第43話 病室での再会(石木セリオ視点)
「――検査の結果ですが、どこにも異常はありませんでした。あらためてお伺いしますが、痛みや違和感はどうですか?」
「どこにもありません。感覚的にも正常です」
「わかりました。では、あとしばらく様子を見て問題なければ退院ということで」
「はい。ありがとうございます」
襲撃を受けた日の午後――。
僕、石木セリオは、病院の個室にいた。
個室なのは、僕が有名人ということで病院側が気を使ってくれたのだろう。
何故、病院にいるのかと言えば、事件の後、警察を呼んだからだ。
僕たちは全員、綺麗に無傷だったけど、とはいえ、公園の広場は酷い有り様だった。
石畳が砕けて周囲は焦げついていた。
僕たちは倒れていたから何があったかはわからないけど――。
周囲が破壊されている以上、放置すると後で何を言われるかわからないので、通報した方がいいだろうということになったのだ。
そして、駆けつけた警察の勧めもあって――。
落雷か地下からのガス爆発に巻き込まれた可能性があると言われて――。
救急車を呼んで、病院へと運ばれたのだった。
もちろん、僕は何も語っていない。
ただの被害者の1人だ。
いくら殺されかけたとしても、魔術師に襲われました、と語ることはできない。
それは自分の正体を露呈するのと同じだ。
さらには、強い権力で隠蔽されることはわかりきっている。
言うだけ無駄というヤツだ。
魔術師の実在は、世間から隠されているのだから。
それに――。
僕は殺されかけたはずなのに――。
完全に無傷だった。
服まで修復されて、何もかもが元通りになっていた。
最後に見た幻影を僕は思い出す。
あれは幻影――。
僕の過去の記憶のような錯覚もあったが――。
現実、だったのだろうか。
真っ白に染まったおわりかけの視野の中に見えたそれは――。
夜空に輝く星海のような銀色の髪と――。
冷たい美貌――。
それに、満月よりも眩しい金色の瞳――。
あと、直接に会話したことは多くなかったけど、よく知っている――。
でも、過去の記憶とは少し違う、どこか優しい声――。
かの御方としか思えなかったけど……。
僕は思う。
やはりこの町には彼女がいて、そして彼女は本物なのだろうか。
「……よく頑張ったね。ヒロのことを守ってくれて、ありがとう。……か」
彼女の言葉は記憶に残っている。
彼女はそう言っていた。
ヒロとは、今日、一緒にいた少女の内の1人だ。
何か関係があるのだろう。
ただ、そのことを、ヒロ本人は知らない様子だったが。
そのヒロたちも今は病院にいる。
もちろん、彼女たちも無傷だ。
僕がいろいろなことを1人で考えていると――。
トントントン。
ドアがノックされて、開いた。
現れたのはスーツ姿の男。
年齢は20代に見える。
いかにも頭の切れそうなエリートサラリーマン風の男だ。
だけど僕と同じように、外見と実年齢は違うのだろう。
なにしろその男は、人間の体に戻っているとはいえ『賢者』である僕を倒したのだ。
男は、時田京一郎――。
日本人では屈指と噂される『センチネル』所属の魔術師だ。
「用件はなんだい?」
僕は肩をすくめて笑いかけた。
「今回の件を、すべてなかったことにするために来た。私は君への攻撃を行わない。君の秘密は決して口外しない。関わった事実も忘れる」
「ほお」
一方的に攻撃して、派手に殺そうとしておきながら……。
いったい、どういうつもりなのか。
「どうかね?」
「いいよ。わかった。こちらも君のことは忘れよう」
「では、我々は赤の他人だ」
「その割には、こんなところにまで来ているが?」
「安心したまえ。ここに来たのは公僕としてだ。私は国家に仕え、こうした魔術関連の事件の解決と隠蔽にも携わっているのでね」
「それはまた。自作自演し放題というわけか」
「ああ。その通りだ」
堂々と時田はうなずいた。
「まさか君が、そんな秘密の国家公務員だったとはね」
「興味があるなら紹介するが?」
「いや。やめておこう」
魔術師として目立つつもりはない。
「あと、もうひとつ。お互いに当分の間は、この町では干渉を控える。どうかね?」
「――その意味は?」
「我々が競って動けば、外部の連中を刺激することになる」
「おまえは、あの銀髪の少女に出会ったのか?」
僕は時田にたずねた。
「少なくとも、誤解は解いた。私と彼女は敵対関係にはない」
「僕も誤解は解きたいところだが?」
「何のかね」
「さあ。何かあるかも知れないだろう?」
「君が動くのなら、私も動くが?」
僕は思考を巡らす。
それは時田の言う通り、悪い結果しかもたらさない。
「わかった。『この町では』でいいんだな?」
「ああ。『この町では』だ。――部外者からの干渉がない限りは、だが」
彼女には会いたい。
この世界にいる理由を知りたい。
だが同時に時田の言っていることの方が正しいのは理解できる。
彼女が公に姿を見せるつもりがないのは明白だ。
僕の助力を必要としていないことも確かだ。
迷惑はかけられない。
故に僕は時田の要求を飲んだ。
ヒロとは、すでに連絡先を交換してある。
焦る必要はない。
友好的に接していれば、見えてくることは多いだろう。
「ああ、あと、これも伝えておこう。これについては穏便に買い取らせてもらった。申し訳ないがあきらめてくれたまえ」
時田が懐から異世界の魔石を取り出して、僕に見せた。
「仕事が早いね」
「当然だ。国家権力があるからな」
「ちなみに出品者はどこの誰だったのかな?」
「安心したまえ。ただの一般人だったよ。偶然に手に入れたようだな」
「出品者がファーという名前だったが?」
「それこそ偶然だ」
「白を切る、というわけか」
「違うな。そういうことにしておかねばならない、という話だ」
それはつまり、彼女が出品者だと認めるのか。
「わかった」
僕はうなずいた。
謎は多い。
わからないことばかりだが、ここで焦っても仕方はない。
「では、失礼する。この後、私と君は他人だ」
「――ああ」
時田が病室から出ていく。
その後は慌ただしかった。
1人でゆっくり考える暇もなく、パラディン北川たちがなだれ込んできたのだ。
「よかったぁ! セリ様も無事だったんですね! 怪我もないですよね!?」
クルミという子が涙目で僕に寄ってくる。
「ああ。お陰様でね。君たちにも怪我がないようでよかったよ」
「はいっ! でも、雷とかガス爆発とか! すごいことがあったみたいですよ! 私たち、よく怪我もなかったですよね!」
「そうだね」
「おまえの顔に傷がなくてよかったぜ! 俺が殺されるからな! わははは!」
パラディンが能天気に笑う。
この男は、本当に何もわかっていないようだ。
もう意識する必要はないだろう。
僕はヒロに目を向けた。
見る限り、ヒロという子も普通の少女だ。
魔力は感じない。
特別な何かがあるとは思えなかった。
だが――。
かの御方は、僕ではなく、この子に目をかけている。
それは事実なのだ。
そもそも僕のことは、僕が『大帝国』に生きた『賢者』イキシオイレスであることは、気づいてすらもらえていない気がする。
泣ける話だけど、僕はかの御方の側近だったわけではない。
僕は常にかの御方を見ていたけど、その逆はないのだから。
故にそれは仕方のないことだろう。
「だけどよ! 俺は確信したぜ! やっぱりこの町には天使様がいて、俺の勘が正しければ悪の組織と戦っているんだよ! 俺らは巻き込まれたんだよ! 今回も前回も! なあ、ヒロは天使様を見たんだよな!」
「はい……。錯覚だったかも知れませんけど……。朦朧としていたし……」
「なあ、セリオ! おまえも仲間に入るよな! 一緒にやろうぜ! 天使様後援会!」
誘われて、僕はため息をついた。
どうやめさせるか。
それをすぐに、考えなくてはいなかった。
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