第36話 観察の賢者2(石木セリオ視点)
それが誰なのか、ひと目見て理解することはできた。
つい笑いそうになる口元を抑えて――。
僕は緊張した表情を作る。
なにしろ現在、客観的に言って、僕たちは怪しい状況の中にあるのだ。
公園は霧に包まれて――。
目の前には、謎のローブの人物がいる。
「あー。すみませーん、もしかして、四天王最弱さんっすか?」
パラディンがおそるおそるの様子で声を掛ける。
「ククク……。確かに私は四天王最弱。しかし、ただの人間には負けない」
ローブの人物が、性別不明のしゃがれた声で答えた。
そして、両腕を広げると共に軽く魔力を放った。
その魔力で明確にわかる。
目の前にいるのは、やはりアーシャ。
僕がパラディンたちへの威嚇行為をお願いした吸血鬼の魔女だ。
確かにお願いしたが――。
正直、軽くお試し程度でよかった。
しかし、どうやら彼女は本格的にやるつもりのようだ。
入った時から気づいていたが、公園には人払いの結界が張られている。
さらに広げられた魔術の霧には、電波を遮断する効果と、霧に触れした電子機器の機能を麻痺させる効果がある。
そう――。
現代の魔術師が最も注意すべきなのは、盗撮。
いつの間にか撮影されて、いつもの間にかネットにアップされていたら、それは下手をすれば大変なことになる。
なので多少派手でも、魔術師にとってこの霧は極めて有効だ。
何故なら、どれだけ口で「すごい超常現象を体験した!」と訴えても、それを真に受ける現代人はまずいないのだから。
感心どころかバカにされておわりだろう。
魔力を受けたパラディンたちは、特に反応を示さなかった。
「お、おう」
と、パラディンがノリの悪い様子で言葉を返しただけだった。
魔術師であれば、公園に入った時点で異変には気づいているだろうし、今の魔力の放出で目の前の存在が同業者だと理解したはずだ。
何からの反応はあって然るべきだが……。
少女たちにもパラディンのアシスタントにも身構える様子すらない。
3人は呆然としていた。
しかしすぐに、アシスタントの男が場の空気を変えようと、明るい声を出す。
「とりあえず、公園から出て外で話しましょうか。生憎の霧で、この状態だと会話も動画撮影もまともにできませんし。って、あれ」
「どうした?」
「あ、いや。俺のスマホが止まってるわ。やっべ、壊れたか」
「このタイミングでかよ」
パラディンが顔をしかめて、なら俺のスマホを――。
と取り出したしたところで――。
圧縮された呪文を短く囁き、ローブ姿のアーシャが指先から魔力の矢を放った。
魔力の矢は、凝縮した無属性の魔力による刺突攻撃だ。
矢はピンポイントに、パラディンのスマートフォンに命中した。
パン!
と派手に音が鳴って、スマホは砕けた。
「うおわっ! な、なななんだ!?」
突然のことにパラディンは尻持ちをついて倒れた。
僕は冷静に様子を見ていた。
「大丈夫ですか、パラディンさん! どうしたんですか!?」
ヒロという子があわてて走って近づいてパラディンを介抱する。
「いきなりスマホが爆発したんだよ!」
「怪我はありますか?」
聞かれてパラディンは、自分の手を凝視した。
「……いや、なんとか平気だわ」
「よかったです」
「ククク……。私を四天王最弱と侮ったのが運の尽きだったな。たとえ最弱でも、魔王軍の幹部であることに変わりはないのだよ。おまえたちは私を罠にかけたつもりだろうが、罠にかかったのはおまえたちというわけだ」
どんな設定なのか不明だが、アーシャがそう言った。
アーシャの威嚇行為は続く。
「さあ、どうした? 何もしないのならおわりにするぞ? これからおまえたちには、眠りの魔術をかけてやる。そうなれば、闇の中だ」
果たして動く者はいるのか。
「セリ様、これって動画のネタ……。なんですよね? 私は、別に何にもしなくても見ていればいいんですよね?」
クルミという子が僕に声をかけてくる。
その声にあるのは、ただの困惑だった。
「さあ、どうすればいいのか……。僕は何も聞いていませんので……」
僕は観察を続けたが――。
アーシャの言葉を真に受ける者はいなかった。
それなりにもったいぶってから――。
「では、いくぞ」
アーシャは、声に出して大仰に睡眠魔術の詠唱を始めて――。
呪文を完成させる。
それであっさりと――。
パラディン、アシスタント、ヒロ、クルミ――。
かの御方の偽物が現れた場に居合わせた4人は、魔術の眠りの底に落ちた。
演技ではない。
魔術は4人に完璧に浸透している。
「あらぁ」
倒れてしまった4人を見て、アーシャが素の声を出した。
妖艶な女の声だ。
「セリオー。みんな、無抵抗だったわねー」
「……ああ、そのようだね」
「結界にも霧にも反応する様子はなかったしー、この子たちは無関係かもねー。残念だけど他を当たるべきかもー」
「残念だけど、わからないか。いったい、誰が何を仕組んでいるのか」
僕は息をついた。
その時だった。
「――フ。白々しいことを。仕組んでいるのは君達なのだろう?」
霧の中から嘲りのような声がかかった。
しまった。
僕は油断していた自分に気づいた。
自分が観察されている、その可能性を考慮していなかったのだ。
「いったい、我々に内緒で、この町で何をしているのか。ぜひ聞かせてほしいところだ」
霧の中から現れた者――。
それは、スーツを着た知的な印象の同年代の男だった。
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