第19話 夜のこと

 トントントン。

 トントントン。


『カナタ、夕食の時間よ。ちゃんと今日は部屋にいるのよね?』

「ふあー。うんー」


 ドアごしにお母さんの声が聞こえて、私はぼんやりと返事をした。

 寝てしまっていたようだ。


「ちゃんといるよー。寝てただけー。すぐいくー」


 私は目をこすりながらベッドから身を起こして、


「ふあー」


 大きなあくびをしつつも、ドアを開けようとして――。

 ハッと気づいた。


 眠気が一気に覚める。


 あぶな!


 流れた銀髪のおかげで気づいたよ!


 私は、うん……。


 今では何故か、今までの私ではない美少女さんなのだった。

 しかもドレス姿のままだった。

 こんな姿で1階に行ったら、それこそ「誰?」になる。


「気をつけないといけないね……。ポリモーフ・セルフ」


 私は魔法をかけて、羽崎彼方の姿になる。

 鏡で確かめる。

 うん。

 ちゃんと昨日までの私だ。


 服も着替えて、Tシャツと短パン姿になって――。

 すーすーはーはーと深呼吸して、しっかりと心を落ち着けて――。


 私は部屋から出た。


 1階のダイニングには、すでにお父さんとお母さん、それに妹のヒロがいた。

 今日はお父さんも早く帰ってこれたようだ。

 私は一番最後のご登場だった。


 みんな揃ったところで、「いただきます」

 夕食となった。


 今夜のお献立は、ご飯に豚汁、煮物。

 とっても和食だった。

 あーなんだか、懐かしいというか日本に帰ってきた気がするよお。

 私は妙に感動して味わうのだった。


「どうした、カナタ。今日はいいことでもあったか?」


 そんな私の様子を見てお父さんが言った。


「うん。ちょっとね」

「動画が上手くいったのか?」

「そんなこと、かな……」

「それはよかったわねぇ。大成功の日も近いのかしら」


 私が適当に相槌を打つと、お母さんが微笑む。

 すかさずヒロが、


「ハンッ。そんなわけないでしょ。バカナタなんてどーせ、ネットでくだらない下品な動画を見つけて喜んでいるだけよ」


 と悪態をついてくるけど、うん、いつものことだねっ!

 なんだか今日の私は、それすら懐かしくて、ほんわかしてしまうのでした。

 まあ、うん。

 言うほど異世界にいたわけではないのだけど。

 ほんの半日のことだしね。


「またヒロは、お姉ちゃんに向かって悪い言葉を使うんじゃないの」

「ははは。まあ、いいじゃないか。なんにしても元気で」


 お母さんとお父さんのそんな会話の中――。

 ちらりとヒロと目が合った。

 ヒロには、すぐにそっぽを向かれたけど、私はちょっとヒロのことが心配になる。

 だって、うん。

 ヒロ、昨日のパラディン北川の動画に映っていたし……。


「ねえ、ヒロ……。今日は大丈夫だった……?」


 私はヒロにたずねた。


「何がよ」

「その、学校とか」

「別に。いつも通りよ」

「ならいいけど……」


 ヒロの様子を見る限り、確かに、いつも通りには見える。

 幸いにも、身バレはしなかったのかな。


「じゃあ、変なこととかも言われていないよね……?」

「誰からよ」

「その、えっと、パラディンから」


 私がそう言うと――。

 ピタリ、と、ご飯を食べていたヒロの手が止まった。


「どうしたんだい、ヒロ。何かあったのかい? パラディン? っていうのは?」


 お父さんが心配してくる。


「何でもないわよ! ただのネットのネタ! くっだらない!」


 うわヒロが逆ギレした。

 ヒロは残っていたご飯をかきこむと、


「ごちそうさま!」


 席を立って、2階の自分の部屋に戻っていってしまった。

 逆ギレしてもちゃんとご飯は残さず食べるところは、さすがは優等生だ。

 というか、うん……。

 パラディンのヤツ……。

 まさかとは思うけど、ヒロにエッチな誘いをしているとか……?

 有り得る……。

 私もネット民としてパラディンのことは知っているけど、とにかく下品で、可愛い子と見ればすぐに仲良くなろうとするヤツだ。

 優等生系美少女のヒロなんて、まさに手を出さずにはいられないレアな獲物だろう。


 許せん……。


 私は、バカナタなんて呼ばれても反論ひとつできない駄目な姉ではありますが、それでも少しは姉としての自覚はあるのだ。

 ヒロだって小さな頃は、お姉ちゃん大好きで、いつも後をついてきていた。

 おねーちゃーん!

 と私を呼ぶ可愛い声は、今でもちゃんと記憶に残っている。

 そんな子を供物にしてやるわけにはいかない。


 そう思いつつ食事をおえて、私も部屋に戻ろうとすると――。


 2階の廊下でヒロが待っていた。


「……ねえ。……ネットでトラック事故の動画、見たのよね?」

「え。あ。うん」

「あれ、秘密だからね? 絶対に誰にも言わないでよね?」

「それは、もちろんだけど……」

「ならいい」


 プイと身を返して、ヒロが部屋に戻ろうとする。

 その背中に私は声をかけた。


「ヒロ、もしかして、本当にパラディンから会おうとか言われたの?」


 ヒロがピクリと動きを止めた。

 やっぱり!?

 と思ったけど、ヒロは肩をすくめて笑った。


「はは。何言ってんよ。ネットの見すぎ。そんなわけないでしょ。でも絶対、私が会いに行っていたことは秘密だからね!」

「わかってるよー。言わないからー」

「あー最悪。まさか普通にバレてるなんてさあ」


 そうぼやきつつ、ヒロは自分の部屋に入った。


 私も部屋に戻る。


「うーむ」


 PCを立ち上げて、パラディン北川のSNSを見てみる。

 すると――。


 次の日曜日、また天使様の町に行くわ!

 一緒に助けられた2人と合流して、会議の予定!


 との投稿があった。

 一緒に助けられた2人って、ヒロとクルミちゃんのことだよね。


「やっぱり会うんじゃん!」


 私の嫌な予感は、どうやら的中していたようだ。

 どうしよう。

 天使様として、何もかも破壊しちゃう?

 パラディンなんて病院送りにしたって、誰も悲しまないだろうし……。

 むしろ喜ばれるよね……。


「って! ダメダメ! いつから私は暴力系女子になったの!」


 いや、うん。


 すでに私、魔族とはいえ、ヒトを殺したんだよね……。

 正直、恐怖とかは何もないけど。

 ただ手には、体を貫いた感触が、まだなんとなく残っている。


 あれは夢ではなかった。


 魔人アンタンタラスと言っていたっけ……。

 名前のある存在だったよね……。


「ふう」


 私は、息をついて気を取り直した。


 PCを立ち上げたので、自分のページも確認しておく。


 動画の再生数は、別に変わっていなかった。

 相変わらず低いままだ。

 私の異世界動画は、そもそも本物と思われていなかった。

 ぐすん。


「オークションの方はどうだろ……」


 どうせ駄目だよねえ、と思いつつ、『石』の販売ページを開いてみた。

 すると。

 なんと。

 質問がひとつ来ていた。


『興味があります。動画で石を見せてもらえませんか?』


 質問者の名前は、石木セリオと出ていた。


 石木セリオとは、パラディン以上に人気なインフルエンサーの名前だ。

 私はまったく興味ないけど、超絶美形男子でファンも多い。

 まあ、偽名だね。

 登録者名は自由に付けられるし。


 取引履歴はなし。

 新規の方だった。


 ただ、身元確認済みのマークはついていた。

 なので、ただのイタズラということではない気もする。


『わかりました。アップします』


 私は同意のコメントを打って、机の上に魔石を置き、10秒ほどの動画を撮影してオークションのページに上げた。

 なにしろ出品価格は10万円。

 落札されるのなら、とてもとても嬉しい。


 その後すぐ、私はPCの電源を落とした。


 この夜はそれからシャワーだけ浴びて、いつもより早めの眠りについた。





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