ることではないよ、リアナ。大聖女にせよ闇の女王にせよ、それは信仰に関わることだからね。少なくとも神殿の教義では、完全な偶然とされている。下手に勘ぐって関連性を求めれば背信者扱いされる可能性がある」


 リアナと侯爵様のそんな会話を聞きながら、私は思った。

 配信者。

 それならまさに私のことです、はい。

 まあ、うん。

 信仰から続く言葉だし、背信者の方だというのはわかりますけれけども。


 しかし、背信者に配信者。


 そこに何かの秘密が隠されているのかも知れないね。

 うむ。

 さすがにないか。

 それは私にもわかります。


「ファー殿は、これからどうするつもりなのかね?」


 男爵様に聞かれた。


「はい。お金もないので、冒険者として頑張って稼ごうかなぁと」


 あとは異世界の撮影もしたい。

 再生数は、まったく伸びないけど……。

 どうしてだろうね……。

 天地がひっくり返るくらいのことをしているはずなのに。

 泣けます。


「おい!」

「ハッ!」


 男爵に命じられて、部下の1人が外に出ていく。


 大きな声を出されて、私がビクッとしたのは内緒です。

 変身していたら、ここで解けていただろう。

 素の私でよかったのです。


 部下はすぐに戻ってきた。

 そして、テーブルの上に、じゃら、と、お金の音がする革袋が置かれた。


「金貨で100枚ある。報酬としては少なすぎるが、まずはこれを受け取ってほしい」

「お金はいりません。今回は友達を助けにきただけなので」

「男爵、残念だが私も同様に断られた」

「そうですか……。おい」

「ハッ!」


 侯爵様の口添えもあって、男爵の指示でお金は部下の人が引っ込めた。

 正直、残念な気はする……。

 強引に渡してくれれば、私、受け取りましたよ……?

 だって今、無一文ですし……。

 ただ、さすがにそれは口には出さない。

 グッと我慢した。


「ではどうかね? 冒険者として、2日後の魔物一斉討伐に参加するのは? もちろん、全力を出してもらう必要はない。目立たず普通に、だ」


 男爵様が提案してくる。

 グッと強い視線をぶつけられて……。


「は、はい……。それなら……」

「よし、決まりだな。しばらくはこの町で活動すると良い。もちろん冒険者としてだ」

「はい……。ありがとうございます……。じゃあ、あの、少しだけ……」


 断れず、私はうなずいてしまった。

 ……のです。


「なんなら住んでくれても良いぞ! 市民権は与えよう!」

「ちょっと、叔父様! ファーが暮らすならメーゼに決まっているでしょ! ファーは私の友達なんだからね!」

「がははは! それはそうか! では、それについては侯爵に譲ろう!」

「感謝する。ファー殿の権利は、すぐに保証させる」

「やったわね、ファー! 市民権があれば、町の中に家だって買えちゃうわよ! お父様、いっそプレゼントするのはどうかしら!」

「それは良い考えだ、リアナ」


 ああ、なんか、私を置いて話が決まっていく。

 さすがに、うん。

 勇気を出して断らせてもらった。

 だって私の異世界生活は日帰りなのです。

 ちゃんと帰る場所はあるのです。


「でも、ファー。いつもはどこに泊まっているの? お金もないのよね?」

「それは、えっと……。ほら、私はエルフだから森の中でね! 人のいない森の中の方が落ち着いて寝られるんだよ!」

「あーそっか。そうよね、エルフなんだし」


 納得してもらえた!

 よかった!


「――それで、ファー殿。これは、あくまでもお願いなのだが」

「はい。なんでしょうか?」


 侯爵様に言われて、私は姿勢を正した。


「今の冒険者としての話をいきなり覆して申し訳ないのだが、できれば娘のリアナと共に王都に来てもらえないだろうか」

「あ、それはいいわね!」

「あのお……。理由は?」

「光の神殿の司祭に是非とも会ってほしいのだ。条件さえ整ったのであれば国王陛下とも」


 えええええええええ!

 私は心の中で叫んだ。

 変身していれば、ここでもまた解けたことだろう。

 でも、うん。

 国王と会えとか、さすがに無茶が過ぎる。


「いえ、あの……。それはさすがに、ご遠慮させていただきたいなぁ、と。私、ホントに、そんな大層な存在ではないので……」


 本当は、ロード・オブ・ダークネスなんですぅぅぅぅぅ!

 とは言えない!


「でも正直、ファーって不思議な子だなぁとは思っていたけど、光の化身って言われるとものすごくしっくり来るわよねえ」


 リアナがしみじみと言う。


「そ、そう……?」


 むしろ真逆だけど……。


「ええ。ファーには、そういう自覚はないのよね?」

「うん。もちろんだよ。確かに私は光の魔法をそれなりには使えるけど……」

「それなりというか、最強に、よね」


「程度の差こそあれ、2人とも無自覚の才能なのだな。さすがは友人よ」


 私たちの会話を聞いて、男爵様がガハハハと豪快に笑った。


「それで、どうかな、ファー。王都に来て一緒に鑑定を受けてみる? 違うとわかればスッキリできるわよね」

「うーん……。それはなぁ……」


 違うとわかるだけならいいけど……。

 この者こそが闇の化身です! とか叫ばれたりしてしまったら……。

 それこそ目も当てられない惨事になる……。


「そっか。わかった。正直、ファーが一緒なら心強かったけど。ねえ、お父様、叔父様。ファーは私と違って自業自得ってわけではなくて、善意で私たちを助けてくれただけよね。強引に連れて行くのは筋違いよね」

「そうだな。その通りだ」

「当然だ。我等に恩を仇で返すつもりはない」


 リアナの言葉に、侯爵様も男爵様も同意してくれた。

 私はほっと息をなでおろした。

 ただ、うん。

 中央への報告だけは認めてほしいと言われて、うなずいてしまいましたが……。

 さすがにそれまでやめてくれと言うと……。

 すべてがリアナの功績になって、リアナの首が締まってしまうしね……。

 ヒュドラ戦の噂は、すでに広まっているそうだし……。

 やむなし、なのです……。


「王都には、私の無能が証明されて、戦争に勝ったら、一緒に行きたいわねっ! その時には楽しく観光しましょ!」

「うん。その時にはお願いね」


 こうしてリアナとの再会はおわった。

 夕食にも誘われたけど、私は今回も断ってお屋敷を出た。


 リアナは門の外にまで見送りに来てくれた。


「まあね、ファー! 今日もありがとう!」

「こちらこそ、ありがとう。王都、大変だと思うけど、頑張ってね」

「ええ! もちろんよ!」


 握手して、その手を離して――。

 私は身を返した。


「まったねー!」


 リアナの明るい声を背中に聞きながら、私は離れていく。

 正直、うん……。

 私の胸中はとても複雑だった。

 リアナを見捨てたような罪悪感を覚えて……。

 ただ、とはいえ、さすがに光の化身とか国王陛下とか、戦争とか……。

 私には重すぎる。


 私は正直、この異世界で生きるつもりはない。

 異世界には日帰りで来ている。

 あくまで私の居場所は、現代日本の我が家なのだ。


 異世界では動画を撮って……。

 チャンネル収益化の原動力にできればいい……。

 そう思っているのだ……。



「あー。そういえば今日、まったく動画を撮れなかったかなぁ……。男爵様のお屋敷とか、少しでも撮らせてもらえばよかったよ」


 現実逃避気味にぼやいて、私は通りに戻った。

 いつの間にか、空は赤かった。

 通りは賑わっていた。

 オープンな酒場のテーブルで早くもお酒を飲んでいる人もいた。


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