第34話 観察の賢者(石木セリオ視点)


 僕が東京から地方の都市にまでわざわざ来たのは、女と出会うためでも人気配信者と交流を深めるためでもない。


 この町で、かの御方の姿を真似た者が現れた――。

 その実在を探るためだ。


 それは、おそらく――。


 僕のような『異世界帰り』や、あるいは『異世界人』をあぶり出すための、現代世界の魔術結社の企みなのだろうが……。

 それならそれで真相を暴いてやりたい。

 そして、聞きたい。

 何故、かの御方の姿を知っているのか、と。

 それは、ただの現代人が持っている知識ではないのだから。


 友好的に言葉を交わしつつ――。


 僕は慎重に、その場にいた者たちの能力を探った。


 パラディン北川と、そのアシスタント。

 地元の学生、ヒロとクルミ。


 よくも悪くも、全員、取るに取らない一般人のように感じられた。

 ただ、隠蔽している可能性はある。

 相手が魔術師だとするなら尚更だ。

 すでに仕込みは万全だけど、慎重にいかねばならない。


 なにしろ僕はすでにかの御方の件では、一度、失敗してしまっている。


 それは『石』のことで、だ。

 ファーという名義でオークションサイトに出品されていた『石』。

 僕はそれを落札するつもりでいた。

 僕は楽観していた。

 ただの『石』にライバルなど現れないだろう、と。

 しかし実際には、早期に入札を行うものがいた。

 僕は対抗して、すぐに入札した。

 そして、気づけば――。

 金額は2000万円を越えて――。

 それは僕にとって、たいした金額ではなかったので気にしていなかったけど――。

 一般的には大金だった。

 結果として、オークションは出品者の手で取りやめにされてしまった。

 イタズラだと思われたのだろう。

 不覚だった。

 まさかのライバル登場に、ついムキになってしまったのだ。


 同じ失敗は繰り返せない。


 冷静に、冷静に、今回は立ち回ろう。


 駅前で集合した後、僕たちは近くの喫茶店に向かった。

 まずは情報交換を行おうとのことだった。


「でも意外ですっ! まさかセリ様まで天使様に興味を持たれるなんてっ!」

「パラディンさんの動画がニセモノだとは思えなかったからね。クルミさんも、あの事件の現場にはいたんだよね?」

「もちろん、いましたよっ!」

「本当だったんだよね?」

「はい! ぜーったいに、本当でしたよ! すごい勢いで突っ込んできたトラックを、簡単に片手で止めちゃって、びっくりしましたもん!」


 クルミという子は、どうやら僕のファンだったようだ。

 僕の横に来て、キラキラとした表情で話しかけてくる。

 嘘を言っている様子はない。


 しかし、かの御方を天使と称するのは笑える。

 何故ならかの御方は、すべての魔王を従える絶対にして唯一の存在。

 大魔王だったのだから。

 とはいえ、その美を天使と称するのは理解できる。


「ぜひ僕も、天使様に会ってみたいと思いまして」


 故に僕もその言葉を使おう。


「確か助けられたのはヒロさんの方でしたよね?」


 僕は、澄まして歩く少女にも声をかけた。


「はい」


 ヒロという子は、僕にはそれほどの興味がないようだ。

 そっけない返事だった。


「何か会話はしたの?」

「はい。少しだけ。名前を聞きました」

「なんていう名前だったの?」

「ファーさん、です」

「そっか。素敵な名前だね」

「はい。そう思います」


「おいおい。ヒロは俺のファンだぞー。取らないでくれよー」

「ははは。それは失礼したね」


 パラディン北川に言われて、僕はヒロという子から離れた。


「ヒロー、浮気すんなよー」

「浮気以前に、そのまでの関係になった記憶はありませんよ」

「そうだったかー?」

「はい。そうです。そもそもお会いするのは今日で二度目です」

「動画では、いつも見てくれてるんだろー?」

「それは、見てますけどね。それとこれとは別です」


 ヒロという子はパラディン北川には良い感情を持っているようだ。

 落ち着いて話しつつも、僕に対するのとは違う柔らかな表情になっていた。


 僕は心の中で笑った。

 ここまで塩対応をされたのは久しぶりな気がする。

 むしろ楽しい気分だ。


 喫茶店についた。


 奥のテーブルに席を取って、飲み物を頼む。

 飲み物はすぐに、パンにゆで卵、サラダと共に運ばれてきた。

 サイドメニューを注文した記憶はなかったけど――。

 モーニングセットという名前で朝の飲み物には無料でついてくるものらしい。この地域では一般的なようだ。

 せっかくなので、いただくことにした。

 僕は軽食を取りながら、しばらくの間、黙ってパラディンたちの会話を聞いた。


「で、だ。あらためて聞きたいんだが、ヒロとクルミは、あの日のあの時まで、まったく天使様のことは知らなかったのか? 偶然に助けられたのか? 実は前に会ったことがあるとか似ている誰かを知っているとか、そういうのはないのか?」

「残念だけどありません」

「だよねえ。私たちも会ったのは、あの時が初めてですよぉ」

「そうかぁ……。俺の直感的には、おまえらの元からの知り合いじゃねーかって気が、すげーしてたんだけどなあ」

「それはどうしてですか?」

「じゃなきゃ、普通、東京とか、もっと大きい場所に出てこねえ?」

「そういうものなんですか?」

「そりゃそうだろ。こんなパッとしねー地方の町で物語が始まるかよ、普通」

「それはそうですね」


 パラディンの失礼な物言いに嫌な顔をすることなく、ヒロという子はうなずいた。


「で、俺はおまえらを俺のチームに入れようと思ったわけだ。俺の直感的には、天使様はおまえらのことを見守っている!」


「そうだと嬉しいですけど」

「ね」


 ヒロとクルミという子が、互いにうなずきを交わす。


「じゃあ、決まりな!」

「いえ、私たちはまだ学生ですし、それはさすがにお断りさせていただきます」


 ヒロという子は、パラディンに好意があるように見えたけど――。

 意外なことに、ハッキリと断っていた。

 しっかりした子のようだ。


「なら動画は関係なしに、たまに会合する程度ならいいか?」

「はい、まあ……。それくらいなら……。いいですけど……」

「よし、決まりな!」

「ただ、何の力にもなれないかも知れないですよ?」

「いいっていいって! そこは気にするな! それならそれで、別に普通のガールフレンドってことでいいだろ!」

「それはそれで問題だと思いますけど……。でも、はい、わかりました」


「やったね、ヒロ!」

「別に、やったってことでもないけど」


 クルミという子は、ヒロという子の恋路を応援しているのか。

 微笑ましい光景だった。

 しかし、油断してはいけない。

 この中に魔術師のいる可能性はあるのだ。


「で、だ。聞いてくれ」


 パラディンがあらたまって、話を始める。


「実は、俺の方に匿名の連絡があってな。あの日の現場にいた俺たちと、会って話がしたいってヤツがいるんだよ。天使様のことを知っているかも知れないってことでな。というわけでこれからみんなで行ってみようぜ」

「どこに、ですか?」

「となりの市の公園。近くていいだろ」

「それは、まあ、そうですけど……。大丈夫なんですか?」

「平気だって。こっちは有名配信者が2人もいるんだぞ」

「ということは、僕も同行しても?」

「おう。同行者もオーケーだってよ」

「それはよかった。楽しみです」


 僕がそう言うと、女の子たちも了承する様子を見せた。


 この流れは計画通りだ。


 何故なら公園に呼び寄せたのは、僕の知り合いの吸血鬼の魔術師なのだから。

 何をするつもりなのかまでは聞いていないが――。

 アーシャのことだ。

 きっと、僕をも驚かせるように、密やかに派手にやるのだろう。


「それによ! 何かあっても俺様が守ってやるぜ!」

「それは信用できません……」


 ヒロという子がうなだれて言うと――。

 アシスタントにクルミ、それにパラディン本人までもが声を出して笑った。

 本当にパラディン北川は、呆れるほどにお気楽な男のようだ。





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