第56話 光の化身





「お初にお目にかかる、冒険者ファー殿。我はエドガー・ボイドと申す。この町、ヨードルを治める男爵である」

「あ、えっと、どうも、ファーです……」


 我ながら、情けない挨拶をしてしまいました……。

 でもしょうがないです……。

 なにしろ私、小物ですし、おすし……。


 というわけで。


 リアナは、お父さんである侯爵様、それに叔父である男爵様を連れて部屋に戻ってきた。

 数名の護衛の人たちも一緒だ。


 エドガーと名乗った男爵様は、見るからに軍人肌だ。

 いかつい。

 ごつい。

 温厚そうで文学肌の侯爵様と比べて、なんとも威圧感のある男性だった。


 ともかく着席する。


「ファー殿、娘のリアナから先程、ヒュドラ防衛戦の真実はすべて聞いた。要請に応じて助力してくれたことに心からの感謝を」

「い、いえ! そんな! 私は友達を助けに来ただけですし!」


 侯爵様が頭を下げてきて、私は恐縮した。

 するとリアナが、


「おすし?」


 と、笑ってからかってくる。

 だけどそれはスルーされた。

 もちろん私もスルーした。


「リアナから『未来視』のことを聞かされた時には本当に驚いたが……。ファー殿から見て、それについてはどう思うかね?」

「え。あ。えっと、それは、その……」


 私はどもった!

 我ながら嫌になるのです……。


「強盗団に狙われていた私の命を救ったこと、ミノタウルスの迷宮で行われていた魔族の計画を阻止したこと。そして今回、ヒュドラの襲撃を正確に予知したこと。たとえ偶然でも、三度続けばそこには必然がある。私はそう確信している」


 侯爵様がそう言うと、男爵様も同意した。

 2人はやはり、リアナ本人が否定しようとリアナの才能を信じているようだ。


「ところで、ファー殿」


 男爵様が私の目をじっと見つめて言った。


「はい……。なんでしょうか……」


 私はドキドキしながら聞き返す。


「実は、兵士たちからもいろいろと話を聞きましてな……。ファー殿の回復魔術は、それはもう凄まじい威力で、古傷までをも癒やすと……。実は我にも古傷が多くてですな、できれば我にも回復魔術をかけていただきたいのだが」

「いいですよ」


 私は笑顔でうなずいた。

 何を言われるのかと緊張していたけど……。

 大したことじゃなくてよかった!


「では私もお願いしていいだろうか」

「はい。もちろんです。よかったら皆さんにもかけましょうか?」


 侯爵様を始めとして、部屋にいる全員にかけることになった。

 私に手間はほとんどない。

 なにしろ、魔法を使うと思うだけだし。

 一応、魔法にはMPの消費があるけど、莫大な私のMPに比べて消費MPなんて微々たるものなので気にならない。

 というわけで、全員を魔法の白い光に包んであげた。

 ヒールは光魔法。

 使えば、白い光が発生するのだ。


「おお……。これは……。本当に傷が癒えて……。なんということだ……」


 自分の体を確認して、男爵様が感動する。

 他の皆さんも同じだった。

 よかった。

 魔法は、ちゃんと発動したようだ。


「ファーってすごいわよねえ。どこで習ったの、本当に。って、ごめん。ファーは自分のことはわからないんだったわよね」

「あはは。ごめんね。記憶のあやふやな子で」


 それは嘘だけど、本当でもある。

 なにしろ私には、ファーエイルさんとしての記憶はない。

 なのでこの世界は、元はファーエイルさんの住んでいた世界だとしても、私にとっては完全に未知の世界なのだ。


「ファー殿には記憶がないのかね?」


 男爵様がたずねてくる。


「はい……。意識と思考はちゃんとあるし、魔――術も使えるんですけど、自分がどこから来た誰なのかはわからなくて」


 私がそう答えると――。


 男爵様は、侯爵様と意味ありげに視線を交わした。

 なんだろう。

 私はちょっと不安を覚える。

 とはいえ、危機感知に反応はないので、大人しくしていたけど。


「――ケイン、ファー殿の力は?」


 男爵様が部下の1人にたずねた。

 魔術師らしき人だ。


「はい。間違いなく、純粋たる光の力でした。しかも、今までに計測したことがないほどの強力な魔力量です。これは、まさにかの伝承にすら匹敵するものかと」


 ケインという部下の人が答える。


「うむ」


 男爵様はうなずいて、それから私に謝ってくる。


「すまぬ、ファー殿。実は無断で、ファー殿の魔力を測定させていただいた。ファー殿の素性を測る意味もあったので許してほしい」

「私は気にしませんけど……。どういう結果だったんですか?」


 光とか、伝承とか。

 私は純然たる闇の子なのですが……。


「うむ」


 男爵様は即答してくれなかった。

 侯爵様がそれを引き継ぐ。


「まずはファー殿に、少し昔話をさせてもらってもいいかね?」

「はい。まあ……」

「今から500年の昔に現れ、今に至るまで人々の信仰と尊敬を集める――。当時は今より忌避されていた銀色の髪を持って生まれた聖なる乙女の伝承だ」


 私は黙って話を聞いた。


 それは、大昔の大聖女の伝承だった。

 名はエターリア。

 大陸中に疫病が広がって、当日の人々の多くが死に瀕していた時――。

 辺境に現れ――。

 魔族と罵られながらも、時には攻撃されながらも――。

 献身的に人々を癒やし続け――。

 新しい治療法や回復魔術を人間たちに広め――。

 最終的に、疫病を大陸から払拭し、魔性と罵られた銀髪の持ち主ながら奇跡の聖女として人々から信仰された存在だという。


「大聖女エターリアについては、様々な記録が残っている。そこには、彼女の生まれや育ちにまつわる話も多くあるが――。それはすべて他者の口伝であり、エターリア自身が語った記録はないとされている。彼女は過去の記憶を無くしていた――。光の大神殿に現存する正書には、ハッキリとそう記載があるそうだ。故にエターリアは光の化身とも呼ばれる。曰く、光の神ルクシスが我等の危急を見かねて天より遣わした使者なのだと」

「すごい人がいたんですねえ……」


 侯爵様の話を聞いて、私はそんな感想をもらした。


「お父様、叔父様……。まさかとは思うけど、ファーもそれとか言いたいの?」


 リアナが震えた声でたずねる。

 男爵様が答える。


「闇の女王に等しき外見の、光の魔力の保持者――。ファー殿こそはまさに、闇の化身が現れたと神託の降りた人類最大の窮地の時に――。光の神ルクシスが遣わした聖なる乙女――。そう考えるのはむしろ自然ではないかね?」


 その言葉を聞いて、私は他人事のように思った。

 つまり、えっと。

 私は闇の化身にして、光の化身ということになるのかな。

 すごいね。

 光と闇が両方そなわるなんて……。

 まさに最強だね、私。

 と。

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