第48話 ヒロと2人の夜
「どうぞ……」
ガチャリとドアを開けて、私はヒロを部屋に招いた。
ヒロはパジャマ姿だった。
私はいつもの汎用装備、Tシャツと短パン。
「ありがとう。夜にごめんね」
「ううん、いいけど……。もしかして、うるさかった? ごめんね?」
「それは平気。我が家は防音がちゃんとしているし」
「よかった。座るとこ、ベッドしかないけど、ベッドでもいい?」
「立っているからいい。そっちはいつも通りに座って」
「え。あ。うん」
促されて、私はPCの前に椅子に座った。
ヒロは私のとなりに立つ。
「今夜も配信していたの?」
「うん。一応」
「そっか」
「登録者は増えたの?」
「あはは。今夜も全然だったよー」
「そっか」
「動画も作っているのよね?」
「うん。一応はね」
「動画制作って、難しいものではないの?」
「慣れれば簡単だよー。ネットで調べればだいたいわかるしねー」
「お金はかからないのよね?」
「うん。今はフリーソフトだけでなんとかなるよ」
「そっか」
いったい、どうして来たのだろうか……。
意味がわからない……。
心音もないのに、ドキドキする。
「ねえ、お姉ちゃん」
え。
私は一瞬、心臓が止まるのを感じた。
心臓はないかも知れないけど。
だって、うん。
ヒロが私のことを姉と呼ぶなんて……。
いつぶりだろうか……。
とはいえ変身魔法が解けるほどではなかったので、私は動揺しつつも、できるだけ明るい声でたずねた。
「どうしたの、ヒロ」
「私、動画を作りたいのだけれど。私のノートPCでもできる?」
「え。あ。うん。作れるとは思うよ。エフェクト全開みたいなのは無理だけど、一般的な旅動画とかなら」
「自分でも検索してみたんだけど、広告ばかりでよくわからなくて。できれば必要なソフトから教えてもらえると嬉しいんだけど……」
「いいよ……。それくらいなら……」
「ありがとう。ノートPCと椅子を持ってくる」
「じゃ、じゃあ! ちょっと急いで机の上を整理して広げておくね!」
この後、私は妹と2人並んでPCを触った。
ヒロは真面目な優等生だ。
素直に説明を聞いて、あっという間に使い方を覚えていった。
「でも、どうしていきなり動画なの?」
「あの人の動画を作りたくて」
「あの人……?」
まさかパラディン北川!?
と思ったけど、違った。
「この間のトラックの人。ファーさん」
「へえ……」
私かぁぁぁぁぁぁぁ!
「実は今日も助けてもらった。秘密なんだけど、ファーさんは悪の組織と戦っていて私たちはそれに巻き込まれた」
「へ、へえ……」
「バカしている?」
「ううん! そんなことはないよ!」
「別にいいけど。また会えるのなら、今度はちゃんと私が伝えたいと思って」
「何を……?」
おそるおそるたずねると……。
「ファーさんの素晴らしさ。本当の天使様というところ」
「そっかぁ」
他に応えようもなく、私は相槌を打った。
「そのためには、ちゃんと動画も作れないといけないでしょ?」
「それは、うん、そうだね!」
「ねえ、ここの設定がわからないのだけれど」
「あ、そこはね――」
「なるほど。わかった。ありがとう」
「どういたしまして」
話しつつも、ヒロは動画ソフトの使い方を確認していく。
「……ねえ、ヒロ。ファー、さんに会いたいの?」
「会いたい。私、パラディンさんやセリ様と後援会を作ったし」
「何の?」
「ファーさん、天使様のに決まっているでしょ」
「そっかぁ……」
私かぁ。
セリ様って、石木セリオのことだよね……。
あの現場にいた魔術師……。
できればヒロには、そんな人間には関わってほしくないけど……。
まあ、うん。
パラディンよりはマシだけど……。
というか、パラディンと魔術師とパーティーを組んだってことなのか……。
ヒロは……。
冒険の旅に出かけられそうだね……。
「ねえ、ヒロ。来週の日曜日とかなら、いいかもだよ」
「何が?」
「ファー、さん。会いたいなら、どこかに連れてこようか?」
「え?」
「私、連絡取れるし」
「取れるの!? どうして!?」
「ネットで少しだけ知り合ってね。ネットでだけだよ! だけど、呼べば少しなら来てくれると思うから……」
「本当に?」
「本当だけど……。連絡先とかは秘密だから教えられないけど……」
「会いたい」
まっすぐに私を見つめて、ヒロは言った。
本気の顔だ。
「わかった。伝えておくね」
「うん。ありがとう」
うあああああ……。いいんだろうかぁぁ……。
つい約束してしまったけど……。
ただ、うん。
ヒロが会いたいというなら会わせてあげたいよね……。
私のことをお姉ちゃんって呼んでくれたわけだし……。
今はおしゃべりもしてくれているし……。
実は私だけど……。
当日は頑張って他人のフリをしよう……。
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