第29話 魔王城にて!
転移すると、そこは鬱蒼とした湿地だった。
ぬーちゃんの住処のようだ。
ねぎらってお別れする。
ぬーちゃんは私たちに背を向けると、沼の奥へと消えていった。
元気でね!
その後は空に浮かんだ。
景色が一気に広がって、私の目にはウルミアの支配する魔王領が映った。
湿地に森林、不毛の荒野。
山岳地帯。
なだらかな丘陵の続いていた人間の国と違って、変化の激しい起伏に富んだ大地だった。
空は青くて明るかった。
太陽の位置は、転移前と比べると、かなり高い。
経緯に差があるのだろう。
時間が戻ったかのようだ。
空には、遠くの方に、浮かんだ島のようなものを見て取ることができた。
魔法文明が華やかだった頃の遺跡なのだそうだ。
浮遊島といって、大陸には今でも各地に残っているらしい。
私は、有名なアニメの空の城を想像してワクワクしたけど、浮遊島には総じて凶悪な魔物がいるとのことだった。
それでも少しだけ見てみたかったけど……。
距離も遠そうだし、残念だけど次の機会ということにしておいた。
「で、あれが私の拠点よ!」
ウルミアが地上の先の方を指差す。
そこにあるのは……。
「おおー」
切り立った岩山の上に建造された真っ黒な尖塔のお城だった。
なんか、うん。
まさに魔王城って気がする!
岩山の麓には左右の山の流れに沿って町が広がっていた。
お城の見た目はまるで違うけど、なんだか日本のお城と城下町のようだ。
魔族といっても、普通に暮らしているんだね。
町の見学もしたかったけど……。
私はウルミアに従って、まずは大人しく魔王城に向かった。
魔王城のある岩山には、たくさんのワイバーンが住み着いていた。
空からの侵入者を排除する目的もあるのだろう。
私は思わず警戒したけど、幸いにも襲われることはなく、むしろ歓迎するように明るい鳴き声と共に近づかれた。
魔王城のテラスに着地する。
するとすぐに、執事さんとメイドさんがズラリと中から現れた。
「お帰りなさいませ、魔王様」
「うむ。帰ったぞ」
恭しく頭を垂れる執事さんたちに向かって、ウルミアが偉そうに小さな胸を張る。
どうやら本当に魔王のようだ。
ちなみに執事さんとメイドさんたちには、羊のような角があった。
肌は青白くて……。
総じて、闇の気配を感じる。
「この者たちは、お父さまの代から契約している悪魔族なの。有能で助かってるわ」
私の視線に気づいてか、ウルミアが教えてくれた。
「魔王様。失礼ですが、そちらの御方は?」
「うむ、そうだったな。こちらはファー様。見ての通りの御方だぞ」
「それは、まさか」
執事さんが驚きの目を私に向ける。
「うむ。1000年の時を経て、遊びに来られたのだ」
「そ、それは……。しかし……」
「言っておくが、私だけでなく、あのアンタンタラスが本人だと認めたのだぞ?」
「失礼いたしました。心よりのご歓迎を」
執事さんとメイドさんたちが、再び頭を垂れる。
しかも私の方を向いて。
「あはは」
私は笑って誤魔化した。
いや、うん。
だって、どうすればいいのかわからないんですもの!
「ナーチェット、今夜は宴だ。呼べる連中はすべて呼べ。大ホールで盛大に頼むぞ」
「はは。ただちに」
執事さんたちはすぐに仕事に取り掛かるようだ。
メイドさん2人を残して、全員、お城の中に戻っていった。
「さあ、ファー様。案内するね! バッチリ録画して、魔王様の拠点の素晴らしさを異世界の者共に見せてやるといいよ!」
「わーい。ありがとー」
私は素直に録画させてもらうことにした。
こんな機会二度とないしね!
それに、うん。
これならば、さすがに間違いなく大バズリだ! 確定だ!
というか……。
撮っていて途中で思った。
バズりすぎてヤバいことになるかも……。
うん。
だって魔王城は、まさにファンタジーのお城そのものだった。
柱1本取ってみても繊細に作られている。
全体的に黒っぽいのが不気味と言えば不気味だけど……。
でも、照明は完備されていて、どこも明るい。
さらに廊下ですれ違うヒトたちに、いわゆる普通の人間はいなかった。
多くがトカゲ系の人たち……。
いわゆるリザードマンだった。
他にも様々な種族がいて、見かけ的には人間っぽくても、角があったり、青白い肌をしていたり、まさに獣だったり……。
でも、うん。
私は驚く側ではなくて、明確に驚かれる側だったけど。
みんな、ウルミアを見ると、道を開けて、頭を下げるのだけど……。
私たちが通りすぎた後でささやくのだ。
私にはその声が聞こえた。
……おい、今のって。
……さすがにニセモノだよな?
……バカはてめぇは。かの御方の真似なんて即座に処刑だぞ。
……それはわかってるけどよ。なら、どういうことだよ。
というような、私の姿に驚く会話だった。
反応のしようがないので、もちろん私は聞こえていないフリをしましたけど。
「ふふ。みんな、驚いてるわね」
「当然。伝説の始まり」
「よねー!」
ウルミアとフレインにも聞こえているようだったけど……。
咎める様子もなさそうだった。
そんなこんなで。
ともかく私は、たっぷりと動画を撮らせてもらった。
で。
日が暮れる頃、夕食の時間となる。
夕食は、大ホールで行われた。
私とウルミアが上座で――。
脇にフレインがいて――。
その下座に、50名くらいの貴族っぽい出で立ちのヒトたちが座った。
ざっと見る限り、種族としては……。
竜人族を中心として……。
リザードマン、悪魔、鬼人、獣人、といったところだろうか。
特別に席を設けられたミノタウルスやサイクロプスのような巨人種のヒトたちもいた。
ゴブリンやオークのような種族は見えなかった。
お城の廊下でもそのあたりの種族とはすれ違わなかったし、種族によってそれなりに身分差があるのだろう。
テーブルには、豪華絢爛。獣の丸焼きのような料理から野菜にフルーツまで、色とりどりのご馳走が並んだ。
食文化は、それほど変わらないようだ。
よく見れば、イモムシとか、そういう類の料理もあったけど……。
まるで血のようなドリンクもあるけど……。
そのあたりからは目を逸らそう!
食べられそうなものだけ、いただけばいいよね!
そんな中、立ち上がったウルミアが堂々たる態度で言った。
「皆、今日は突然だったけど、よく来てくれたわ! 早速だけど紹介するわね! こちらは見ての通りの偉大なる主様よ! 1000年という時を経て、どこよりも先に、この魔王ウルミアの魔王領に来てくれたの! 歓迎を!」
いきなりそんなこと言われても、みんな、困ると思うよ……。
と私は思ったのだけど……。
私は、とんでもない渦に巻き込まれることになった。
「「「大魔王様万歳! 闇の主様万歳! 大帝国万歳! 闇の神に栄光を!」」」
事前に打ち合わせがあったのだろうか……。
一糸乱れ大ぬ合唱だった。
「うむ。よいよい」
それをウルミアは、実に満足した顔で受け止めていた。
「さすがはナーチェット。見事な手際」
フレインが言う。
どうやら悪魔執事さんの手回しによるようだ。
私は、どうしていいのかわからず……。
作り笑いを浮かべて、手なんて振ってしまいました。
我ながら何様だという話だけど、小心者なので無視もできなかったのです。
歓迎の後は食事となる。
食事は、お行儀を気にすることのない賑やかなものだった。
魔族の人たちは盛り上がっていた。
大魔王様が現れてくれたのなら、もうニンゲンなど敵ではない。
大勝利確定。
1人残らず干物にしてやろうぞ。
先代様の仇を取って、勇者は必ず喰らってやるぞ。
などなど……。
いや、うん。
お願いだからやめてね……。
と私は心から思ったけど、口に出す勇気はなく、静かに食事をいただいた。
焼いた肉とフルーツをぱくぱく。
食事は普通に美味しかったです。
もちろん、怪しげなものには手を出しませんでしたけれども。
私は冒険家ではないのです。
「ファー様、今夜は泊まっていくわよね?」
「ううん。さすがに帰るよ」
「えー! もっとおしゃべりしたいよー」
「また明後日ね」
「うー。残念だけど、仕方ないか。迎えに来てくれるのよね?」
「うん。ちゃんと来るから任せて」
そう。
ウルミアとフレインとは、お城の見学中にひとつの約束をした。
それは明後日の日曜日に、日本の町を案内するというものだ。
正直、大変なことになりそうで……。
できれば、なかったことにしたかったのだけど……。
キラキラとしたウルミアの顔を見ると、やっぱりなしとは言えなかったのです。
日曜日にしたのは、いくら実際には大人でも、年若く見える子が平日に歩き回るのはマズイかなと冷静に考えたからです。
私はあらためてユーザーインターフェースを起動して、ちゃんと魔王城が転移先リストに登録されていることを確かめた。
うん。
ちゃんとリストには入っていた。問題なし。
というところで……。
私は不意に、ユーザーインターフェースの右上にデジタル時計があることに気づいた。
それが示す時刻は……。
23:00。
ふむう。
私は考えた。
そういえば転移した時、夕方から午後に戻ったのだった。
その時差を忘れて行動していた。
眠くもならなかったしね。
そもそも私は、いつも深夜まで起きている子だし。
つまり、この23時というのは、日本時刻。
…………。
……。
「じゃあ、せめてこの後の歓談会だけでも楽しんでいってね! ここにいる皆もファー様からのお話を聞きたいだろうし」
「ごめん帰るね!」
私は勢いよく立ち上がった!
「えー」
ごめんのんびりしている暇はない!
転移魔法発動!
私の部屋!
ヒュン!
私は次の瞬間には、真っ暗な自分の部屋に戻った!
で……。
ちゃんと羽崎彼方の姿に戻って……。
ちゃんと短パンとシャツに着替えて……。
そろそろと1階に下りて、リビングのドアを開けると……。
すぐにお母さんとお父さんに目が合いました。
「カナタ! どこに行っていたの! また夕食までに帰らないで!」
「というか、いつ帰ったんだい? 部屋にはいなかったよね? お父さんもお母さんもカナタの帰りを待っていたけど全然気がつかなかったよ」
「スマートフォンの電源まで切って! どこで何をしていたの!」
この後、私はこってりと絞られました。
言い訳はしました。
困っていた小さな女の子を助けたら、お礼に夕食をごちそうになって……。
スマートフォンはバッテリーが切れていました……。
と……。
怒られている途中に妹のヒロが水を飲みに来て……。
今夜もまた、冷たい眼差しで見られてしまいました。
ぐすん。
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