第31話 魔王サマ、再び異世界に!





 テラスに着くと、すでにウルミアとフレインが待っていた。

 うしろには執事さんとメイドさんもいる。


 魔王領はまだ早朝。夜も明けきらない時間だった。


「おはよー、2人ともー」


 転移したことで、私はファーの姿に戻っていた。

 どうやらエリアチェンジで魔法の効果は切れるようだ。

 服装はそのままで帽子にTシャツに短パン。

 お金が入ったら、ファーに似合う素敵な現代衣装がほしいところだ。


「ファー様。およはう。今日はよろしく」


 フレインがペコリと頭を下げる。

 フレインは昨日と同じ和風っぽい姿だった。

 腰には刀がある。


「昨日はワクワクして眠れなかったわ!」

「あはは。そっかー」


 眠れなかったという割にウルミアは元気いっぱいだ。

 あ、いかん。

 笑ったら、ついあくびが出てしまった。


「ファー様も眠いの?」

「ちょっと仕事が大変だっただけ。平気だよー」

「へー。ファー様、仕事なんてしているんだ? すごいのね」

「魔王はしていないの?」

「私は、皆に睨みを効かせるのが仕事ね! だからここにいるだけで、ちゃんと働いているということね!」

「ウルミア様は勤勉。まさに魔王の鏡」


 ウルミアが小さな胸を張ると、すかさずフレインがヨイショする。


 ちなみにウルミアも昨日と同じドレス姿だった。

 んー。

 私はちょっと迷った。

 このまま飛んでは、確実に目立つ。


 ただ、まあ……。


 目立ちはするけど目立ちすぎるということのほどでもないか。

 現代日本で、コスプレ程度で通報されることはないだろうし。


 そもそも、うん。


 目立たないようにしたいのなら、まずは日本で服を買ってあげるべきだけど。

 お金、ないしね!

 無職だしね、私!


 今も手持ちは、お小遣いでもらった3000円しかありません。

 これが私の精一杯です。

 1人1000円が今日の予算だ。


 頭の角については、消すこともできるらしいけど……。

 消してしまうと力が半減して、咄嗟の時に困るというので、まあ、うん、そのままで良しということにしておいた。

 現代の日本において、通りすがりの少女たちの頭に角が生えている程度のことで恐れおののく人もいないだろうし。

 平和な地方の町でもあるし、ちらりと見られておわりのはずだ。


 ただ、フレインに刀だけは置いてもらおうかな。

 さすがに武器は不味い。

 お願いすると、すぐに消してくれた。

 なんとフレインは、私のアイテムBOXのような能力を持っていて、ある程度の量までは手ぶらで運べるらしい。


「いざという時には使ってもいい?」

「うん。いざという時にはね。ただし、本当にいざという時だけだよ?」

「りょ。カニカニ」


 フレインは両手をチョキにして了承してくれた。

 カニ。

 お気に入りのジェスチャーのようだ。


「じゃあ、行こうか」


 私は2人を抱き寄せた。

 ただ、転移しようとして、ちょっと思う。

 今日は日曜日。

 家には、お父さんとお母さんがいる。

 部屋に飛ぶのはマズい……。


 なんとかならないものかと、私は『テレポート』のページを開いた。

 で、見ていくと……。

 転移先リストの脇に地図のアイコンがあった。

 触ってみると地図が開いて……。なんと転移先は行ったことのあるエリアなら、地図で場所を指定することでも選べるようだった。

 素晴らしい!

 早速、人気のなそうな河川敷を選んで――。

 実行。


 私たちは無事、河川敷へと転移することができた。

 幸いにもまわりには誰もいなかった。

 歩いて土手の道に上った。

 土手の道からは、それなりに町の風景を見渡すことができた。


「やったー! また異世界に来れたのね、私!」


 町を見渡して、ウルミアが感嘆の声を上げた。


「たしカニ」


 フレインはカニのポーズを取った。

 チョキチョキ。

 喜んでくれているのだろう。


「あはは。ようこそ、現代日本へ」


 私はあらためて2人を歓迎した。


「ねえ、ファー様! それで今日はどこに連れて行ってくれるの?」

「その前に」


 私は魔法で『羽崎彼方』の姿になった。


「今日は私、この姿で行くから、私のことはカナタって呼んでね。こっちの世界では、この姿で生きているから、私」

「ファー様ともあろう者が、そんな地味でパッとしない姿で!?」

「さすがはファー様。見る影もない」


 2人に冗談を言っている様子はない。

 本音のようだ。

 はいすみませんねこっちが本体ですよそもそもは!

 まあ、いいけど。

 地味なのは自分でもわかっているのです。


「ともかくカナタでお願いね。様も不要だから普通に呼んでね」


 私はニッコリ笑った。


「わかったわ。よろしくね、カナタ」

「ちなみにこれはカタナ」


 フレインが、何もないところから愛用の刀を取り出す。


「刀と私は関係ないからね? 刀は無闇に出したらダメだからね?」

「りょ」


 刀については、すぐにしまってくれました。


「それで行きたいところだけど、見渡してどこかある?」


 うん。

 はい。


 ぶっちゃけ私はノープランです。


「私、アレに乗ってみたいわ! アレが先日にカナタが言っていた、この世界の技術で動いている鉄の箱なのよね? 自動の車!」


 ウルミアが、眼下の道路を走りすぎていった自動車を指さして言った。


「ごめん。それは無理かなー。私、持ってないんだよー」


 車も免許も。


「私は、あの巨大な石塔の耐久性を知りたい。低級の攻撃魔法から順番にぶつけて、どこまで崩れずにいられるかの検証を希望」


 フレインが、遠くに見える高層マンションを指さして言った。


「乱暴なのはダメです」

「りょ」


「なら、ファー様――じゃなくてカナタ! こちらの世界の最高の食事を所望するわ!」

「ごめん無理」


 そんなお金はありません。

 そもそも高級なレストランを私は知りません……。


「ならなら! こちらの世界のドレスがほしいわ!」

「ごめん無理」


 Tシャツ1枚くらいなら買えるけど……。

 ドレスなんて夢のまた夢です。

 そもそもドレスを売っている店を私は知りません……。


「ならならなら! えっとぉ……」


 ウルミアが迷っていると……。


「カナタが決めて。その方がいい」


 フレインが言った。


「そうよねっ! 私もそれがいいわ、お願い!」

「あ、うん」


 ごめんね、無力な庶民で。


「じゃあ、えっと……。まずは駅前の通りを歩いてみようか。そうだ。さっきの自動車だけど似たものになら乗せてあげられるかも」


 電車なら、一番近い駅まで1人300円くらいでいけるし。


「やったー! 乗りたい乗りたい!」

「なら決まりね。少し散歩して、それから電車で」


 というわけで。


 私は2人を連れて、土手の道から下りて、駅へと歩き出したのでした。





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