第52話 リアナとおしゃべり





「ありがとう。でも、さすがに助けてもらってばかりなのは失礼よね。せめてこちらから一度くらいは返させてもらえたら、その時にお願い」

「なら、この世界のことを教えてもらえると嬉しいかなぁ」

「この世界?」

「うん。私、実は、全然わかってなくてさ……」

「旅をしているのに?」

「う、うん……。そ、そうなんだけどね……。たとえば、町での普段の生活とか。あとは、お、お金の稼ぎ方とかさ。あはは、は」


 我ながら挙動不審だぁぁぁ。

 どもっているぅぅぅ。

 その場でスムーズに設定を作れるほど、対人関係に慣れていないのです、私。


「ファーは冒険者なのよね?」

「ご、ごめんね。そ、それは嘘です……。実は、この国にも来たばかりで……」

「そうなんだ? 来たばかりでダンジョンにいたの? ってそれはいいわね。わかった。そういうことなら教えてあげるわ」

「ありがとう!」


 よかった!


「任せておいて。私、こう見えて世間のことには詳しいし」

「え」

「どうしたの?」

「いや、うん。だって、騙されてたよね? コロッと……。ごめん私、相談する相手を間違えたのかも知れないね……」

「そんなことはないからね!? さっきのたまたまよ!」

「……そうなの? ホントに?」

「ええ。その証拠として、今から冒険者ギルドに案内してあげるわ。ファーのこともきちんと私が登録手続きをしてあげる」

「できるの?」

「だから、どうして疑うのよ! 任せておきなさい! 次は私が力になってあげるわ」

「じゃ、じゃあ……。お願いしようかな……」


 冒険者にはなっておきたかったし。

 なれるのならなりたい。


「ええ」


 リアナは自信たっぷりにうなずいて、私たちは表通りに戻ることにした。

 途中、さっきのチンピラ3人とすれ違う。

 彼らはまだ、私の『魔眼』と『威圧』の影響下にあった。


「ねえ、ファー。この人たちは死んでいるの?」

「ううん。生きているよ。1人は麻痺で、あとは気絶しているだけ」


 回復もしたしねっ!


「ならいいけど……。さすがは町中で人殺しはマズイし……」

「だ、だよねえ。あはは」


 さすがはそれはわかる。

 町の外でも、できればなしにしたいところだけど。

 ファーは油断していると、自動的に冷酷に殺してしまいそうだからねっ!


「あ、でも」


 リアナが足を止めた。


「どうしたの?」

「ちょっと待ってて」


 リアナはそういうと私から離れて――。


「よくも騙してくれたわね! これは私からのお礼よ! シネ! シネシネシネ!」


 容赦なく全力で、動けない3人をブーツの先で何度も蹴った!


「あーすっきりした。行きましょう」

「う、うん」


 ダンジョンに入ったり、冒険者になったり、リアナは勝ち気なお嬢様のようだ。

 いや、うん。

 懲りない、と言った方がいいのかも知れないけど。


 表通りに出た。


 私たちはそろって、目立たないようにフードを被り直した。


「そう言えば、リアナも顔を隠すんだね」


 性格的には、私がリアナ様よ!と、むしろ見せて歩きそうなのに。


「私、この町の兵士には少しだけ顔が知られていてね。見つかりたくないのよ」

「悪いことでもしたの?」

「むしろ逆よ。いいことをしすぎて、有名になっちゃってね……」

「へー。すごいねー」

「すごくないわよ。どうしてそうなった!? だし」

「そうなんだ」

「はぁぁぁ……。もう意味不明よぉ……」


 リアナは、ずーんと落ち込んでため息をついた。


「話を聞かせてくれる?」

「あとからね。まずはファーのことが先よ。冒険者登録ね」

「あ、ねえ、リアナ」

「どうしたの?」

「私、実は朝からなんにも食べてなくて……。まずは何か食べない?」


 落ち着いたら、自分が空腹なことを思い出した。


「いいけど、エルフって何を食べるの? 果物?」

「肉も魚も食べられるよ。せっかくだし、いろいろ食べてみたいかなぁ」


 初の異世界でのお食事だし。


「わかった。いろいろね! ちょっと遠いから走るわよ! もちろん奢らせてよね!」


 リアナがオススメのお店に連れて行ってくれる。

 しばらく走って到着したのは……。

 外からでも一目でわかるほどに高級なレストランだった。


「ここなんだ……? 大丈夫なの……?」


 私は大いに怖気づいた。私1人なら普通に放り出される気がする。


「ええ。任せて」


 リアナは堂々と私を連れてお店の中に入った。

 お店の中も当然のように豪華だった。

 エントランスに置かれた壺ひとつで、一般人の年収以上の価値はありそうだ。


「これはアステール様。ようこそおいで下さいました」


 ウェイターさんが丁寧にお辞儀をしてくる。


「突然で悪いのだけど、友人に食事をごちそうしたいの。大丈夫よね?」

「はい。もちろんでございます」

「内容は任せるわ。肉も魚も果実も大丈夫だから存分に使って」

「かしこまりました」


 私たちは個室に通された。

 食事は、超豪華なコースメニューでした。

 ナイフとフォークで食べる系のアレです。

 料理は、現代のフランス料理に多分近くて最高に美味でした。

 多分なのは、フランス料理を私が一度もお店で食べたことがないからです。

 なのでまさに初めての体験でした。


 食事しつつ、先日のヒュドラ襲撃の顛末を私は聞いた。


「ねえ、リアナ。先日はあれからどうなったの?」

「ん? 何が?」

「ほら、ヒュドラに襲われて大変だったでしょ。リアナも頑張っていたよね。一応、ヒュドラの攻撃は防いで追い返したし、目についた怪我人は治して――」

「ねえ、ファー」


 私の話を遮って、リアナが何故か静かにフォークをテーブルに置いた。

 そして言った。


「もしかして、あれってファーがやったの?」


 と。


「ヒュドラとか、治療のことだよね? それなら私だけど……。実は、リアナのお父さんから救助要請を受けてね、それで――」

「アンタかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ひぃぃぃぃ!?」


 いきなり席を立ったリアナが、私の胸ぐらを掴んできたぁぁぁぁぁ!


「そのおかげで、私がどうなったと思ってるのぉぉぉぉ!」

「ど、どうって……。痛いところがあるなら治すけど……」

「痛いわよ! 心が悲鳴をあげているわよ!」

「心? その割には元気に歩いて、元気に食べているように見えるけど……」


 リアナをあやしつつ頑張ってたずねると――。


「ふぅ。ごめん」


 リアナは落ち着いて、席に戻ってくれた。


「助けられておいて、思わずいきり立っちゃったわね。まずは言うことがあったわ」

「うん。なぁに?」

「助けてくれてありがとう。私もみんなも助かったわ」

「どうしたしまして。それで、何かあったの?」

「あったわよ」

「もしかして、追加の襲撃?」

「いいえ。私たちは無事に奇跡の大勝利を迎えられたわ」

「それはよかった。私も頑張った甲斐があったよ」

「はぁぁぁぁぁぁぁ……」


 リアナのため息は重い。


「ホントにどうしたの? 勝利に喜んでいるようには見えないけど」

「ファーのやってくれたことが、全部、私の手柄になったのよ。私が奇跡の力でヒュドラを追い返して、私が奇跡の力でみんなを癒やしたって、ね」

「へー。そっかー。よかったねー。私は気にしないから存分に受け取りなよー」


 そもそも目立ちたくなくて、こっそりやったわけだし。

 私への称賛は不要です。

 すべてリアナが遠慮なくもらって下さい。


「あと私、目覚めたら体が光っていたんだけど……」

「あはは。リアナには念の為、回復魔法を重ね掛けしたからねー。そうしたら光っちゃって。綺麗だったでしょ?」

「ええ。とっても綺麗だったわ。それこそ神聖な存在になったみたいに」

「それはよかった。まさに聖女様だね」


 兵士の人たちもそう叫んでいたし。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」

「……本当にどうしたの?」

「聞きたい?」

「それは、まあ。それなりには」


 さすがに気になるよね。


「まあ、実のところ……。問題の本質は、まさに私にあるんだけどね……」

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