第18話 助力の願い

 私は馬車に乗って、リアナのおうちへと行くことになった。

 護送車ではない。

 装飾の施された貴族用の馬車だ。


 大通りを進む。


 馬車の中は私1人だった。


 なのでゆっくりと景色を堪能できた。


 メーゼの町は美しかった。

 建物はカラフルで鮮やかだし、歩く人の顔は明るく、水路と噴水がたくさんあってまさに水の都という感じがする。

 経済的に、かなり豊かな町のようだ。



「あ、そうだ……」


 ようやく落ち着いたところで、不意に大切なことを思い出した。

 私はアイテムBOXからスマートフォンを取り出す。


 そうだった。


 私は異世界に動画撮影に来たのだった。


 早速、景色を撮らせていただく。


 思えばダンジョンの動画は、薄暗くてグロかった。

 なので人気が出なかったのかも知れない。

 だけど今回はいけそうだ。


「ふふふ」


 思わず笑みがこぼれる。


 無許可で他人を撮ることはできないので、どうしてもアングルは高めになるけど、ここにあるのはまさに異世界の風景。

 みんな、びっくりして、世界中に拡散してくれることだろう。


 再生数100万オーバー、まったなしだね!


 素晴らしいっ!


 そんなこんなの内、リアナの家に到着した。

 それはまさにお屋敷だった。


 案内された客室で、私はいきなりリアナのお父さん――なんとこの町のご領主様と対面することになって驚いた。

 名前はウォーレン・アステール。

 侯爵様だった。

 しかも挨拶の後、いかなり頭を下げられて、謝罪と共に感謝されてしまった。


 私は大恐縮しましたとも!


 さらには謝礼金まで出されてしまった。

 何十枚か貨幣が入っていそうな、豪華な作りの小袋で。


 まあ、うん。


 くれるというのならば……。

 お金ですし……。

 受け取っちゃいましたけれども……。


「……それで、リアナは?」

「申し訳ない。あの子は今、大切な仕事で町から出ていまして」

「そうですかぁ」


 会えないのは残念だけど、仕事なら仕方ないよね。

 まだ若いのに、ちゃんと働いているなんてすごい。

 私とは違うね……。

 と、落ち込んでいる場合ではなかった。


「あの、ひとつ、お願いがあるんですけれども……」

「何かね?」

「はい……。私の素性を鑑定していただけると、嬉しいのですが……。実は私、自分がどこの誰なのかよくわからなくて……」

「それは難儀なことだ。わかった。では、すぐに『女神の瞳』を準備させよう」

「ありがとうございます」


 どうやら魔道具で鑑定するようだ。

 侯爵様が、脇に控えていた執事さんに命じてくれた。


 メイドさんが淹れてくれた紅茶をいただく。

 風味豊かで美味しかった。


「でも、あの、私が言うのも何ですけど、よかったんですか? 私みたいに思いっきり怪しい者をお屋敷に招き入れて」


 おそるおそるたずねると――。

 笑われた。


「ははは。普通なら会わぬさ。面会とは事前に日時を決めてから行うものだ。それに君についてはそれ以外の問題もある」

「で、ですよねえ……」


 見た目とかですよね。

 ここまでで私もそれは理解できている。


「だが、うちの娘――リアナが君は信じられると断言したからね。あの子は鮮明に、君と友人になる未来を見たそうだ。君も聞いたのだろう? リアナのギフトのことは」

「確か……。『未来視』ですよね?」

「うむ。そうだ。私はあの子の力には全面の信頼を置いている。――それ故に今回は、厳しい仕事を押し付けてしまったが」

「それってもしかして、北に現れたというドラゴンのことですか?」


 他に思い当たる節もないので私はたずねた。

 すると肯定された。


「実際にはドラゴンではなく、複数の首を持った巨大な蛇の魔物――ヒュドラだという話だ。幸いにも移動速度が遅いので人的な被害だけは避けられているが――。討伐できなければ、北の地は壊滅してしまうだろう」


 それでリアナの『未来視』に頼ろうとしているのか。

 ここで魔道具が届いた。

 それはタブレットのような黒い板だった。

 起動させて手のひらをかざすと、手のひらを透かして様々な情報が現れるという。


 早速、やってみた。


 どうだろう……。


 いったい、私はどのような子なのか。

 魔族なら逃げよう。

 侯爵様は温厚で優しそうないい人だし、敵視されるのは悲しいけど。


 と思ったら、ユーザーインターフェースが起動した。


『鑑定を感知しました。対応を選択して下さい』


 鑑定を打ち消すことも、そのままの私を表示させることも、偽造することも、項目を選択するだけで自由にできそうだった。

 すごいね。

 私は早速、ポチポチと意識操作して、こんな感じにした。


 名前:ファー

 年齢:14

 性別:女

 種族:エルフ

 職業:魔術師


 どうだろうか……。


 年齢と種族は、リアナに勘違いされた通りにしてみた。


 職業は『なし』から『魔術師』に変えた。

 隊長さんにそう呼ばれたしね。


 黒い板が輝いて――。


 空中に私の個人情報が浮かび上がる。

 うん。

 私が決めた通りに出てきた。


 あと、追加の項目として『犯罪歴』というものがあったけど、こちらは空白だった。

 よかった!


「……なるほど、君はエルフ族なのだな。リアナが言っていた通りだ」

「魔族じゃなくてよかったです」


 いや、ホントに。


「ははは。そうだな」


 侯爵様は鷹揚に笑って、その後、真面目な顔に戻って言った。


「ファー君、君が極めて優秀な存在であることは、リアナや騎士たちから聞いている。単独でミノタウルスを倒す力があることも。そこで、どうだろうか。ヒュドラ討伐の援軍として北の地へと赴いてもらえないだろうか」


 金貨1000枚を報酬として提示された。

 それが具体的にどれだけの価値を持っているのかはわからないけど……。

 大金であることは確かだろう。


 お金……。


 それはとても良いものだ。


 私は、ものすごくほしい。


 金貨の山に埋もれる自分を想像して、私は息を呑んだ。


 ただ私は即答しなかった。

 何故なら、強さの基準がわかっていないから。


 なのでミノタウルスのことを聞いた。


 ミノタウルスは、水都メーゼ近郊のダンジョン『ミノタウルスの迷宮』のボス。

 討伐ランクはB。

 騎士隊や一流の冒険者パーティーであれば、安定して討伐可能。

 兵士隊や一般の冒険者パーティーでは、勝てても死者の出る可能性がある。


 ちなみに討伐ランクは、SSSからGまであるそうだ。


 ミノタウルスの迷宮は、ダンジョンとしては難易度の低い方らしい。

 そういえばファーエイルさんも、チュートリアル代わりの場所だと言っていた。


 ちなみにワイバーンは一般的にはCランクだけど、風の力を操る上位個体はBからAランクとなる難敵との話だった。


 ヒュドラは、上の上のSランクだという。

 超難敵ということだ。


 ダンジョンのことも教えてもらった。


 ダンジョンとは、この世界から隔離された閉鎖空間。

 コアと呼ばれる超高密度の魔素の塊が、周囲の地脈から様々な思念を吸収して、その思念に応じた形で作り出す小世界。

 ダンジョンでは、魔物は倒すと消えて、存在を形作っていた魔石だけが残る。

 あと稀に宝箱が出現して、中には様々なものが入っている。運が良ければ『魔法文明』時代の魔道具を手に入れられることもある。


 ダンジョン自体も、『魔法文明』時代の遺産なのだそうだ。

 現代の技術で生成は不可能らしい。

 なのでコアの破壊は厳しく禁止されているという。

 なぜなら――。

 ダンジョンは、時に魔物を溢れさせて町すら飲み込んでしまう危険な空間なのだけれど、同時に魔石鉱山でもあるからだ。


 魔石は、この世界の貴重なエネルギー源。


 天井の明かりもポットのお湯も、すべて魔石の力で生み出されている。


 失うことは絶対にできないそうだ。


「……『魔法文明』時代、すなわち『大帝国』の時代が魔族の時代であったことを思えば、まさに皮肉なことなのだがな」


 最後に侯爵様はそう言って、皮肉げに微笑んだ。


「あのお、基本的な質問なんですけど、どうして人間と魔族は殺し合っているんですか?」

「魔族は人間を家畜としか思っていないのだ。家畜が生意気にも独立して国を持てば、滅ぼそうとしてくるのは当然だろう?」


 魔族は、人間よりも長い寿命と高い魔力を持つ強大な存在だ。特に転移魔法を使って人間の領土でも好き放題しているらしい。

 ただ魔族は数が少ない。

 加えて、力を誇示せずにはいられない気性がある。

 上手く誘い出して罠にはめれば、十分に討滅することは可能なのだそうだ。

 さらに今では、対魔族用の魔道具や魔術も増えて、特に都市部では防衛体制もそれなりに整っているそうだ。

 なので最近は、さすがの魔族も、人間の都市の上空に突然に転移魔法で現れて攻撃してくるようなことはなくなったらしいけど。


 加えて、転移魔法で屋敷の中に飛んで暗殺!

 みたいなことはないようだ。

 何故なら、木や壁といった障害物の中に飛んでしまえば、肉体を再構成できず、いかに魔族といえども絶命する。

 実際、そういう滑稽な襲撃事件も過去にはあったそうだ。

 長距離転移をピンポイントで行うことは、不可能らしい。


 さらに長距離転移は連続使用できるものでもないらしい。

 一撃だけ与えて帰還。

 ということは、できないそうだ。


 先日の魔人のように、ヒトに化けて都市に入り込んでくることは――。

 未だにあるようだけど……。

 『女神の瞳』のように、その者の素性を正確に暴く魔道具は、数が少なくて貴重品なので普段使いはできないそうだ。

 まあ、うん。

 それも完璧でないことは、つい先程、私が実証しましたが……。

 それについては黙っておいた。

 ごめんなさい。



 あと、国のことも聞けた。


 ここは、ネスティア王国というそうだ。

 さらにこの一帯はアステール侯爵家領。

 目の前にいるリアナのお父さん、侯爵様が治める土地らしい。


 あとさらに……。


 私にそっくりな闇の女王のことも、ほんの少しだけ聞けた。

 名は、ザーナス。

 1000年前に世界を破壊した張本人。

 血と絶望を糧とする邪神。

 ……邪神のことは、迂闊に語ると呪われると言われて、あまり聞けなかった。

 他人に聞くのはタブーのようだ。


 ちなみにザーナスという名前には聞き覚えがある。

 私のガワの本名は……。

 ファーエイル・エイス・オーシ・セルファ・ザーナス……。

 絶対に言えないね!


 私の質問にすべて答えてくれた後――侯爵様は言った。


「それで、どうだろうか」


 と。


 そうだった。


 すっかり質問に夢中になってしまったけど、リアナのことがあるのだった。

 私は正直、すごく迷った。

 目立たない方がいいのは、よくわかる。


 だけど……。


 私を誘ってくれたリアナの笑顔を、私は思い出す。


 せっかく誘ってくれたのに……。


 友達になろうと言ってくれたのに……。


 私は逃げてしまった。


 うん……。


 そんな自分は、ものすごく嫌いだ。

 本当に嫌になる。


 私は決めた。


「わかりました。どれだけ力になれるかわからないけど、とにかく行ってみます」

「おお! 引き受けてくれるか!」

「はい」


 今の私なら、ファーならば、きっと平気だろうし。


「では、すぐに報酬を準備させて――」

「あ、報酬はいらないです。友達を助けに行くだけなので。お礼については、先程いただいた分だけで十分です」

「しかし、それでは……。いや、では、せめて気持ちだけでも受け取ってほしい――」


 侯爵様がくれたのは、紋章のついた短剣だった。

 これがあれば、ネスティア王国内であれば問題なく行動できるそうだ。


 あと地図もいただいた。


 リアナと騎士団は北の城郭都市ヨードルで地元貴族と合流して、ヒュドラ討伐の作戦を練ることになっているそうだ。


 そこまで話をおえて――。


 一息ついて窓の外に目を向けると、いつの間にか空は暗い。

 まだ赤みは残っているけど、すでに日は暮れて、夜になろうとしていた。


「今夜については、ぜひ当家に滞在してほしい。もてなそう」


 侯爵様はそう言ってくれたけど――。

 貴族のお屋敷や食事には、ものすごく興味があったけど――。

 まさに異世界の醍醐味だし――。


 でも、それについては、固辞させていただいた。


 だって昨日、夜遅くに帰って、お母さんからは散々にお説教されたしね……。

 私……。

 2日連続はさすがにマズイ。


 私は町の宿を取ってあるのでと言い訳して、お屋敷を後にした。


 出たら、ダッシュ!


 一気に走って遠くに行って――。


 夜へと向かう町並みを楽しむ間もなく、『緊急帰投』のスキルを発動させて、パッと元の世界の我が家に帰宅した。


 すぐに机に置いた時計を見る。


 時刻は午後6時。


 セーフ!


 我が家の夕食は、いつも午後6時30分から。

 どうやら遅れずに済んだようだ。

 異世界と現代日本で、時間の流れに違いはないらしい。


「ふいー。ちかれたー」


 私はベッドに仰向けになって寝転んだ。

 体は疲れていないけど、心はそうもいかなかった。

 いろいろありすぎて――。

 私の頭はぐるぐるだった。


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