第32話 魔王サマの日本観光
異世界の町を歩く。
それ間違いなく、最高の浪漫だ。
私も先日、水都メーゼの町並みを見た時には、それはもうワクワクしたものだった。
ウルミアとフレインの2人も、興味深く町を見て――。
気になったことを私に質問してきた。
たとえば、電柱と電線のこと、とか。
「なるほどお……。この世界では、電力というものが魔力の代わりとして、普段の生活を支えているのねえ」
「辺境で大規模な発電を行って、それを線によって国中に届ける。大胆な発想」
「ねえ、カナタ。たとえば発電所が爆破されちゃったら、この異世界の町の生活はそれだけで停止するということなの?」
「そだねえ……。たぶん」
「それならアレね。この世界と戦争になったら真っ先にそこを狙えばいいのね!」
「攻略は簡単そう」
「そうねそうね! ふふ! 勝ったわね!」
なにやら物騒な話題でウルミアとフレインが盛り上がる。
「発電所はたくさんあるし、警備も厳重だから難しいとは思うけどねえ」
私は苦笑した。
「それなら、手当たり次第に電柱を倒すのも手」
「そうねそうね!」
「そもそも戦争しなくていいからね? 仲良くしようね?」
さすがに突っ込みました。
どうしていきなり、戦う話にばかりなるのか。
「それはそうか。カナタのいる世界と戦う理由はないものね」
ウルミアはあっさり納得してくれた。
よかった!
「ねえ、フレイン。たとえばダンジョンコアのような強力な魔力炉を利用して、私たちの国でも同じようにすることはできるのかな?」
「コアの制御システムと、魔力伝導率の高い線の量産体制を確立できれば」
「んー。どっちも難しいかぁ」
「残念ながら」
「アンでも?」
「アンタンタラスの専門は魔法。イキシオイレスが存命なら可能だったかも知れない」
「イキシオイレスって、アンの親友の『賢者』だっけ?」
「そう。工学に詳しかったと聞いた」
2人の話は真面目だった。現代日本の科学を、いかに自分たちの世界に転用できるかという話題がメインだった。
私は、せっかくの初の異世界探索なのだから……。
もっとキャッキャウフフと無邪気に楽しんでほしかったのだけど……。
お。
と思っていたら、ちょうどコンビニがある!
「ねーねー、2人とも! お店があるから、ちょっと冷たいものでも買おうか!」
今日はいい天気なので、それなりに気温は高いし。
きっと大喜びだよね!
と思ったら、なぜか困った顔をされた。
「どしたの?」
たずねると……。
「カナタ、無理はしなくてもいいよ? お金、ないんだよね?」
「う」
「私は電車に乗りたいから、何か買わせてもらうのは電車に乗った後でいい? お金が余っていたらよろしくお願いしたいわ」
「は、はい」
うう。
なんか、とっても冷静に返されました。
「おかね……。きん……」
フレインがコンビニを見ながらつぶやいた。
と思ったらフレインの固有スキルらしい亜空間収納から1枚の金色の貨幣を取り出して私の目の前に差し出す。
「カナタ、金貨。これは使える?」
「え。本物?」
「当然。魔王領共通正金貨。純度はかなり高い」
私はまじまじと金貨を見た。
まさに黄金。
輝いている。
「えっと、ごめん、無理かなぁ」
「そう。残念」
フレインは金貨を収納した。
「ねえ、カナタ。こちらの世界では、金には価値がないの?」
「そんなことはないけどねえ……。価値はあるよ」
「なのに使えないの?」
「普通の買い物では使われていないんだよ。まずは換金しないと」
「換金は、簡単にはできないの?」
「まあねえ……」
町を見渡せば、「金・銀・プラチナ、買い取ります!」というお店は何軒もある。
だけど私は、まだ18歳。
ネットで調べたところ、売却には親の同意書が必要っぽいのだ。
敷居は高い。
それを知って私もガックリしたものだった。
それはともかく!
いくら私が貧乏でも、アイスの3本くらいは買えるのです!
電車代も余裕なのです! 近場なら!
というわけで、ウルミアとフレインには、初めてのコンビニを体験してもらった。
と言っても、文字も言葉も通じないので、ほとんど見ているだけだったけど。
買ったのは、ソーダ味のアイススティック。
はい。
安くて美味しくて定番なアレです。
冷菓は、異世界にはあまりないようで、興味深く食べてもらえました。
と、コンビニの前でのんびりしていると……。
――うわ、あの子たち可愛いっ!
――ホントだ。巫女のコスプレも似合ってるわねえ。
――小さい子のドレスも素敵ね。
そんな声が聞こえた。
コンビニに出入りする人たちの目を、思いっきり集めていた。
幸いにも声をかけてくる人はいなかったけど……。
アイスを食べおえたところで、スティックをゴミ箱に捨てて、私は2人の手を取って、その場からそそくさと離れた。
「ねえ、カナタ。ニンゲンどもに悪いことを言われたの?」
「必要なら斬る」
「可愛いって言われていただけだよー。注目されてきちゃったから離れるだけー。斬らなくてもいいからね斬るのはダメです」
「そっか。ま、可愛いのは当然よね! 私だし!」
「ウルミア様の可愛さは異世界共通。素晴らしい」
ウルミアが胸を張ると、すかさずフレインがヨイショする。
「そうよね! そうよね!」
ウルミアは上機嫌にうなずいた。
「あはは。じゃあ、次は電車の乗り場に向かうね」
「楽しみー! 異世界の文明の力、たっぷりと味あわせてもらうわ!」
私たちは、駅へと向かう通りを歩いた。
その途中でのことだった。
交差点の信号が赤になって立ち止まったところで、私はユーザーインターフェースを開いた。
念の為に、広範囲の危機感知を使ってみようと思ったのだ。
ノーマルの危機感知はオンにしてあるので問題ないとは思うけど、異世界からお客さんを迎えて万が一があるといけないしね。
で……。
その操作を、ポチポチと意識内で始めた――。
その時だった。
「どうもー! すみませーん!」
「ひあっ!?」
いきなりうしろから声がかかると同時に肩に手を置かれて、私は飛び跳ねた。
「私、ネットで活動しているヨヨピーナって者なんですけど、そちらの女の子たち、もしかして巷で噂の天使様のお友だちでは――。って、あれ。もしかしてご本人ですか!」
なんてことを言われた。
「え。な、なな、なんのことですか!? 私、そういうの知らないんでえ!」
私は、あせあせしつつもそれを否定する。
うん。はい。
今の私は羽崎彼方なのです。
ここでフレインが言った。
「ファー様。変身が解けた」
「え。あ」
見れば、キラキラと輝く青銀の髪が流れている。
しかも体のサイズが変わって……。
手がほっそりして、まるでモデルさんのように綺麗になっている。
私はすぐに理解した。
いきなり声をかけられて、動転して……。
その衝撃で魔法が解けたのだ。
「こほん」
しかし私は冷静だった。
静かにフレインとウルミアの手をつかむと――。
「テレポート」
はい。
最初の河川敷に飛んで戻ったのでした。
「はああああ。やっちゃったぁ!」
私は四つん這いに倒れた。
よりにもよって、人前で彼方からファーになってしまった。
しかもネット配信者の目の前でぇぇぇぇ。
「大丈夫よ、ファー様。まわりのニンゲンどもは私とフレインを見ていて、ファー様には目を向けていなかったわ。声をかけてきたオンナも背中ごしだし、顔はバレていないと思うわ。スマホというのも持っていなかったし」
「私も確認した。大丈夫。まだイケル」
「うう……。ならいいけどぉ……」
「さあ、ファー様! 早く行こう! 私たちは電車に乗らないとー!」
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