第38話 電車でゴー!





「うわー! 景色の流れ方が早い! 座ってこれが見られるのは感激ね!」

「たしカニ。カニ」


 窓越しの景色に夢中な2人の姿に、ようやく私は心穏やかにホッコリすることができた。

 うむ。

 まさにこれこそ、異世界に来ちゃった女の子たちの、あるべき姿ですよね!


 というわけで。


 こんにちは、ファーです。


 私は今、そもそもの自分である羽崎彼方の姿に変身して、魔王ウルミアとその部下フレインを連れて電車に乗っています。


 時刻は、午前10時を少し回ったところ。


 お昼前の中途半端な時間とあって電車は空いている。

 なので窓向きに座って騒いでしまっている異国の女の子2人に、冷たい目線を向けてくる乗客は幸いにもいない。


「フレイン、見て! ねえ、ファー様も! ほら、ファー様はいないって言っていたけど、あそこにオーガがいるわよ!」

「あー。アレは確かに鬼だけど置物だねえ」

「置物……?」

「お店の看板みたいなものかなー」


 車窓に流れていくのは「鬼ヶ島」という遊戯店だった。

 正面にデンと置かれた大きなオブジェは、お店のキャラクターである赤鬼だ。

 なかなかによくできている。


「そんな看板があるんだ? あれでヒトは入るの?」

「そだねー。それなりには人気だと思うよー」


 私は入ったことがないけど、毎日夢中で遊んでいる人は多いというし。


「そっかぁ。残念。この世界にも魔物がいればよかったのに」

「あはは。残念だけど、こっちの世界にはいないかなぁ。ドラゴンとかグールとか、魔物のことは知られてはいるけど」

「知られているのに、いないの?」

「うん」

「なんか変ね、それ。どうしていないのに知っているの?」


 ウルミアに素朴な質問をされた。


「うーん。どうしてかなぁ。案外、異世界から人が流れてきたのかもだね。そっちにはこっちの世界から人が来たりするの?」

「どうなの、フレイン?」


 ウルミアは知らないようで、フレインにたずねた。


「正式な記録ではないけど、『大帝国』時代の『賢者』イキシオイレスがそうだったかも知れないという話はある」

「イキシオイレスってアンの親友だったヤツよね? アンはなんて言っていたの?」

「ヤツには、聞いたことはないですね、と言われた」

「そっかぁ。なら違うんじゃない?」

「それは不明。秘されているなら、ヤツが私に語るハズはない」

「そっかぁ。そうよね。アンってフレインのことをライバル視しているし」


 ということらしかった。

 つまり、よくわからないけど、いたかも?ってことか。


「ファー様、こっちの世界はどうなの?」

「異世界転移の語はものすごく多いけど、事実としては聞かないかなぁ」

「ものすごく多いのに、聞かないんだ?」

「うん」

「それもおかしな話ね」

「だねー」


 言われてみれば、そうかも知れない。

 私は気楽に笑った。


「木を隠すなら森。何者かが、あえて事実を物語で覆っている可能性もある。ファー様は念の為に留意しておくべき」


 いつの間にか私の呼び名がカナタからファー様に戻っていたけど――。

 まあ、うん。

 フレインたちの言葉は現代で通じないと判明している。

 なのでその点については気にせず、


「念の為に心に留めておくよ」


 フレインの助言については、一応、肯定的に受け止めておいた。

 実際に私は転移しちゃったわけだしね。

 他にいても不思議はない。

 いずれにせよ、異世界転移は、どちらの世界でも公なものではないようだった。


「フレイン、ファー様に忠告なんて生意気よ」

「失礼。謝罪」

「ううん。私、何度も言ってるけど、ファーとしての記憶はないし、だから忠告とかはどんどんもらえると嬉しいかもー」

「ならいいけど……。じゃあ、フレイン、気づいたことは言ってね」

「りょ」


 フレインは短くうなずいた。

 フレインは、いわゆる無表情系の冷淡な子だけど、思慮は深い気がする。

 今もウルミアに害が及ばないように、ウルミアに合わせて旅を楽しみつつも油断なく周囲の状況に気を配っている。


 と、うん。


 なぜかそれがわかる私は、いったい、どうしたのか。

 ファーになってから、魔力を感じられたり、人の態度を観察できたり、明らかに知覚力までもが向上している。

 私は私のままなつもりではあるけど……。

 さすがに、私ではない誰かになった影響は大きいようだ。


 まあ、うん。


 気にしませんけどねっ!

 今さらどうにもなりませんですしおすし!

 私、流されるのは得意なのです。


「あ、そうだ。ねえ、2人とも、帰りは遊んだ先から転移魔法で送ればいいよね?」

「そうね。自力じゃ帰れないし、送ってもらうこと前提だけど」

「よし! なら、駅についたらおすしを食べよう!」

「おすし? なにそれ? 美味しいの?」

「ふふー。それは食べてからのお楽しみということでっ!」


 めくるめく回転の世界。

 きらめく生の魚。


 ふふ。


 きっと驚いてくれることだろう。


 帰りの電車代が不要ならば、慎重に皿を選べば1人4皿くらいはいけるか……。

 計算を間違ったら大惨事だけど……。

 でも、せっかくなので、2人にはご馳走したいよね!

 おすしは日本の文化だし!


 うん。

 はい。


 アルバイトでもしていれば、お腹一杯ごちそうできたのに……。

 我ながら悲しいね……。


「どうしたの、ファー様?」

「あ、ううん! なんでもー! あははー!」


 落ち込んだところを心配されてしまった!

 いけないいけない!

 私は笑ってごまかした!


「でも、ファー様と親しくなれてよかった」


 私に目を向けてフレインが言う。


「そうねそうね! 最初は攻撃しちゃったけど! 殺されなくてよかったわ!」


 ウルミアが全力で肯定する。

 私はさらに笑って、


「殺しはしないよー。さすがにー」


 ヒュドラ騒動の時、全力で手加減して本当によかったよ。

 ちゃんと話してみれば2人ともいい子だし。


 ただ、うん。


 それでもフレインがヒュドラをけしかして、人間の町を攻撃させて、たくさんの人を殺そうとしていたのは事実なのだ。

 それを考えると、複雑な気持ちにはなる。

 何故なら私は人間なのだし。

 とはいえ、フレインたちも魔族と名乗っていても、見た目的にはそれほど変わらない。

 角があったりはするけど……。

 実際、日本の町にいても、通報されることはなかった。

 むしろ逆に「異国の美少女がコスプレしている。カワイイ」と好意的に見られていた。


 私は思った。


 戦争って、やめることはできないのだろうか。

 2人は、まるで学校に行くような気軽さで戦争している様子だけど。


 聞いてみようかな。


 と思っている内に……。


 残念ながら電車は、となりの市の駅に到着してしまった。


「ここで降りるよー」


 私は席を立った。


「着いたのね! 楽しい時間だったわ!」

「次はおすし。楽しみ」

「そうねそうね!」


 ウルミアとフレインが私に続いて電車から駅のホームに降りた。

 改札口からロータリーに出る。


 空は明るい。


 なにしろ、まだ午前中だしね。


 ようやく時刻は午前10時30分になったところだった。


「んー」


 私は太陽の下で、気持ちよく背伸びをした。

 そこで不意にあることを思い出した。

 そうだった。

 スキル『危機感知』で一応、広域を確かめておこうと思ったのだった。


 早速、使ってみた。


 すると、あっさりすぎるほど当然のように反応が出た。

 ただ、距離は遠そうだ。

 マップを広げてみると、マップにも危機感知の情報が出ていた。

 郊外の公園で何かが起きているようだ。


 危機感知については、まだわからない部分が多い。


 先日のトラック突撃のことから考えても、私の危機だけに反応しているわけでないことは確実なのだろうけれど……。

 どこかの誰かの遠くの危機まで、わざわざ反応するのだろうか……。


 これがゲームなら、こういう技能が反応するは、私に関わりのある場合だけだ。

 たとえばクエスト絡みとか。

 あるいはフレンドが攻撃を受けているとか。


 フレンド……。


 先日のトラック突撃は、そういえばヒロの危機だった。

 ヒロは私の妹。身内だ。


 まさか。


 私は不意に嫌な予感を覚えた。


 今日、ヒロは、よりにもよって、あのパラディン北川と会う約束をしている。

 今頃はすでに会っているはずだ。

 どこで何をするのかは教えてもらえなかったけど。

 もしかしたら……。

 郊外の公園に連れ込まれて……。


「ああああああ!」


 それはいかーん!

 私は叫んだ!

 最近はすっかり疎遠だけど、それでもヒロは私の妹なのだ。

 放ってはおけない!


 私はさらに、スキル『危機感知:指定』を使ってヒロの状況を確認した。念じるだけで、ほぼ自動的に設定することはできた。

 すると……。

 やはり……。

 郊外の公園に反応が出た!


「許さん! 許さんぞー! パラディン! あのクサレ聖騎士めー!」

「いきなりどうしたの、ファー様!?」

「ファー様、落ち着く。変身が解けた」

「ごめん2人とも! 一大事! 付いてきて!」

「わ、わかったわ!」

「りょ」


 人目なんて気にしている場合ではなかった!

 私は青銀の髪をきらめかせて、『フライ』の魔法で空へと躍り上がった。

 急がないと!

 純真なヒロを毒牙にかけさせるわけにはいかない!

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