第55話 終末戦争……!?


「冒険者のファー様ですね。話は伺っております。ようこそおいで下さいました。さあ、どうぞ中にお入り下さい」

「はい……。ありがとうございます……」


 領主が暮らす大きなお屋敷の正門に近づくと、衛兵の人に声をかけられて、そのまま中に入れてもらえてしまった。

 どうやら話は通っていたようだ。


 案内されるまま庭を抜けて、お屋敷の中に入った。


 部屋でしばらく待っていると、ドアがノックされて、リアナが現れた。


「や、やっほー」


 私はなんとなく笑って手を振った。


「ファー。どうしたの? もしかして、何かあった……?」

「ううん。私は特には」

「そっか。ならよかった。私の方は丁度よかったわ。実は、別れたばかりなんだけど、ファーを呼びに行こうと思っていたところなの」

「何かあったの?」

「ええ」


 うなずきつつ対面の椅子に座って、リアナはすぐに話し始めた。


「実はね、王都ですごい噂が広まっているそうなの。闇の神ザーナスが、ついに侵略の神兵たる闇の化身をこの世界に送り込んできた。このままでは世界は再び暗黒に染まってしまう。我ら光の信徒は今こそ力を結集して戦わねばならない、って。もちろん、闇の化身がファーのことなんて、私は思っていないからね!?」

「え、あ、うん……。ありがとう……」


 私は思った。

 ごめん、それ、もしかしたら、思いっきり私のことかも……。

 なにしろ私、闇だし……。

 ザーナスって、私の名前でもあるし……。


「幸いにも、まだ噂はこの近辺には届いていなくて、私も初めて聞いたんだけど……。ファーはしばらくエルフの森に戻った方がいいかもと思って……」

「その噂って、誰から聞いたの?」

「私はお父様からよ。お父様は、王都から帰ってきた部下からね」

「そっかぁ。でも、なんでそんな噂が?」

「神託があったんだって」

「神託?」


 言われて、私は聞き返した。


「しかも聖女様にね、光の神ルクシスから。すでに神聖国では、上から下まで終末戦争だって大騒ぎらしいわよ」


 リアナがうなずく。


 ここでメイドさんがテーブルに紅茶を置いてくれた。

 あと、美味しそうなクッキーも。

 さすがに手際が良いです。


「何もしなければ、このままでは人族は滅びるらしいわ」


 リアナは言った。

 いや、うん。

 私、種族撲滅なんて、決してするつもりはないのですが……。

 でも、アレか。

 前向きに考えると、もしかすると、私以外の誰かのことなのかも知れないけど。

 それならいいんだけど……。

 って、よくはないか!

 ますます大問題だよね、それはそれでっ!


「でも、うん……。そんな噂が広まると、私、大変だねえ……」


 私は町の中どころか、ダンジョンの中ですら、まともに歩けなくなりそうだ。

 見つかり次第殺しにかかられそう……。


「そうよね……。ごめんね。私、地位と権力には自信があるとか言ったけど、さすがに聖女様の神託ではどうにもできないわ」

「ううん。リアナに謝ってもらうことじゃないけど。あ、そうだっ! ねえ、リアナ、ちょっと見てもらってもいいかな?」

「ええ。いいわよ。何を見せてくれの?」

「私なんだけどね……」


 そう。

 異世界生活に絶望するには、まだ早い。

 なにしろ私には『ポリモーフ・セルフ』の魔法があるのだ。

 とりあえず、簡単にイメージできることとして、髪の色を銀色から茶色に、目の色は金色から青色に変えてみた。

 現地の人族風にイメチェンなのです。


「こんな感じにもなれるんだけど、どうかな?」

「え。あ。自由に変えられるんだ?」

「うん。実は」

「それなら最初からそれでいればよかったのに」

「元の方が自然なんだよー。こっちは魔術で変えただけだし」

「いいと思わよっ! 今後はそれでいなさいよねっ! 私も安心できるわっ!」

「あはは。ありがとー」


 現状、『ポリモーフ・セルフ』の魔法は使いにくい。

 なぜならば、ちょっとした感情の乱れで簡単に解除されてしまうからだ。

 うしろから肩を叩かれただけで元の姿に戻ってしまっては、異世界での生活なんてまともに送ることはできない。


 帰ったら座禅を頑張って……。

 平常心の訓練をせねば、だね。


「あー、でも、よかった。ファーが噂を知らないまま町をうろついて、闇の化身扱いされちゃったらどうしよかと思ったのよ。そんなことになったら、本当に大変よね」

「だねぇ。教えてくれてありがとう」

「ファーこそ、私のことを心配して来てくれたのよね?」

「お父さんには、ちゃんと言えた?」

「ええ。全部嘘だったことも、本当はファーが助けてくれたことも、ちゃんとお父様と叔父様に伝えて謝れたわ」

「そっか。それはよかった」

「ただ、信じてもらえなかったけどね」

「というと?」

「それはまだ、力を認識できていないからだろう。たとえ自分では嘘のつもりでも、それこそがギフトの影響と恩恵であるのだよ。ってさ」

「あら……」

「特に先日のダンジョンの件ね。あれを大正解しちゃったからさぁ」

「実は本当にあったりして?」

「またもう。ファーまで変なことを言わないでよねー。ないない、ないってばー」


 私的には、お父さんの言葉にも一理ある気もする。

 嘘でも偶然でも、本当だったわけだしね。

 ただ、リアナが本気で嫌そうな顔をしたので言及はやめておいたけど。


「それで結局、王都には行くことになったの?」

「ええ。大変だけど、光の神殿で、とにかく鑑定は受けることになったわ。ないならないでいいわけだしね」

「あるといいねー」

「ない方がいいわよ! あったりしたらファーと遊べなくなるでしょ!」

「遊び優先でいいんだ?」

「ごめん間違えたわ。冒険者稼業よね。仕事よね」

「あはは」


 私が笑うと、リアナも笑った。

 2人で笑った後――。

 紅茶に口をつけて、リアナは言いにくそうに再び口を開いた。


「あと、さ……。ねえ、ファー。お父様と叔父様も会いたいって言っているんだけど、このまま呼んできてもいいかな?」

「えっと……。何の用かなぁ?」

「助力ね」

「っていうと……」

「ファーの力を、人類側として、終末戦争に貸してほしいって依頼ね」

「うえ」


 思わず嫌な声を出してしまった。


「嫌よねえ。わかるわ。特にファーは、人族の社会で生きてきたわけではないんだし。戦争に出るなんてないわよね」

「う、うん……。さすがにそれは断るかなぁ……」

「だからまずは、私だけ来たの。で、どうかな。呼ぶのは」


 再び問われて私は迷った。

 どうしよう。

 依頼は受けられるわけもない。

 なにしろ、闇の化身については他の誰かに違いないと信じたいとはいえ……。

 私が闇属性であることは、確実なのだ。

 中身はヒトとはいえ、光の陣営に加わるのは無理がある。


 私は迷って――。

 結局――。


「わかった。いいよ」

「いいの?」

「うん。話を聞くだけだけどね」

「ありがとう! じゃあ、2人を呼んでくるわね!」


 リアナが走って部屋を出ていく。


 私は、本当なら逃げたいところだけど……。

 1人なら絶対に逃げていたけど……。

 さすがにリアナに私のことまで背負わせるわけにはいかない。

 そうでなくてもリアナは大変そうなのに。

 なのでキチンと、自分のことは自分で対処しなくてはいけないだろう。

 私は覚悟を決めることにした。

 ノー。

 と、自分で言うのです。

 この私が……。


 うー。


 ドキドキするぅ。


 ちゃんと言えるのだろうかぁぁぁぁぁ!


 私は心の中で叫んだ。

 変装魔法は、あっけなく解けていた。




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