第47話 今夜の配信!
さあ、始めよう。
配信開始。
遊ぶのは、いつものファンタジーMMORPGだ。
「こんばんは、ファーです。今日もやります。よろしくお願いします」
コントローラーを握って、マイクに向かって挨拶する。
コメントはない。
まあ、うん。
まだ始めたばかりだしね。
コメントがつくまで、まずは淡々と遊ぼう。
ふふ。
誰か来れば、きっと驚くことだろう。
なにしろ今夜の私はファー。
カメラはつけていないけど、声だけもわかる美少女さんなのだ。
私はキャラクターを操作して町から出た。
今日は採掘をしよう。
山に飛んで、ツルハシを手にする。
ゲームでの採掘は簡単だ。
光っているポイントに、ツルハシを当てるだけでいい。
すると鉱石が取れる。
「ざくざく……。ざくざく……。私は今、鉱石を取っています。ざくざく……」
頑張って実況もするのです。
10分くらい、1人でざくざく言っていると……。
ついに動画のコメント欄にメッセージが来た!
しかもキャベツ軍師さん!
私の貴重な常連リスナーの1人だ!
キャベツ軍師:こん
「こんばんは、キャベツ軍師さん」
私は元気に挨拶を返した。
そしてドキドキする。
さあ、どうかな。
いつもと声が違うって驚いてもらえるよね……。
だけど反応はなかった!
「……今日は採掘をしています。……ざくざく、ざくざく」
仕方なく私はゲームを続けた。
30分もすると、同時視聴者は2桁寸前になる。
「ざくざく……。100個取れましたー」
だけど反応はない。
ぐぬぬ。
私はいったん採掘を止めて、思い切って自分から話題を振ってみた。
「えっとぉ。今日の私、どうかな? 声、違うよね?」
どうだろ……。
私はコメント欄の反応を待った。
しばらくすると、来た!
キャベツ軍師:方向性が違う。
と。
「どういうこと?」
意味がわからなくて私は首を捻った。
キャベツ軍師:ボイチェに力を入れるなら、トークに力を入れろ。
「ん? トークって、しゃべってるよね?」
キャベツ軍師:内容なさすぎ。今日なんて、ザクザクしか言っていない。
「だって今日は採掘だし……」
キャベツ軍師:そもそも用意するならガワ。方向性が違う。
「ガワなんて高くて買えないよー。何十万円もするよね」
キャベツ軍師:作れ。
「無理ー!」
キャベツ軍師:なら企画で勝負しろ。
「企画もやったよね? ついこの間、超耐久配信」
キャベツ軍師:アレはダラダラやっていただけ。盛り上がる企画にしろ。
「うう……。そう言われてもぉ……」
キャベツ軍師:大手とコラボ。
「それこそ無理だよね!」
なぜ相手にしてもらえると思えるのか!
私は突っ込んで……。
よし!
「なら、キャベツ軍師さんが紹介してよー! 誰かいい大手の人ー! そうしたら私、その人とコラボするからー!」
ふふ!
さあ、どう返す!
もちろんわかっているのです。
キャベツ軍師さんに、紹介できる大手なんていないことに!
なにしろ私のリスナーなのだから!
なので期待はしていない!
私は言葉のキャッチボールを楽しもうとした!
これこそ配信の醍醐味だよね!
いつも上から目線のキャベツ軍師さんを、困らせてやろうではありませんか!
だけど、うん。
はい……。
それ以降、キャベツ軍師さんからの返事はありませんでした。
他の人からのコメントもありませんでした。
ぐすん。
「ざくざく……。ざくざく……」
その後も私は鉱石を掘り続けて……。
途中、
「そう言えばさ、私の異世界ダンジョン動画はどうだった? 誰か見てくれた? 私、動画制作は上手だよね? 迫力とかあったよね? リアルだった?」
と話題を振ってみたけど……。
誰からも返事はなく……。
今夜の配信は、1時間で終了となったのでした。
「じゃあ、今夜はここまでにします。最後までのご視聴ありがとうございました。また次回もよろしくお願いします」
配信を切って、ゲームからログアウトする。
私、思う。
「うん! 今夜はけっこう会話できた!」
手応えはあったね!
私はホクホクの気持ちで思いっきり背伸びをした。
考えてみると、ファーの天使様騒動があって初めての配信だったけど、見事なほどにいつも通りだった。
いいのか、悪いのか。
あんまり騒がれても困るけど、ガッツリ騒がれているのに新しい人がまるで来てくれないのは寂しいね。
「やっぱりファーで顔出し配信してみようかなぁ……。そうすれば、きっと大人気で確実に収益化もできるよねえ……」
ついでに、ファーの圧倒的な身体能力を披露するとか。
空を飛ぶのはさすがにアレだけど……。
100メートルを10秒で走ったり、パルクールしてみたり……。
常識の範疇でギリギリ収まりそうなことで……。
「うーん。やめておいた方がいいかぁ……」
私は迂闊者だ。
やらかして、自宅の特定とかをされてしまう気がする。
そうなれば大惨事だ。
家族にも迷惑をかけてしまう。
それは避けたい。
「まあ、うん。やっぱり動画かな! ちゃんと編集して、ちゃんと異世界の良さを伝えていけば人気も出るよね!」
動画がバズれば、連動して生放送も伸びるだろうし。
「とりあえず明日も異世界に行ってみようかなー。リアナのことも気になるし」
ヒュドラに襲われた町にいたわけだしね。
首謀者のフレインとはずっと一緒だったし、何もないとは思うけど。
「……考えてみると私、今日は人類の敵と一緒にいて、友達になったのかぁ」
正直、2人とは気が合った。
なにしろこの引きこもりの私が普通に楽しく過ごせてしまった。
それはすごいことだ。
我ながら、悲しいことを言っている気もするけど。
波長が合うというか、なんというか。
多分、2人が言うように、もともとファーが魔族の側にいた存在だからなのだろう。
記憶こそないけど、それは事実だと感覚的に理解できる。
「私の体にも魔石があるのかなぁ」
私は自分の胸に触れた。
魔族と人族の違いは、その身の内に魔石を有するかどうかだという。
なんとなく、あるような気もする。
というか……。
胸に手を当てて私は気づいた。
私、心音がない……。
渦巻くような闇の波動は感じるけど、ドクンドクンという鼓動を感じない。
アンデッド……。
いや、うん。
そういえば私の種族名はドールだった。
ユーザーインターフェースを開いて、自分の能力を設定できるし。
まさに人形のようなものだ。
私、思う。
一気にいろいろなことがあって、あまり振り返る余裕もなかったけど……。
あらためて冷静に考えると……。
自分の体を捨てて、新しい体をもらうなんて……。
とんでもない決断を、とんでもなく気楽にしちゃったよね、私……。
あの時は、うん。
あまりに突然のことで動転していたし……。
こんなに可愛い子になれるのなら、なった方がいいならなきゃ損!
と思ってしまったけど……。
ただ違和感はまったくない。
私は今も息をして、ものを食べて、普通に生きている。
羽崎彼方の姿にも魔法で戻れるので、家で暮らすこともできるし。
「まあ、いいよねー」
私は笑った。
だって、今の私は本当に自由だ。
空が飛べて、異世界に行けて、襲われても簡単に撃退できて。
なので後悔はない。
むしろ、ファーになれて本当によかった。
ほとんど消えていた人生の可能性が、いきなり無限大なった気持ちだ。
「明日も頑張ろー。おー」
椅子に座ったまま体を伸ばして、私は楽しく拳を振り上げた。
と、その時だった。
トントントン。
いきなりドアがノックされた。
「はーい。お母さんー? なにー?」
『……私だけど』
え。
ドアの向こうから、ためらいがちに聞こえた声。
それは妹のヒロのものだった。
『ねえ、ちょっといい?』
「え。うわ」
私は椅子から落ちてひっくり返った。
だって、うん。
まさかだった。
お母さんでも滅多にないのに、ヒロが私の部屋に来るなんて。
『どうしたの? 大丈夫?』
「ま、待ってね! 今こっちから開けるから!」
とにかく急いで『ポリモーフ・セルフ』の魔法をかけて、ヒロのお姉ちゃんである羽崎彼方になる。
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