第30話 日曜日の朝




 ピピピ……。ピピピ……。


 スマホのアラームが鳴り響いて、動画制作の時間はおわった。

 朝。

 時刻は午前8時になっていた。


「はうう……。ダメだぁ……」


 私はマウスを手放し、机の上に顔を伏せた。

 わたくし、インターネット配信者ファー☆えいえいおー……。

 昨日の土曜昼から異世界動画パート2の制作を進めてきたのですが、徹夜して今日の朝まで頑張っても……。

 完成させることはできませんでした。

 無念です。

 ただもう、体力も時間も限界なので、さすがにギブアップです。


 今日はウルミアとフレインを連れての現代観光。


 日本時間で午前9時に魔王城のテラスに行く約束をしているので、私もそろそろ身支度をしないといけない。

 本当は、深夜には寝てこの時間に起きるつもりだったのだけど……。

 思わず、つい、頑張ってしまった。

 異世界動画パート2の制作はとても難しかった。

 素材はたくさんある。

 人間の町、空から見た大自然の景色、魔王城下町、魔王城の中。

 そして魔王城にいた人々と、ウルミアとフレインという美少女主従コンビ。


 最も悩んだのが、ウルミアたちを動画に出すかどうか。

 本人からの許可は得ているし、そもそも異世界の住民なので、平気だとは思いつつも万が一のこともある。

 絶対にウケるだろうけど、リスクを考えるとやめた方がいいかも知れない。

 なので最初は、景色だけで作ったんだけど……。

 景色だけだと、どうにも面白味がない。

 ぶっちゃけ、もっと高画質で、もっと迫力を感じる動画が、すでに現代世界で数多く制作されている。

 雄大な自然も荘厳なお城も、ネットで検索すれば多数出てきた。


 なのでやはり、美少女の力を借りるしか……。

 あと、魔王城の皆さんにも動画に入っていただいて……。


 結局、完成させたのは……。


 最初にウルミアとフレインが挨拶して、カニカニして、その後、魔王城ですれ違う魔族の皆さんを写した動画で……。

 なんか、うん……。

 確かに異世界の景色なのに、リアル感がない……。

 よくできたコスプレとCGっぽい。


「何故だぁぁぁ! 本物なのにぃぃぃ!」


 で、作り直すことにして……。

 完成しないまま、朝になってしまったのでした……。


「これは、うん……。アレだ……。今度、浮遊島に行かせてもらおう……。もうそれしか活路はない気がするよ……」


 手入れしていないのにさらっさらの長い髪を指に流しながら、短パンにTシャツ姿で1階に下りると――。

 リビングにお父さんがいたので――。


「お父さん、おはよー」

「ああ、カナタ。今日は珍しく早いんだね。――って。どちら様で!?」


 思いっきり驚かれた!

 瞬間、私は自分の髪が輝く銀色なことに気づいた!


 ファーの姿だった!


「スリープ・クラウド!」


 からの!


「ポリモーフ・セルフ!」


 で、ちょっと冴えない現代日本の女の子、彼方の姿に変身して――。

 スリープ・クラウドを解除して――。


「お父さん、おはよー」

「あ、ああ……。彼方か……。今のは夢か……」

「お父さん、ソファーで寝てたよ」

「そうみたいだな」


 あははは、と2人で笑い合っていると、洗面所の方からヒロが走ってきた。


「ねえ、お母さん! うしろの髪はどうかな? ちゃんと綺麗になってる?」


 台所にいたお母さんに容姿の確認を求める。


「ええ。いいと思うわよ」


 お母さんは笑顔でうなずいた。


 むむ。

 むむむむ。


 今日のヒロは、朝から妙にめかしこんでいた。

 そう言えばそうだった。

 日曜日はヒロが、迷惑系配信者のパラディン北川と会う約束をしている日だった!

 ヒロは完全なデート気分だった。


「でもそんなに頑張って、本当にクルミちゃんと遊ぶだけの?」

「そうよ! 当たり前でしょ!」

「ふふ。そうね」


 お母さんは優しい態度だ。

 お父さんはちょっと心配なのか、


「ちゃんと夕方までには帰ってくるんだぞ。あと、何かあればすぐに連絡すること」


 と言っているけど。


「大丈夫よ。私、そこのヒトとは違うから」


 ヒロが私に冷たい目を向けて言った。


「あはは。およは」


 言い返す言葉もありません。


「あら、カナタ。今日は早いのね。もしかしてカナタもデートなの?」

「私は違うってば!」


 すかさずヒロが否定してくる。


「あ、ううん。私は、ちょっと今日は友達と遊ぶ約束が……」


 と私が言うと、家族が黙り込んだ。

 しばらくしてヒロが言った。


「まさか変な宗教じゃないわよね? ホント、やめてよね?」

「違うからね? 昨日もそういうの来たけど追い返したし!」

「でも、友達って……」


 ヒロがそう言うと、お父さんとお母さんがうんうんとうなずいた。


「私にも1人くらいはいるからね?」


 異世界のリアナとか。

 まだ一緒に遊んだことはないけど。


「……ねえ、ヒロ。それよりさ、今日はどこで遊ぶの?」

「なんでそんなことを言わなくちゃいけないの? 関係ないよね?」


 うう……。

 睨まれて、そっぽを向かれました。

 まあ、仕方ないか。

 姉と言っても、姉らしいことなんてした記憶もないしね……。


「ホントに、世の中には天使様みたいに素敵な人もいるのに、どうしてうちのはこんななのか」


 なんて愚痴られてしまいました。

 ごめん多分、それ、どちらも私です。

 言わないけどね、さすがに。


 ヒロはそのまま、プリプリと自分の部屋に戻ってしまった。


 私は顔を洗って、朝ご飯をいただいた。

 ご飯に、ハムエッグとサラダ、あとはヒジキの煮物。

 お母さんが手早く用意してくれた。

 ぱくぱく。

 もぐもぐ。

 ごちそうさまでした。


 食事の後は、帽子をかぶって――。

 普通に玄関から外に出かけて――。

 人気のいない場所で――。

 転移。

 私は異世界の魔王城のテラスに飛んだ。

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