第26話 魔王サマと現代に



「えっと……。大丈夫?」


 もたれて動かないフレインに私は声をかけた。

 だけど返事はなかった。

 刀を握ったまま、気絶しているようだ。


 まずはウルミアを下ろして、続けてフレインのことは床に寝かせた。


「ね、ねえ……。フレインを殺しちゃったの……?」

「手加減したから気絶しているだけだよ」

「そうなのね……。よかった……。でも貴女、ホントにニセモノなの……? こんなに狭い部屋の中に正確に長距離転移なんて……。魔王たる私でも無理なのに……。ああああ! ここってもしかして牢獄なの!? 私たち捕まっちゃった!?」

「いや、うん……。私の部屋だけど……。普通に暮らしている……」


 私がそう言うと、ウルミアは部屋に目を向けて、


「……言われてみれば、確かに生活の雰囲気があるわね。ベッドがあって、机があって、知らない魔道具が沢山ね。不思議な部屋だわ」

「異世界だしね」


 私は肩をすくめた。


「異世界って……。でも、確かに肌に触れる空気の感覚が違う……。それに――」


 ウルミアは歩いて、窓際に移動した。

 窓ごしに外の景色を見る。


「外の景色も、見たことがないものだわ……」


 ウルミアは言った。

 外の景色といっても、私の部屋から見えるのは普通の団地だけど。

 でもだからこそ異世界にはない景色だ。

 異世界は私が見た限り、中世の西洋準拠だったし。


「ねえ、ウルミア。もう戦う気はないってことでいいよね?」


 敵対反応は消えているし。


「そうね……。びっくりしちゃって、もうそれどころじゃないかも……」

「よかった。じゃあ、こっちおいで」


 呼びかけると、ウルミアはとことこ私の前に戻った。


「座って」

「は、はい……」


 私も座りつつ、にっこりお願いすると、ウルミアは素直に座ってくれた。

 フレインも意識を取り戻しそうだったので起きてもらった。

 一緒に座らせる。

 刀は鞘にしまって脇に置いてもらった。


 で……。


「こほん。あらためまして、私はファーと言います。本人ではありませんが、多分、皆さんのいう闇の女王とは同じ人物です。どういうことかと言いますと、生まれ変わり? のようなものだと考えてもらえると嬉しいです。今はこの異世界で生きています」


 うん。はい。もうアレだよね。

 必死に否定するより、ある程度認めた方が話は早そうだ。


「生まれ変わり。異世界。まるで物語」


 フレインが言う。


「で、でも……。フレイン、見てよ? この部屋にあるもの、あと、外の景色。魔族ともヒト族とも完全に異なる文化圏よ、ここは」

「……たしカニ」


 私の部屋を見渡して、フレインは両手をチョキチョキさせた。

 カニだろう。

 そういう文化は共通のようだ。


「わかってくれたのならよかったです」


 私は笑って流そうとしたけど――。


「ごめんなさいごめんなさい! どうかどうか! 命ばかりはお助けをおおおお! てっきりニセモノだと思ったのおおお!」

「カニだったのは私。罰はどうか私に。鍋にして下さい」


 2人そろって土下座されて困った……。


「いや、うん……。別に怒ってないし、わかったから2人とも頭を上げて?」


 お願いすると、2人とも従ってくれた。


「ウルミアは魔王サマなんだよね?」

「はい……。その通りでござりまう……。おお、恐れ多くも、10座の内の1席を、いただいておりますでするござる……」

「普通にしゃべってくれていいよ。ガワは本物だとしても中身は私だし。私はそもそも、君たちのことを全然知らないし」

「……後で怒らない? 本当に普通でいいの?」

「うん」

「なら、そうさせてもらうわ。私、こう見えて魔王だし? 偉いし? 下から言葉って使ったことがないからわからんなくて上手くしゃべれないし」


 なかなか切り替えの早い子のようだ。

 打って変わって、大きな顔になった。

 まあ、いいけど。


「あ、そうだ! まずはお近づきの印に食事でもどうかな!」


 私はアイテムBOXから食パンとハムとマヨネーズを取り出した。

 そう。

 私はこれがやりたかった。

 異世界おもてなし。


 私のおすすめ!


 大好きな、ハム乗せマヨネーズパン!


 きっと、大いに感動してくれることだろう。


 と思ったのだけど……。


「ふーん。素朴な味。高度な文化がありそうな世界なのに、こんなものなのね」

「ウルミア様、感動する。ここはお世辞が必要な場面」

「ハッ! そ、そうよね! 今のはなしで! うまー! この料理とも言えないシンプルなものは最高ね! 気に入ったわ!」

「うまーうまー」


 どうやら魔界ではご馳走が出ているようです。

 魔王なら当然か……。

 というわけで、異世界おもてなしは大失敗におわったのですが……。


 気を取り直して。


「で、聞くけど、なんでヒュドラなんてけしかけたの?」

「それは決まっているわ! ニンゲンどもをぶっ転がすためよ!」

「どうしてぶっ転がすの?」

「どうしてって……。そうしないと私たちが転がるから」

「そうなんだ?」


 たずねると、ウルミアに不思議そうな顔をされた。


「――ファー様。『大崩壊』の後、ニンゲンは北方大陸に自らの国を作り上げ、その力を急速に拡大した。転移魔法による散発的な攻撃は、彼らの本格的な南方進出を防ぐための、我ら魔族の自衛手段。これを行わないとニンゲンの軍勢は集結し、数の暴力を以て、豊富な魔道資源を求めて南方大陸へと押し寄せてくる。魔素の薄まった今の世界では、昔のような大魔法は使えない。故に我らにそれを正面から押し返す力はない」


 フレインが教えてくれた。

 難しい話なので、すべては理解できなかったけど……。

 なんとなくはわかった。


「ねえ、ファー様はどう思っているの? 私たちのことは、もう見捨てちゃったの? もしかしてニンゲンに肩入れしているの?」


 ウルミアが問うてくる。


「と言われても……」


 私には答えようがない。

 何故なら私は、本当に彼女たちのことを知らないし。


「ウルミア様、その質問は不敬。ファー様はすでに神。神には常に、定命の者には思い至ることの許されない意思が存在する」

「そ、そうよね……。ごめんなさい……」


 謝られた。


「……なら、ねえ、ファー様。……ここって神の国なの?」

「えっと……。ただの異世界かなぁ……」


 あはは。

 私が神なら、神の国かも知れないけど。

 なんて思ってしまった。


「私、見学をしてみたいわ! 面白そうだし! ジルのヤツにも後で自慢できちゃうしね!」

「確かに興味が湧く。私もできれば」

「それは後でね。今は異世界に戻ってヒュドラと人間の戦闘を止めよ?」


 そう。


 思わず帰ってきて、思わずハム乗せパンをご馳走してしまったけど、今はこちらの世界でのんびりしている場合ではない。


「止めたら見学させてくれるの?」

「うん。そうだね」


 それくらいならサービスしてもいいよね。

 私は了承した。


 もっとも、すでにヒュドラは倒されているかも知れないけど……。


「ねえ、あのヒュドラって、どういう魔物なの? フレインが連れてきたんだよね?」

「あの子はぬーちゃん。20年かけて私が育てた」

「へー。そうなんだぁ」

「親がニンゲンの冒険者に殺されて、ぬーちゃんは町に素材として連れて行かれた。たまたま私が助けて懐かれた」

「へー。懐くものなんだねえ」

「ヒュドラは賢い。記憶力もある。なのでニンゲンは敵。よくわかっている」

「そっかぁ」


 いろいろあるんだねえ、異世界も。

 というか、そんな話を聞くと……。

 首を切り落としてしまって申し訳ない気持ちになるね……。


「ともかく戻ろう。転移するから抱きついて」


 でも、その時だった。


 ピンポーン。


 え。


 下の玄関から、突然、来訪者を告げるチャイムが鳴った……。


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