第28話 戦いの終結




 ついに力尽きたヒュドラのぬーちゃんが、騎士たちに押さえつけられて、最後の首を斬り落とされようとしていた。

 ぬーちゃんは血まみれだった。

 一方の騎士たちも、もちろん無傷ではないけど……。


「ぬーちゃんは負けたか」

「フレイン、今回はしょうがない。次の戦いでぬーちゃんの仇を取ろう」

「りょ」


 その様子をウルミアとフレインは、達観した様子で見下ろす。


 私は焦った。

 だって、これでは私がぬーちゃんを殺したようなものだ。


 急いで『ユーザーインターフェース』を開くと、新しい魔法を覚える。

 魔法の目処はつけてあった。


 スリープ・クラウド。


 指定した範囲内の生物を眠らせる魔法だ。

 範囲は、Ⅰで最大直径10メートル、Ⅱで20メートル、Ⅲで40メートル……。

 と倍々に増えていく。


 とりあえず『Ⅴ』まで取得した。


「スリープ・クラウド!」


 早速、発動。

 さらに連発して周囲一帯の人間には眠ってもらった。


「これは……。ファー様、どうしたの?」

「ぬーちゃんを助けた?」

「うん。助けよう。フレイン、ぬーちゃんを持ち上げることはできる?」

「巨体すぎて無理」

「なら、この場で回復するね」

「ファー様、ニンゲンどもは私が転がしてくるよっ!」


 黒炎を両方の手に巻き付けて、ウルミアが元気に飛び出そうとする。


「それはダメ」

「なんで? せっかく無力化したのに」

「今回は、とりあえずなかったことにします」

「なんで???」

「私が見ちゃったからです。今回はあきらめて次に頑張ってね」


 私は堂々と言った。

 うん。

 殺し殺されは、私の見えないところでやってほしい。


 私は高度を下げると、ぐったりしたヒュドラに『ヒール』を連続してかけた。


 すると……。


 ヒュドラのぬーちゃんは、みるみる元気になった。

 にゅっと首も生えた!

 私の回復魔法がすごいのか、ヒュドラの再生能力がすごいのか。


 ヒュドラが吠える。


「ウルミア、ヒュドラの戦意を静めて。できるよね」

「本当に戦わないの?」

「戦わない」

「うー。わかったぁ」


「ヒュドラが落ち着いたら、フレインはヒュドラを山の方に誘導していって」

「りょ」


 2人は私の指示に従ってくれた。

 ウルミアの力で大人しくなったヒュドラを、フレインが連れて行く。


 ヒュドラが外壁から出た後で――。


 私は人間にも、あらためて『ヒール』をかけて回った。


 救護テントにはリアナの姿もあった。

 リアナも頑張っていたようだ。

 疲れ切った顔をして、私の魔法で眠っていた。

 リアナについては、お友だちサービスってことで、怪我はしていない様子だったけど回復魔法を重ねがけしてあげた。

 効果についてはわからないけど、なんかリアナの体がほんのりと輝き出したので、きっと健康増進にはつながった気もする。

 私からの「がんばったで賞」なのです。


 その後、私とフレインとウルミアは、ぬーちゃんの背中に乗って……。

 丘陵を進んで遠く山を目指した。

 転移魔法で帰れるのなら、そうしてほしかったけど、すぐには無理のようだし。

 ぬーちゃんのような巨体を運ぶのは、さすがに大変のようだ。

 フレインに術式の準備をしてもらいつつ、人里からはとにかく離れることにしたのだった。


 ぬーちゃんは元気になって、また戦いたがっている様子だったけど、それについてはウルミアに抑えてもらった。

 幸いにも、騎士たちが追いかけてくることはなかった。

 道中は意外にも平和だった。


 なので会話もできた。


 ウルミアもフレインも、予想はついていたけど、見た目通りの年齢ではなかった。

 ウルミアが79歳。フレインが120歳。


 ウルミアは魔王。

 南方大陸に10ある魔族領の内のひとつを支配しているのだという。


「ふふーん。こう見えて私は、前回の優勝者なのよ! 強いんだからね!」


 魔王の座は、現在の魔王の誰かが失脚した時に行われる魔王決定戦に参加して見事優勝することで得られるらしい。


「ウルミア様最強。素敵。無敵」


 鼻高々のウルミアをフレインがヨイショする。

 とはいえ魔王決定戦には部下の参加も可能で、どうもウルミアが優勝したのは部下の助力によるところが大きそうだけど。

 あと、前魔王の娘ということで、シード枠でもあったそうだ。


 前魔王、ウルミアの父親は人間に殺された。

 北方大陸と南方大陸の中間、キナーエ浮遊島帯域という場所で行われた会戦で人類連合の勇者に討ち取られたらしい。


「でも、お父さまは、ニンゲン軍5万を単身で押し返したのよ!」

「そっかぁ……。すごいんだねえ……」


 戦争があって。殺して、殺されて。

 2人は、そういう日常の中に生きている子たちなのだ。


「私も将来は、やってみせるわ!」


 なんてウルミアは胸を張るけど、それって殺される一直線な気もする。


「というか勇者なんているんだね。どういう存在なの?」


 物語ではたいてい、最強だけど。

 実際、この異世界でも、勇者と呼ばれる存在は特別なようだった。


 光の神に選ばれし人間で……。

 聖剣を授かって……。

 神の加護によって超強力な対魔の力を持つらしい……。


 絶対に会わないようにしよう!

 と思いました!


 私なんて勇者に遭遇したら、魔族扱いされて、あっさりと討滅されそうだ。

 ただ幸いにも、勇者の称号を持つ人間は3人しかいないらしい。

 さらに助かることに3人ともミシェイラ神聖国という国に居て、大きな戦いの時以外に国から出ることはないらしい。

 神聖国は聖女が治める国で、国土こそ狭いものの国力は強大、しかも国中に結界が張り巡らされて迂闊に手を出せば返り討ちに遭うのは確実な場所らしい。


 神聖国にだけは行かないようにしよう!

 私は心に誓った!


「でも、魔族にだって特別な存在はいるのよ。賢者っていうね」

「へー。すごいねー」

「ほら、さっき、寝ちゃった子、いたでしょ」

「あ、うん」


 そういえば置いてきてしまったけど。

 ジルという子だ。


「あの子の部下でね、『賢者』アンタンタラス。すごいことに、なんと『大崩壊』の前から生きているのよ。『賢者』の称号は昔のファー様からもらったものなのよ。そのアンがファー様は本物だって言っていたのよね……。私も信じたんだけど……。やっぱり有り得ないと思って……。ニセモノとか言ってごめんなさい」

「それはいいよー。私が本人でないことは確かなんだからさー」

「姿は真似できても、力は真似できない。私たちを圧倒して、異世界転移の魔法すら気楽に使いこなすファー様がニセモノだったら大変」


 フレインが言う。


「あはは」


 まあ、しつこく否定はしないでおこう。

 ぶっちゃけ、ファー様扱いされた方がやりやすいし。


「……でも、えっと、そのアンタンタラスって人は」


 私が殺して……。


「今は寝ているわ。ファー様にやられて、回復には時間がかかるみたい」


 ウルミアが言った。


「え。あ。そうなんだ? 無事なんだ?」


 よかった!

 どうやら逃げ帰ったようだ!


 私は心からホッとした。


 この後は、ウルミアにせがまれて、私の世界の話をした。

 と言っても……。

 たいして話せることはなかったけど……。

 魔法とは違う文明があって……。

 魔物はいなくて……。

 私のことも聞かれたけど……。

 私はね、無職の子なので自分語りについてはほとんどできないのです。


 ただ、とはいえ、語れることもあった。

 配信業のことだ。


「じゃあ、ファー様が来たのは、異世界にこの世界の景色を届けるためなのね!」

「うん。そう。今日もちょっと撮らせてもらっていいかな」

「もちろんよ! なんだったら、この魔王サマも映してくれていいわよ! というかニンゲン世界なんかより魔族世界を撮ってよ!」

「その通り。ファー様は魔王領に来るべき。国をあげておもてなしする」

「そうよそうよ!」

「あはは。ありがとー。それは嬉しいかもー」


 というわけで。


 私的な撮影のコツやコダワリなんかを大いに語りつつ、異世界の景色を撮った。

 前回と違うところは……。

 2人の美少女が画面に映っていたことだ。


「ふふーん! 異世界の者共、見てるー! 私が魔王ウルミアよ! ニンゲンはシネだけど異世界だから特別に許してあげるわ! だから楽しみなさい!」

「カニ。カニカニ。カニのマネ」


 これは……。

 ウケるに違いない……。


 私は完璧な手応えを持って、大いに録画させていただいたのでした。


 そして。


 夕方。


 まわりに誰もいない山の中で――。


 ついに大規模転移魔法の準備を完了させたフレインが、術式を発動させて地面に大きな魔法陣を展開させた。


「じゃあ、またね、ぬーちゃん」

「しゃああああ!」


 この半日で仲良くなって、私は蛇の舌でペロペロと舐められてしまった。

 ヒュドラも慣れると可愛いものです。


「って、ファー様も来るのよね?」

「ん?」

「まだ明日のことも決めてないし、夕食をごちそうさせてよ!」


 ウルミアが私の手を握ってくる。

 どうしよう……。

 私はかなり迷ったけど……。


「じゃあ、少しだけね」

「やったー!」


 とりあえず、転移はしていもいいかなと思った。

 南方も転移リストに登録したい。

 普通に南方に行こうと思ったら、かなり飛ばないと行けないだろうし。

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