第24話 ヒュドラ討滅戦、そして空中戦へ
いくつもの首を持つ蛇の魔物ヒュドラは、私が想像していたより遥かに巨体だった。
外壁の上で防戦する兵士や魔術師に向かって、噛みついたり、巨大な鞭のように体をしならせて攻撃を繰り返している。
ヒュドラの攻撃の度に石の外壁が砕けて、守る者たちの怒号が響いた。
守る者たちは頑張っていた。
大きな盾を持った騎士がヒュドラの攻撃を食い止め、槍を持った兵士が横から突き刺し、魔術師たちがそれを補佐する。
それでも被害は甚大の様子だ。
特に外壁には大きな亀裂が走って、今にも崩れそうに思える。
「どうしよう」
私はその様子を、姿を消したまま空中から見ていた。
見ていると――。
ヒュドラがうしろに下がった。
このまま帰るのかな? なんて少しだけ思ったけど、どうやら違うようだ。
騎士が叫んだ。
「また来るぞ! ヒュドラの体当たりだ! 土魔術師は外壁の強化! 水魔術師も外壁に保護膜を急いで貼るんだ!」
「矢を放て! 火魔術師も攻撃!」
外壁から一斉に、ヒュドラに向かって矢と火の玉が飛んだ。
効果はあった!
矢は刺さり、炎は皮膚を焼いた!
だけどヒュドラは、見ている中でも回復している。
守る者たちも頑張っているけど、ヒュドラの再生能力はそれを上回っている気がする。
とんでもない化け物だ。
十分に距離を取ったところでヒュドラは突進する。
守る者たちの迎撃などもろともせず、石の外壁に体当たりをした。
轟音が響いた。
ついに外壁が崩れた。
ヒュドラが都市の中に入ろうとする。
「うおおおおお! 我が剣技を受けよ! フォース・ブレイドォォォォォ!」
騎士の1人がヒュドラの首に飛び込んで斬り掛かった。
知っている人だった。
リアナと一緒にいた騎士隊長のザルタスさんだ。
彼の魔力をまとわせた渾身の一撃が、ヒュドラの皮膚を破って首に突き刺さった。
ヒュドラが苦しげにもがく。
ザルタスさんは尚も攻撃を加えるけど――。
吹き飛ばされて、地面に叩き落とされた。
「ザルタス!」
そこに駆け寄るのはリアナだった。
私は本気で驚いた。
どうしてお嬢様が、こんな危険な最前線にいるのか。
リアナは魔術の使い手のようだ。
外壁から下がった場所で負傷者の手当をしていたようだ。
「――優しき水の神ウェイラに我リアナが祈る。
お願い、癒やしを」
リアナの手から広がる水色の光が、鎧に包まれたザルタスさんの体を包む。
それは回復の魔術だろう。
ザルタスさんの顔色は、みるみる良くなっていく。
「ありがとうございます、お嬢様」
お礼を言いつつ、ザルタスさんが懸命に自分で身を起こした。
だけどそこに――。
ヒュドラの視線が向いた。
ヒュドラが怒りのままに突進すると、ザルタスさんとリアナにまさにハンマーのように首を打ち下ろそうとする。
ザルタスさんは咄嗟に剣を構えたけど――。
リアナも必死に、両手を差し出して、何か魔法を使おうとしていたけど――。
無理だろう。
このままでは押しつぶされてしまう。
って!
のんびり見ている場合じゃない!
私は急いでユーザーインターフェースを開いて、魔法欄から攻撃魔法を選択して放った!
ウィンド・アロー!
焦る気持ちのまま、私は魔法の実行ボタンを意識力で連打した。
私の手から、4本の風の矢が放たれる。
そして――。
風の刃が、それぞれにヒュドラの首を切り落とした!
え……。
すご……。
正直、そこまでの戦果は想像していなくて、使った私自身が誰より驚いてしまった。
ヒュドラの首は5本。
そのうちの4本が、一気に地面に落ちた。
残った最後の首が悲鳴をあげる。
ザルタスさんとリアナは、間近でその様子を見上げていたけど――。
「これは、いったい……。まさか……」
ザルタスさんが、ハッとした顔でリアナのことを見た。
「お嬢様の力が覚醒を――。この窮地の中で、まさに『聖女』として――」
「私? 違う違う! 私は何もやっていないから!」
リアナは首を横に振って否定した。
「それより、ザルタス! 今がチャンスよね! 一気に仕留めないと! ヒュドラの首を全部落とせるのは今しかないと思う!」
「失礼しました! その通りでございます! 皆、好機ぞ! 町を守るのだ!」
おおおおおおおおおおお!
聖女様バンザイ!
リアナ様バンザイ!
騎士と兵士、それに魔術師たちが意気旺盛に応えた。
私は、空からそれを見ていた。
うん。
よかった。
私の魔法の威力には我ながら驚いたけど――。
あとは任せても大丈夫そうだ。
あーでも、怪我人が多そうだし、こっそり『ヒール』もかけておこうかな。
空から届くだろうか……。
やってみると、なんとびっくり届きそうだった。
私のユーザーインターフェースは本当に高性能で複数のターゲットをロックして一気にかけることも可能なようだった。
というわけで、目についた怪我人をすべてロックして、『ヒール』。
「よし。いいね」
無事に助けることができて満足した時だった。
「なるほど、大した力」
と、不意に横から声がかかって、私は驚いて飛び退いた。
見れば――。
白地に赤の和風テイストな衣姿を身に着けて腰に刀を差した、頭に2本の角のあるポニーテールの少女が、空に浮かんで赤色の瞳で私を見ていた。
その顔に感情はない。
まるでマネキンのように見える子だった。
「誰……?」
「私はフレイン。貴女は?」
「私は……。ファーだけど……」
私が名乗ると――。
「きょ」
フレインと名乗った和風テイストな姿の女の子は言った。
「えっと、きょって何……?」
「驚愕」
「なるほど」
「ロリ賢者の言葉を聞いてはいたけど、実際に目の前で見ると、まさに伝説の通りで私は驚いた」
「……伝説って、私?」
ロリ賢者の部分も気になるけど、それよりまずは自分のことだよね。
「貴女は、あえて似せている? 天然? それとも――本物?」
「本物ではないけど……」
なにしろ中の人は私です。
「本当に? 本を10冊買える?」
「10冊は厳しいかなぁ」
私、無職の子だし。
「なら何冊?」
「うーん。1冊くらいなら、なんとか、ギリギリで……」
「よかった。やっぱり、私は直感の子。それならいい。問題なし」
フレインに対して、ここで危機感知が反応した。
「えっと、ホントになに……?」
私は警戒してたずねた。
それは問答無用の一撃だった。
いつ抜いたのかもわからない迅速の刀が私の首に襲いかかる。
普通なら即死だろう。
だけど私の場合は違った。
スキル『危機対応』が、今回も自動的にやってくれた。
刀を手の甲で払って――。
もう一方の手でフレインの胸を突き貫く――。
「うわああああ! 待ったあぁぁぁぁぁ!」
寸前、慌てて私はそれを止めた!
あぶな!
また問答無用で殺しちゃうところだった!
際どく威力を弱めることができた。
手のひらを広げて、私は目の前の女の子を突き放した。
それでもかなりの威力だったようで――。
「く。か……」
フレインは胸を押さえて、苦しげに呻いたけど。
私は危機対応のモードを手加減に切り替えた。
危機対応……。
本当に助かる超有能スキルだけど、人間相手にノーマルでは強すぎるね……。
まあ、うん。
目の前の子は魔族なんだろうけど……。
「ね、ねえ……。まずは話し合おう? ラブ・アンド・ピース的に、ね?」
私は何とか対話を試みた。
だって、何がどうなっているのかわけがわからない。
せめて理由を知りたい。
「貴女は……。まさか、ヒト族の『勇者』……」
「違うよ多分!?」
私はステータスによればヒト族ですらないし!
「でも、その姿は悪趣味」
「そんなことないよね可愛いよね私!」
実はかなり気に入っているんですけど、この美少女っぷりは!
ああああ!
なんだか噛み合わない!
私が悶えていると――。
空間に不思議な歪みが生まれて――。
「必殺! ダイナミック微塵切りィィィィィィィィィィ!」
「うわあ!?」
いきなり現れた紫色の髪の女性が、ドレスを翻して蹴り込んできたぁぁぁぁ!
のだけど……。
スキル『危機対応:手加減』が即座に反応して――。
ひょいと脇に抱えて捕まえた。
「このジル様の渾身の一撃をかわすとは生意気なァァァァ! 調理してやるから早く離せこのニセモノォォォォォ!」
ジルと名乗った女性が、私の脇の下でじたばたする。
年齢は、20歳前後だろうか。
なかなかに妖艶でドレス姿も色っぽいのに、それを台無しにして、表情と声を凶暴にイキリ立てている。ヤンキーみたいな子だった。
少し遅れて、もう1人現れた。
今度は、頭に角の生えた赤色の髪の少女だった。外見的には、こちらはファーより年下で小学校中学年くらいに見えた。
その子は、まわりを見渡してフレインの姿を見つけると、そちらに駆け寄った。
「よかった! 無事だったのね、フレイン! 心配したよ!」
「ウルミア様、どうしてここに」
「そんなの、貴女を助けに来たに決まってるでしょ。さあ、力を合わせて、まずはこのニセモノを討伐するわよ!」
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