第41話 大魔王様とお買い物を(ウルミア視点)


 ファー様からその話を聞いた時、思わず「えー!?」と声を上げてしまった。

 だって敵対した相手と、楽しく遊ぼうなんて。

 ただ、それを言ったら私もだと言われて、私は納得した。

 言われてみればそうだった。

 私もファー様を殺そうとして返り討ちにあって、仲良くしている。

 普通なら殺されていて当然のところだ。

 それはわかる。

 何故なら私なら絶対にそうしている。


 私はウルミア。


 南方大陸に10名いる魔王の内の1人。


 お父さまがニンゲンの勇者に殺されて、その後を継いだ。

 ただ、魔王の座は世襲ではない。

 魔王になるためには、魔王の子だったとしても、魔王決定戦に勝ち抜いて優勝する必要があった。

 それは『大帝国』の時代に大魔王様が定めた絶対のルールだ。

 決定戦に勝ち抜いて闇の神殿で祝福を受けなければ、魔王とはなれないのだ。

 とはいえ、決定戦は1対1ではない。

 4人までの腹心をつけての、複数対複数の戦いだ。

 幸いにも私にはフレインがいたし、お父さまの時代からの部下もいた。

 なので、あっさり勝ったけど。


 フレインは強い。


 なんといっても、私やお父さまと同じ竜人なのだ。

 昔はいろいろあったそうだけど、最終的にはお父さまに恭順して私のお世話係についてくれて今日まで一緒にいる。


「じゃあ、買ってくるから待っててー!」


 空中で身を翻して、ファー様か1人で町に行こうとする。


「あー! 私も行くー! フレイン、ニンゲンのことは任せるわね!」

「りょ」


 私は急いで後を追って、ファー様に並んだ。


「来るんだ?」

「ええ! もっと異世界を見たいし!」

「まあ、いいか。大人しくしているんだよー」

「はーい」


 ファー様に了承してもらって、2人でこっそりと地上に降りた。

 どこかの住宅地の裏だ。

 そこから通りに出て、近くのお店まで歩いた。


「ねえ、ファー様。本当にやるの?」

「うん。やるよー」


 何をかと言えば、ピクニックだ。

 なんとファー様は私とフレインだけではなくて、ニンゲンの魔術師も連れておすしを食べるというのだ。

 どこか景色の良い場所に移動して、楽しく。


 ファー様は変わっている。

 敵を敵と思っていない。

 私とも普通に手を繋いでいるし。

 ただそれはファー様の中では、私もフレインもニンゲンの魔術師も、それどころかアンタンタラスさえも――。

 相手にもならい存在ということなのかも知れないけど。

 実際、ファー様がまったく本気になっていないのは、よくわかるし。


 私は歩きながらファー様の横顔を見上げた。

 絵画のような美貌だった。

 その肌は磁器よりも艷やかで、その髪は星の光を散りばめているみたいだ。

 隙はない。

 まさに完璧だった。


 だけど私の視線に気づいてニッコリ笑う表情は、とても幼くて、世間知らずな女の子みたいに感じる。

 無防備で隙だらけだ。

 殴りかかれば、即座に倒せる気さえする。


 しないけど。


 手も足も出ないのは、もう理解した。


 それに――。


 私はファー様のニッコリした顔は、好きだし。

 ほんわかする。

 恐怖の大魔王なのに、ね。

 握ってくれる手も冷たいけど柔らかいし。

 一緒にいると、なんだか楽しい気持ちになるのだ。


 お店についた。


 スーパーマーケットという場所だった。


 私とファー様はニンゲンたちの中で明らかに浮いていたけど、攻撃されることはなく普通に買い物を楽しむことができた。

 この世界は本当に平和なようだ。

 スーパーマーケットには、たくさんの物が売られていたし。


 ただファー様は、この世界では貧乏だった。

 姿を変えて、力を隠して、普段は部屋から出ることなく静かに暮らしているらしい。

 たくさん買えなくてごめんね、と、謝られてしまった。


「私は気にしないわ。だって、異世界に来られただけで満足だもの。おすしだって味がわかるだけで十分だし」

「そっかー。それはよかったよ」

「でも、ファー様の力なら、お金なんていくらでも手に入ると思うけど……」

「いやー。なかなかねー」

「この店を破壊して奪うなら手伝うけど……」

「それはやめとこうね!?」


 ちなみにおすしというのは、ご飯の上に生魚を乗せたものだった。

 どちらも知っている食材ではあった。

 だけど、ご飯は知っているだけで普段の食卓には出ないし、魚は焼くか煮込んで食べるものだった。

 魔族は基本的に生でも肉を食べるけど、魚は青臭くて生では微妙なのだ。

 でもファー様が言うには、異世界の生魚はジューシーで美味しいらしい。

 しかもご飯には、生魚の美味しさを引き立たせる工夫がしてあるそうだ。

 おすし。

 食べるのが楽しみねっ!


 おすしを買って、私たちはスーパーマーケットを出た。


「ねえ、ファー様」


 私は最後に、あらためて聞いてみた。


「うん。なぁに、ウルミア」

「あのね、私たちはニンゲンと戦争をしていて、私もいつかはお父さまの敵討ちをしたいんだけど、ファー様は一緒に戦ってくれないんだよね?」

「んー。それはちょっとねー」

「そっかー」

「ごめんねー」

「ううん。いいけど、別に」


 今のファー様は、どれだけ本物のファー様だとしても、異世界で生まれ変わっていて昔の記憶はもうないのだ。

 少なくともファー様はそう言っている。

 だから、仕方のないことよね。


 建物の裏から空に飛んで、フレインと合流する。


 その後は山に向かった。


 そして山の頂上付近に、景色を見渡せる大きな岩を見つけて、その上でおすしをいただくことになった。


「じゃあ、この人には目覚めてもらうねー」


 ファー様はそう言うと岩の上に寝かせたニンゲンに回復魔法をかけて――。

 頬をペシペシと叩いた。


 私たちは油断せず、ニンゲンの様子を見ていた。

 こいつは攻撃してきたのだ。

 目覚めれば、また攻撃してくる可能性はある。


 やがてニンゲンは意識を取り戻した。

 ゆっくりと身を起こす。


「こんにちは。どうも」


 ファー様が、ペコリと頭を下げてニンゲンに挨拶をした。


「……君は」


 ニンゲンがファー様に目を向ける。

 とりあえず、すぐに攻撃してくることはなかった。


「おすし、食べませんか?」


 スーパーマーケットで買ってきたおすしの入った袋を胸の前に持ち上げて、ファー様はにこやかに言った。


 ニンゲンは、しばらく黙っていたけど――。

 攻撃してくることはなく――。


「いただこう」


 と、ファー様からの誘いを愛想のない顔のままで受けた。




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