第17話 またね


 私の指から放たれた風の矢が、激しく渦を巻いてワイバーンに直撃する。

 それは一瞬の出来事だった。

 渦に巻き込まれたワイバーンは――。

 そのまま木の葉みたいに空の彼方へと飛んでいった。

 後追いで、髪が激しくなびいた。

 私は、ワイバーンの姿が青空に溶けるように消えるのを見届けた。

 戻って来る様子はない。

 魔法は、ちゃんと制御可能なようだ。

 魔法は私の意を組んで、適切に発動してくれた。

 ワイバーンを殺戮することなく、空の彼方に放り飛ばしてくれたわけだし。


 しかし、思いきり手加減を願ってこれとは――。

 凄まじい威力だね……。

 さすがは『Ⅴ』まで上げただけのことはある、のかな……。

 全力で使うのは、やめておいた方がさそうだ。


 ワイバーンもこれに懲りて、人里には近づかないだろう。

 そうだといいけど……。

 まあ、うん、なんにしても目の前の危機は去った。


「よし。オーケー」


 ともかく勝った。

 私は満足しておくことにした。


「……ファー、大丈夫? 平気?」


 森に退避していたシータが戻ってくる。


「うん。多分、もう平気だよー」

「なら、早く逃げよ」

「え。でも」


 まわりには、大勢の兵士が倒れている。

 助けられるだけは助けてあげないといけないだろう。


「実は見ちゃったけど、ファーって今、無詠唱で魔術を使ったよね? しかもすごいのを。それってファーが魔族ってことだよね? あ、ううん! アタシはいいんだけどね! 種族なんて気にしないし! でも鑑定されたら大変なことなるよ。逃げないと」

「種族って、鑑定を受ければわかるの?」


 私は人族なのか、魔族なのか。

 ステータスによれば、私は『ドール』なんだけれども……。


「わかるから危険なんだって!」

「そっかぁ」


 なるほど。


「だからー、なんでそんなにのんびりしているのー!」


 シータが私の手を引っ張る。


「うーん。いっそ、鑑定を受けてみてもいいかなぁと思って。私、実は、自分がヒトなのか何なのかわからないんだよ」


 魔族なら魔族で、居場所を考えればいい。

 わからないのが一番困るよね。


「だーかーらー! バレたら殺されちゃうってば!」

「あはは。その時には逃げるよー」

「もー! なんで気楽!?」


 シータは自分のことのように心配してくれている。

 なので、


「ありがとう」


 とは言っておいた。


「でも私は残って、まずはこのヒトたちを治せるだけ治すよ。回復魔法も使えるし」

「どうなっても知らないからね!?」

「うん。平気」


 私の場合には『緊急帰投』があるから逃げ出すのは簡単だし。

 リアナに話が通れば解決するだろうし。


「はぁ。ならアタシ、1人で行くよ? いいの?」

「うん。またね」

「わかった。……じゃあさ、ファー」

「なに?」


 たずねると――。


 シータは愛想の良い笑みを浮かべて、両手を腰のうしろに回したまま――。

 ぴょんぴょん、と、身軽に跳んで街道をうしろに下がっていく。

 可愛らしい仕草だった。

 うさぎみたいだな、と私は思った。

 すぐに私たちの距離は、5メートル以上も離れてしまった。

 どうしたんだろう。

 疑問に思っていると、ようやくシータは口を開いた。


「バイバイ! お互いに元気に、どこまでも生き抜こうねー! これは出会った記念にアタシがいただいておくねー! ありがとー!」


 大きく振ったシータの手には――。

 ミノタウルスの魔石があった。

 騒ぎの中で忘れていたけど、そう言えば出したままだったよ。

 いつの間にか、シータが拾っていたらしい。


「またね」


 私のその声は、シータに届いたのかどうか。

 それはわからない。

 何故なら言うだけ言って、シータは身を返すと走っていってしまった。


 どうやら私も、取り逃げされたようだ。


「あはは」


 でもなんだか私は楽しかった。

 取られちゃったけど、シータには元気に生き抜いてほしいと思った。


「さて、と」


 私は気を取り直した。

 いつまでものんびりしてはいられない。

 私は被害を受けた人たちに、なんとなく呪文っぽいものを唱えつつ、『ヒール』の魔法をかけていった。

 幸いにも他界していた人はいなくて全員を助けられた。

 瀕死の馬も元気になった。


 私の魔法は本当にすごい。

 みるみる治る体を見て、古傷まで癒えていくのを見て、それを実感した。

 しかも汚れも落ちて、着ている防具まで、なぜか修復された。

 万能すぎる。

 ランク『Ⅹ』の実力、おそるべし、だ。



「我々は、助かったのか……? 君が助けてくれたのか……?」

「はい……。一応は……」

「そうか――。君は回復の魔術が使えるのだな……。ありがとう、助かった」


 私は襲われることなく――。

 助けた人たちに、お礼を言ってもらえました。

 ワイバーンを空の彼方に吹き飛ばした『ウィンド・アロー』については、シータ以外には見られてはいないようだった。

 ワイバーンは風の力を暴発させたようだ、バカなヤツめ。

 という認識をされたようだった。

 よかった。


 この後、私は彼らと一緒に――。


 この地域の中心地である――麗しの水都メーゼへと行くことになった。


 そして、町に近づいて――。

 シータが言っていた町の中、町の外の意味を知った。


 メーゼは湖に面した城郭都市。

 麗しの水都と呼ばれるほどに美しい都市らしい。


 だけど、その高い壁の外側には、粗末な建物が無秩序に立ち並ぶスラムがあった。

 シータは、そこに暮らしていたのだ。

 そこにすら、もう戻れなくなってしまったのだろうけれど。


 スラムの人たちは、魔族の襲撃で滅ぼされた他国からの難民なのだそうだ。

 町の外ながらも受け入れられて、細々と暮らしているらしい。

 私はスラムの様子を横目に見ながら――。

 街道を抜けて、メーゼの正門にまで来た。

 正門からは話が早かった。

 何故なら先触れを受けて、リアナに付いていた騎士の1人が迎えに来てくれたからだ。





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