第42話 楽しいピクニック!





 私ことファーは、心から思った。

 398円のおすしパックが売っていてよかった、と。

 しかも量は少ないとはいえ、マグロにサーモンにハマチに玉子、細巻きが入っている豪華な陣容だった。

 おすしとは何かを語ることは十分にできる。


 ありがとう、スーパーマーケット。

 さすがは庶民の味方です。


 私は感謝しつつ、みんなにひとつずつおすしのパックを手渡した。


 赤色髪の少女、ウルミア。

 和風っぽい姿の少女、フレイン。

 スーツ姿の男性。


 男性がどこの誰なのかは、まだわからない。

 謎の人物だった。

 とりあえず、おすしのパックは静かに受け取ってくれた。

 しばらく様子を見よう。


 場所は、どこかの山の、大きな岩場の上。

 見晴らしは最高だった。

 あたり一面に自然が広がっている。

 人の町も、はるか遠くながら見ることができた。


 空は青い。


 まだまだ日は高かった。


「さあ、食べようかー。いただきまーす」


 私はパックの蓋を開けた。

 ウルミアとフレインも、私のマネをしてパックの蓋を外す。


「まずはこうやって、醤油を軽くつけてねー。それから割り箸をパキッと、あ、ウルミアとフレインは箸の使い方はわかる?」

「……2つに割れるのねえ、よくできているわ」

「こうやって使うんだよ」


 私は割り箸を使ってみせた。

 2人はすぐに真似をする。


「カニカニ」

「やると思った」


 フレインの箸使いを見て、私は笑った。


「箸って、魔王領にはないの?」

「器具としては存在している。なので使うのは大丈夫」

「どんな器具なの?」

「虫つかみ」

「なるほど」


 詳しく聞くのはやめておこう!

 食事中だしねっ!


「じゃあ、食べてみようかしら」


 ウルミアが箸でマグロを掴み上げた。


「あー。ウルミア、待って待って! おすしは下の酢飯もセットだから。両方を一度に掴んで口の中に入れてねっ!」

「わかったわ」


 ウルミアはやり直してくれた。

 ぱくり。

 もぐもぐ。


 さあ、どうかな。


「うんっ! 美味しいわっ! とっても新鮮な味ね!」

「よかった」


 気に入ってもらえたようだ。

 ただ、うん。

 次にウルミアは玉子を食べたのだけど……。


「ん。んんんん! うまー! え、なにこれおいしー! 卵よね!? 卵って、こんなに美味しく料理できるのね!」


 魚よりも玉子が一押しになったのでした。


 ちなみにフレインは、かっぱ巻きが一番に気に入ったとのことでした。

 普段食べている肉料理にはないさっぱり感がよかったそうです。


 どちらも私が望んだ結果とはいささかずれているけど……。

 まあ、いいよね!

 おすし、大勝利なのです!


 そんなわけで私たちは、大いにピクニックを楽しんだのですが……。

 一緒にいる人は、もう1人いるわけで……。


 男性は食事の間、ずっと静かだった。

 おすしは食べてくれた。

 加えて、危機感知のスキルが反応することもなかった。


 私は今更ながら男性に向き直った。


「えー。さて。今さらだけど、私はファーと言います。そちらは?」

「時田」


 男性は低い声で短く答えた。


「時田さんですね。じゃあ、早速ですが、というほどでもないけど、この子たちに襲いかかった理由を教えてもらえますか?」

「誤解があるようだが、そちらに剣を抜かれたから私は自己防衛しようとしただけだ」

「私たちに危害を加えるつもりはないんですか?」

「当然だ」

「そっか。それならよかったです」


 何もないなら、それでいいよね。


「こちらからも良いか?」

「はい」

「単刀直入に問うが、君達は異世界から来ているのかね?」

「はい。そうですけど」


 私も、うん。

 ファーの姿の時は、こちらに住んでいるとは言わない方がいいよね。


「行き来できるものなのかね?」

「はい。魔法で」

「それは――。多くの者が普通にしていることなのかね?」

「他の人のことはわからないですけど……。推測としては、異世界転移は最高難易度の魔法なので普通に使っている人はいないと思いますよ」


 なにしろ魔王でも無理だというし。

 もちろん、それは余計なことなので口には出していないけど。


「つまり君は、最高難易度の魔法が使える存在だと?」

「そうですね。私は使えます」

「そうか」


 うなずいて、時田さんは顔を伏せた。

 何やら思案しているようだ。


「えっと。敵意がないなら、時田さんは人間の町にお返ししますね」

「いや、待ってほしい」

「はい」

「私はこちらの世界で、正規に登録された正規の魔術師だ」

「え。あの。この現代社会に正規の魔術師とか、登録システムがあるんですか?」

「ある。世間には秘されているがな」

「あー。そうなんですねー」


 なるほど秘密機関なのか。

 それはそうか。

 なんにしてもびっくりだ。


 話していると、ウルミアが口を挟んできた。


「ファー様、そいつは何て言っているの? 公園にはグールがいたんだよね? 結局、どんなことが起きていたの?」

「あー。それもあったねー」


 私は早速、公園でのことを時田さんに聞いてみた。

 するとこう言われた。


「不幸にも地脈の狂いがあったようだ。残念ながら私の手には負えなくてね。救援を呼びに向かっていたところだったのだよ」

「なるほどぉ」

「ところで、もう1人いた魔術師は奮闘していたかね?」

「頑張ってくれていましたよ」

「……無事、だったのかね?」

「はい」


 私がバッチリ回復させたしねっ!

 問題はないはずだ。


「そうか。それはよかった」


 時田さんが再び顔を伏せた。


 私は今の会話をウルミアとフレインに告げた。

 そうするとフレインが言った。


「ファー様。この男から敵反応が出ていたのなら、その話には矛盾がある」

「……そうなんだ?」

「あと、確かに私は先に抜刀したけど、明確な害意をぶつけてきたのはこの男が先」

「そっかぁ。なら、どうすればいい?」

「処分」

「そっかぁ……」


 どうしよう。

 私が途方に暮れると、今度は時田さんがしゃべりかけてきた。


「あの時は私も非常に攻撃的になっていた。いや、正確に言うならば、手に余る状況の中で狂乱状態になっていた。先程は否定したが、冷静に思い直してみれば、見るものすべてを敵として認識していた気もする。謝罪しよう」


 時田さんがフレインに頭を下げる。

 私は翻訳して伝えた。


「と、いうことだけど、どうする?」

「怪しさしかないけど、ファー様の好きなようにしてくれていい」

「許してあげてもいい?」

「いい」


 よかった。


「時田さん、さっきのことは、なかったことにします」

「そうか。感謝する」

「で、なんですけど……。さっきの公園でのグール騒ぎ自体を、なんとか、なかったことにすることはできませんか?」

「――それを望む理由を聞いても?」

「目立ちたくないので」


 本当はヒロがだけど。

 私は、自分のことのように言った。


「わかった。では、私の方で手を回しておこう」

「ありがとうございます!」


 よかった!


「その礼というわけではないが――。私からもひとついいかね」

「はい。何でしょうか」

「私は君たち異世界人との交流を求める。決して悪いようにはしない。つながりを持たせてもらえると嬉しいが」

「ちなみになんですけど……。異世界って、知られているんですか?」

「知られてはいるが、こちらの世界ではあくまで空想の話だ」

「その割には信じていますよね?」


 むしろ真っ先に質問されたし。


「ククク。私は異端でね。魔術の根源は異世界にこそあると、かねてより異世界の実在を信じていたのだよ。だから今、私は感動している。君が異世界人であったのだから」

「でも、私の言葉なんて嘘かも知れないですよ?」

「私の知る限り、この世界に君ほどの力の持ち主はいない。トラックを軽々と止めた動画を見た時には感動したものだよ」

「もしかして、だからこの町に来たんですか?」

「その通りだ。私は君に会いたかった。ぜひつながりを持たせてほしい。こちらの世界でやるべきことがあるなら協力は惜しまない」


 う。


 熱っぽい目でまっすぐに見られて、私はたじろいだ。

 視線から逃げて、今の話を2人に伝える。


「と、いうことなんだけど。どう思う?」

「お金をもらう。そして豪遊」

「そうねそうね!」


 なるほど、その手があるか。

 じゃなくて!

 さすがの私も初対面の人からお金をもらう気にはならない。

 いや、うん。

 言ったら本当にくれそうだから……。

 超興味はあるのですが……。

 なにしろ私、無職で貧乏ですしおすし……。


 あ、そうだ!


「あの、それなら、なんですけど……。こういうのって売れます?」


 私はアイテムBOXから赤い光の魔石を取り出した。

 時田さんに渡して見てもらう。


「これは魔石か。しかも高純度の。こちらの世界には存在しないレベルのものだな。価値をつけるとすれば1億円は下るまい」

「え」


 今、おいくらと?


「しかし、これが出回れば当然、出どころが探られる。君たちは、異世界の存在をこちらの世界に知らしめるつもりなのかね?」

「それは絶対に秘密にしたいところです」


 私は即答した。

 異世界の実在が世界に知られれば大変なことになる。

 私がその騒動に巻き込まれるのは絶対に嫌だ。


「では、迂闊に売らないことを強くお勧めする」

「そうですか……」

「ちなみにこのレベルの魔石は、他にも複数あるのかね?」

「はい。まあ、異世界では普通かと」

「そうか……」


 考え込まれてしまった。


「あのお……。それだけ買ってもらうことって、できますか? 1億円なんていらないので10万円くらいで……」


 10万円でも大金だけど。


「ハハハ! 10万では、さすがに安すぎだろう」

「いえ、それで十分です。それ以上はいりません」


 それ以上にもらったら、一生言うことを聞くハメになりそうで怖い。


「わかった。では、それで引き取らせてもらおう」

「ありがとうございます!」


 なんと即座に支払ってもらえた。

 私は自分の手の中にある10枚の1万円札に戦慄した。


「ねえ、ファー様。その紙ってお金なのよね? スーパーでファー様が使っていたものとは少し違うようだけれど」


 ウルミアが覗き込んでくる。


「う、うん……。超大金……」

「豪遊できる?」

「そうだね……。せっかくだし、豪遊しちゃおうか……」

「やったーっ!」

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