第21話 閑話・ふたつの夜 異世界編、リアナ・アステールは途方に暮れる

 私、リアナ・アステールが北の城郭都市ヨードルに到着したのは、もう夜も遅い時刻だった。

 今日は1日、ほとんど休憩も取らず、宿場街で馬を取り替えつつ一気にここまで来た。

 まさに強行軍だった。

 私は馬車に乗っているだけだったけど……。

 それでも大いに疲れた。


 到着した町は、夜ともあって、静かなものだった。

 強大な魔物に襲われた様子はない。


「ねえ、パンネロ。思ったよりも平和そうね……」

「嵐の前の静けさですね」


 同じ馬車に乗るメイドのパンネロが、そっけなく言った。


 それは、うん。

 そうかも知れないけど……。


 実際、外壁付近には、たくさんの兵士がいたし……。


「ねえ、パンネロ」

「はい。お嬢様」

「やっぱり帰るわけには……」

「到着してから何を言っているのですか。おあきらめ下さい」


 同じ馬車に乗るメイドのパンネロはいつものように冷たい。


「うう……」


 どうして私は来てしまったのだろう。

 まあ、この地を治める男爵の叔父から助力を請われたからだけど。

 叔父も父と同じように、私が『未来視』のギフトを持っていると信じているのだ。

 父からも力になってやってほしいと頼まれて……。

 私は断れず……。

 つい、うっかり、来てしまった。


「ねえ、パンネロ。なんで私、疑われていないんだろうね……?」


 私は、本当はギフトなんて持っていない。

 ただの外に出たがりの子だった。

 嘘をついたのも、町から出て冒険してみたかったからだ。


「お嬢様、実は私も考えを改めようかと思っています」

「何の? 何を?」

「実はお嬢様には、本当は力があるのではないか、と。だからこそ、侯爵様や男爵様がお嬢様を信じているのではないか、と」

「えー」

「なので期待しています。とはいえ、まずは騎士団に任せておけば良いかとは思いますが」


 今回、北の救援に来たのは私だけではない。

 むしろ私はおまけだ。

 騎士団長ザルタス率いるアステール侯爵家の騎士団が私と一緒に来ている。

 皆、日頃から鍛えている強者揃いだ。

 魔物退治にも慣れている。

 私が適当な予言をして、森や山へと走らせても、ちゃんといつも帰ってきてくれる。


 お嬢様の『未来視』の通りに魔物がいました!

 これで危機を未然に防げましたな!


 と。


 そりゃ、うん。


 森や山を探索すれば、魔物はいるよね……。

 私はおかげで、どんどん実績を積んでしまったわけなのだけれども……。


「そ、そうよね。うちの騎士団は強いものね」

「はい」


 パンネロがうなずいてくれたことで、私は少しだけ気が楽になった。


 叔父の屋敷に着いた。

 叔父は寝ずに、私たちの到着を待ってくれていた。

 挨拶の後、すぐに軍議となる。


 私はまだ未成年だし、さすがに部屋に案内してもらって「今夜はおくつろぎを」と言ってもらえるかなと思ったのだけど……。

 駄目だった。

 当然のように、軍議の場に同行となった。


 テーブルの上に地図を広げて、この地を治める男爵たる叔父が状況を説明してくれる。


 いわく、突如として出現したヒュドラは、山から平野へと降りて――。

 いくつかの村を蹂躙して回って――。

 それはまるで、人間の集落ばかりを狙っているかのような動きだったが――。

 突如として動きを止めて――。

 今は蹂躙した村の中で、じっと静かにしているそうだ。


 その森は、この北の城郭都市ヨードルから徒歩で半日のところにある。


 奇襲されるほどの距離ではないが、決して遠い場所ではない。


 ちなみにヒュドラはいくつもの首を持つ巨大な蛇で、その移動速度は馬の足よりも遅く、接近を事前に知るのは容易なため――。

 今のところ、ヒュドラに殺された人は少ないそうだ。

 ゼロではないのは――。

 村を捨てて逃げることに抵抗を示した人が、一定数いたためだという。


「……正直、ヒュドラは相手にするには危険度の高すぎる敵だ。山奥に戻ってくれるのなら、このまま静観するのも手だと考えている」

「しかしそれだと、また戻って来る可能性はありませんか?」


 男爵の言葉に、ザルタスが問いを投げた。


「ある。が……。我の知る限り、この地域にヒュドラが出現した記録はない。故に、よほどの山奥に生息していたのだと思うが……。それであれば……」

「ヒュドラの出現は、魔族の仕業だとは?」

「……有り得るのか?」

「はい。十分に」


 ザルタスは迷いなくうなずいた。


「ミノタウルスの迷宮にも、死者の軍団を召喚しようとしていたのよねえ」


 つい先日のことを思い出して私はつぶやいた。


「その話は聞いている。リアナ、君の『未来視』で防いだのだろう?」

「いえ――。それは――」


 叔父に問われて、私は答え淀んだ。

 だって、うん。

 私の『未来視』はデマカセだし。


 それに――。


「たまたま、そこにいた冒険者が助けてくれたんです」

「その話も聞いたが……。極めて優秀なエルフの娘なのだろう? 銀色の髪と金色の瞳を持ち合わせるという――。その娘が魔族だったということはないのかね?」

「ありませんっ! あ、いえ、失礼しました」


 思わず語気を荒げて私は謝罪した。


「いや、我こそ失礼した。今の言葉は取り消そう。彼女は自ら鑑定を受け、年若いエルフであることを証明したそうだな」


 すでに早馬で、いろいろな情報は届いていたようだ。

 あらためての説明はいらないようで良かった。


「はい。その通りです」


 私はニッコリとうなずいて、


「私、友達になったんですよ。遠からず、一緒に冒険をする予定なんです」

「ははは。それも『未来視』かね?」

「はい」


 あー! しまった!

 ついクセで、うなずいてしまったぁ!


 ちらりと脇にいたパンネロを見ると、ふ、と、視線を逸らされた。


「――リアナ。君のそのギフトで、何か視えないかね? ヒュドラがどう動くのか。この町は襲われるのか。それとも別のどこかか。あるいは――魔族が現れるのか。なんでもいい、我らの動く道しるべになるようなことが」

「すみません……。今のところは何も……」

「そうか……」


 落胆する叔父の姿を見て、私は心の中で謝る……。

 視えたところで……。

 それはデタラメだし……。


「ザルタス殿はどう思う? 我らは、このまま待つべきか、それともヒュドラが動きを止めている今を好機として一気に討伐に動くべきか」

「我ら騎士団とこちらの兵が力を合わせれば討伐は可能かと思いますが……。時と場所を確実に選定せねば厳しい部分も多いでしょうな……」


 ザルタスの表情は硬い。

 ザルタスは、ダンジョンのボスだって倒せる猛者なのに……。


「あと仮に、裏に魔族がいるのだとしたら……。魔族は何を考えて、ヒュドラの動きを止めているのだと思うかね?」

「ダンジョンからの魔物の氾濫を待っているではないでしょうか。それについては阻止しましたが、計画の頓挫を知らない可能性もありますので」

「魔人アンタンタラスか……。まさか我らの地が狙われようとは思ってもいなかったが……。油断していたものだな……」

「ええ。お嬢様の『未来視』がなければ、どうなっていたことか……」


 実際、アステール侯爵領では、この20年の間、一度も魔族の襲撃を受けたことがなかった。

 なにしろ私たちの王国は、北方大陸の北西部に位置する。

 魔族が支配する南方大陸からは距離が遠い。

 魔族が襲撃をかけるのは北方大陸の南部と、あとは各国の首都近辺が中心だった。

 私たちの国でも……。

 王都の近辺が襲撃を受けた話なら聞いたことがあるし。


「そのエルフの冒険者だが、一応、助力を得られることにもなったそうだ」


 叔父が言った。


「おお! それは朗報ですな!」


 ザルタスが明るい声を上げる。

 私も同意した。

 ファーが来てくれるのなら千人力というか勝ったも同然だ。


 ただ残念ながらファーにも用事があるようで、即座に来てくれるというわけにはいかないようだった。


「そもそもこれは我らの問題。いくら実力者とはいえ、よそから来た冒険者に期待しすぎるのはやめておきましょう」

「……そうですな。失礼しました」


 ザルタスが頭を下げる。

 私は大いに期待したいところだったけど、それは口にしないでおいた。

 確かにファーはこの地の人間ではないのだし。


「しかし、リアナにその冒険者に……。今の若い世代は優秀なものだ」

「そうですな。お嬢様は素晴らしい『聖女』になられることでしょう。ネスティア王国も安泰というものですな」

「ははは。今からその時が楽しみだ」

「ははは。左様ですな」


 楽しそうに笑う叔父とザルタスの様子を見て、私は心の中で叫んだ。


 やめてぇぇぇぇぇ!

 無理だからぁぁぁぁぁぁ!

 光の神殿でギフトの鑑定を受ければ、全部、バレるだけのことだからぁぁぁ!


 ともかく……。


 何かを視たらすぐに教えてほしいと頼まれて――。


 私は部屋に入ることができた。


 パンネロに寝る前の身支度を手伝ってもらって、それからようやく私は1人になる。

 バルコニーに出て、夜空の下、夜の庭を眺めた。


「あーもーやだー」


 どうしてこんなことになってしまったのか。


 私は手すりにもたれて嘆いた。


 うん。


 全部、私が外で遊びたいばかりに嘘をついたせいです。

 正直、ここまで大騒ぎになるとは思っていなかったの……。


 幸いにもお父様たちは、私の嘘の力を今までは秘匿してくれてきたけど……。

 私が本で知って適当につけただけの『未来視』のギフトは、光の恩恵であり、世間に知られれば大騒動になる力らしい……。

 それこそ光の加護を受けし者――『聖女』につながっていくほどの……。


 これ以上騒ぎが大きくなると……。

 どうなることか……。


 ギフトの力は『女神の瞳』のような魔道具では表示されず、光の神ルクシスに仕える司祭の鑑定でのみ知ることができる。

 光の神の神殿は我が国には王都にしかなくて、アステール侯爵領にはない。

 アステールで信奉するのは水の神ウェイラだ。

 王都で正式に鑑定を、なんてことになったら本当に大変だ……。


「そろそろ白状しないとだなぁ……」


 完全にタイミングを無くしているけど、『聖女』どうこうなんて話が本当になったらそれこそ手遅れになってしまう。

 なにしろ『聖女』なんて国の希望だし。

 今は、北方大陸の人間諸国全部を合わせても、たったの1人がいるだけなのに。


「あーもー! 早く来てー! 助けてよ、ファー! 闇の女王サマー!」


 思わず私は夜空に叫んでしまった。

 叫んで、反省する。

 ファーに助けを求めるどころか、闇の女王呼ばわりしてしまった。


 私は手すりから身を離した。

 部屋に戻って水でも飲もう。

 そう思った時だった。


「詳しい話を、私は聞きに来た」


 すうーっと。

 まるでオバケみたいに何者かが現れて、私に正面から話しかけてきた。


「私はフレイン。見ての通りの魔人」


 丁寧にも自己紹介してくれる。

 10代後半の年齢に見える落ち着いた雰囲気の女の子だった。

 赤い糸で縫われた、ゆったりとした上衣を身にまとっている。

 下は袴だった。

 腰の帯には、鞘に入った剣を差している。


 桜色の髪は、うしろで縛ってまとめられている。

 感情のない顔は、まるで人形のよう。


 そして頭には、2本の角があって――。


 そんな彼女と、私は目を重ねた。彼女の視線は、まるで針のようだった。

 貫かれて、私は体に酷い痺れを感じる――。


 悲鳴を上げたくても、声は出せなかった。


 ああ……。

 魔族なんだ、この子……。


 紹介された言葉を思い出しつつ、私はぼんやりと認識した。







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