第23話 さあ、北の地に行こう



 おはようございます、ファーです。

 朝起きても、今日の私もお人形さんみたいな銀髪金眼の美少女さんでした。

 ちゃんと目覚めているし、すべて夢ではないようです。


「んー!」


 背伸びして、ベッドから降りる。

 カーテンを開ける。

 眩しい午前の光が部屋に差し込む。


 時刻は午前9時。


 うむ。


 私にはしてはかなりの早起き!


 なにしろ今日は、異世界で大物と戦うかも知れないのだ。

 ヒュドラ。

 いくつもの首を持った巨大な蛇系の魔物。


 果たして、どうなることか……。


 正直、楽観はしている。


 今の私は強いし。


 なにはともかく、まずはPCを起動する。

 起きたらまずネットの巡回。

 それは常識だよね!


 で。


 私は固まった。


 なにしろ、うん……。


 真っ先に開いた私のオークションページで、とんでもないことが起きていた。


 お試しで出品した異世界の『石』。


 昨日の夜、質問が来ていたから、あるいは入札があるかなーと思って、期待して一番最初に確認したんだけど……。


 なんと。


 にゃにゃんと!


 10件の以上の入札がついていました!


 価格は……。


「ひい、ふう、みい、よお……」


 私は画面に映るゼロの数を数えて……。


「2000万円……」


 になっていることを認識した。


「はぁ」


 私は朝から深くため息をついた。

 そして……。

 悲しみを背負いつつ、とんでもない価格になっているオークションを中止して、取引はなかったことにしました。

 ペナルティーがついてしまうけど仕方がない。

 私も伊達にネットで生きているわけではない。

 2000万円の入札なんて、100%完全にからかい目的だ。


 石を2000万円って……。

 絶対にあり得ないし。


 どこかの裏系なサイトに目をつけられて、遊び相手にされてしまったようだ。

 たとえ落札されたところで入金はされない。

 それはわかる。

 なのでさっさと見切った方がいい。


 動画の方は、相変わらずだった。

 ファーで検索して、私がただのゲーム実況者で……。

 落胆して帰っていく人がそれなりにいるようで……。

 地道に再生数は伸びていたけど……。

 私の異世界ダンジョン動画は、まったく異世界だと思われていなかった。


「まあ、いいか」


 私は気を取り直すことにした。

 何故ならば!

 異世界の景色はまだまだある!

 ダンジョンがダメでも、外の景色なら完璧だろう!


 私はネットの巡回を済ませて、朝ご飯をいただくことにした。

 お腹が空いている。


 時間的に、もう家には誰もいない。


 お父さんとお母さんは会社。

 妹のヒロは学校。


 それぞれに、とっくに出かけているはずだ。


 だけど念の為、ちゃんと魔法で『羽崎彼方』に変身してから1階には下りる。


 ダイニングのテーブルには、アジフライとサラダが置いてあった。

 炊飯器のご飯をよそって、


「いただきまーす」


 ぱくぱく。

 もぐもぐ。


「ごさそうさまでした」


 ちなみにネットでは、まだファーの話題で盛り上がっていた。

 勘弁してほしい。

 ただ、うん。

 ネットの流行りなんて移り変わりが早い。

 しばらく大人しくしていれば、1か月もしない内に過去のものとなるだろう。

 なのでそれほど心配はしていなかった。

 なにしろ私、家で大人しくしていることには自信がある。

 完璧なのです。


 暴れたければ異世界でいいしね!


 食事を済ませて、部屋に戻って、ファーに戻って、ドレスに着替えて、それから私はユーザーインターフェースを広げた。

 メニューから魔法『テレポート』を選択する。

 すると、自宅とミノタウロスの迷宮に加えて水都メーゼが転移先にあったので、メーゼに飛んでみることにした。


 到着。


 びっくりするほどあっけなく、私は異世界の町に降り立った。

 場所は、前回帰還した広場の片隅。

 私はすぐに『インビジブル』の魔法で姿を消した。

 我ながらチキンで悲しい。


 異世界と現代の時間は同期している。

 異世界でも太陽は、青空に上ろうとしている最中だった。


「さて……」


 私は緊張しつつ、新しい魔法を使った。

 『フライ』

 飛行の魔法だ。


 今日は、北の地へ行く。

 徒歩でなら3日はかかる距離らしい。

 だけど、多分、空からならそれほどかからないだろう。


 ちゃんと飛べれば、だけど……。


 魔法をかけると、


「あ」


 体が急に軽くなるのを感じた。

 さらに思うだけで、体が空に浮かび上がっていった。

 最初は戸惑った。

 あわあわしてしまったけど、しばらくすると慣れてきて私は世界を見渡す。


 空の上からの景色は素晴らしかった。


 世界の丸みを感じる。


 丘陵を越えて、彼方の山脈までを見渡すことができた。


 ちなみに『フライ』を使っても『インビジブル』の魔法は解けなかった。

 重ねがけは可能のようだ。

 あと、飛行魔法のランクは速度と持続時間。

 透化魔法のランクは強度と持続時間に、それぞれ影響しているようだ。

 数字を高めれば、どこまでも遠くまで早く飛べて、戦っても透明化は解除されない、ということなのだろう。


 とりあえず飛行魔法は『Ⅴ』のままでも鳥のようには飛べるので、現状、これ以上に数字をあげる必要はなさそうだけど。


 なにしろ、上手くコントロールできない。

 なんというか……。

 ジャンプアクションゲームの、強風ステージと水中ステージにいる感覚だった。


「うわうわうわあああああ!」


 私はまっすぐ飛ぶだけでも苦労して、透明化の魔法は切れてしまって、何度も墜落しかけながらもどうにか進んで――。

 位置や方角については、ユーザーインターフェースのマップ機能で補完できたので、迷うことだけはなかったのは幸いだった。


 ようやく操作にも慣れた頃――。


 すでに太陽は真上を回って――。


 お昼の時刻を過ぎてしまっていたけど……。


 目的地たる北の城郭都市ヨードルが、遠くの地上に見えてきた。


 ただ、うん……。


 遠くからでも、とんでもないことになっているのは理解できた。


 巨大な魔物が都市の外壁に取り付いている。

 おそらく、それがヒュドラだ。

 すでに戦いは始まっているようだった……。





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