第16話 ワイバーンの襲撃!
スキル『危機感知』が接敵を告げる。
次の瞬間、爆発したみたいな音が周囲に響き渡って、激しく地面が揺れて――。
馬の鳴き声と共に外にいた兵士たちの悲鳴も聞こえて――。
私たちの乗る護送車は横転した。
「うわああ!」
私は受け身も取れず、思いっきり肩から転がった。
痛みはなかったけど。
「なに今の!?」
シータは、両手首をロープで縛られているというのに、軽やかに身を回して、倒れることなく中腰の姿勢を取った。
伊達に1人でダンジョンをうろついているわけではなさそうだ。
外から兵士の叫び声が聞こえる。
『急襲! 急襲! ドラゴンだ! ドラゴンが出たぁぁぁぁぁぁ!』
『落ち着け! よく見ろ! ドラゴンではない! ワイバーンだ!』
『え。あ。失礼しました、隊長!』
新人かな。慌てふためくドジっ子もいるようだ。
すぐに活を入れられたけど。
「ワイバーンとて強敵ではあるが、こいつは間違いなく、ただの空腹のはぐれだ! 我々が恐れる必要はない! 冷静に盾を構えて囲むぞ!』
ちなみに私たちの馬車は、単体で動いていたわけではい。
荷物運搬のおまけだった。
なので周囲には護衛の兵士が何人もついていた。
外で戦いが始まる。
「ねえ、シータ。ワイバーンって、翼の生えた大きなトカゲのこと?」
「そうだよ! やばい敵だって!」
「へー。そうなんだー」
どうやらワイバーンも、私の知る姿をしているようだ。
案外、私たちの世界のファンタジー知識って、こちらの世界から迷い込んだ人が広めたものなのかも知れないね。
それとも、異世界転移した人が帰還して広めたか。
まあ、どちらでもなくて……。
ユーザーインターフェースが翻訳してくれているだけの可能性もあるけど。
私、異世界に来ているはずなのに、そもそも普通に会話しているし。
横転した馬車の小窓から見える青空を眺めつつ――。
私がそんなことを考えていると――。
「ファー! 寝転んだまま何をのんびりしているの!」
「あ、うん。そうだね」
シータに怒られて、私は身を起こした。
「ワイバーンなんて大魔獣だよ! 村ひとつ簡単に滅ぼすヤツなんだから! 兵士だけで勝てるとは限らないよ!」
「そうなんだぁ」
「早く逃げないと!」
「と言っても……」
護送車の作りは丈夫だ。横転したくらいで壊れてはくれない。
うしろのドアも閉じたままだった。
外では戦いが始まっていた。
ワイバーンは、少なくとも馬車よりも大きな魔物で、鱗は鉄のように固く――。
尻尾や鉤爪は、下手な剣よりも鋭いのだろう――。
ワイバーンが咆哮する度に――。
馬の悲鳴、兵士の悲鳴。
それに、馬車の破壊される音が聞こえた。
「ねえ、シータ。ワイバーンって、よく出る魔物なの?」
「まさか。このあたりには滅多に出ないよ。普通は北の山地にいる魔物だし」
「でも、来ちゃったんだ?」
「北に、それこそドラゴンでも出たんじゃないの? そういう時には北から散って、あちこちでヒトに襲いかかるし」
「へえ……。迷惑だねえ……」
「ホントだよ。って、だからのんびりしている場合じゃないよ!」
「あはは」
なんだろう、私、全然焦っていない。
むしろ落ちついていた。
何故かと言えば、なんとなくわかってしまうからだ。
私なら、外で暴れているワイバーンなんて、簡単に片手で始末できる、と。
不思議な感覚ではある。
なにしろ羽崎彼方は、ワイバーンどころか同級生に睨まれるだけですくみあがるほどに――。
弱くて臆病な子なのに――。
殺すことすら怖いと思っていない自分が今は存在している。
「駄目だ開かない!」
手首をロープで縛られた状態ながら必死に後方の扉を開けようとして、でも開けることができずにシータが悲痛な声を上げた。
その時だった。
ヒュウウウウウウウ――!
と、風のうなるような甲高い音が周囲に響き渡った。
『いかん! 逃げろ! 風の力が来るぞ!』
隊長さんが叫ぶ。
ワイバーンの雄叫びが響いた。
収束された風の魔力が一気に解き放たれる。
不思議な感覚だけど、私にはそれを感じ取ることができた。
暴風が生まれる。
それは強い方向性を持った無数の槍だった。
その風の魔力の槍は私たちのいる護送車にも突き刺さった。
風の槍が容赦なく護送車を破壊する。
私たちは直撃こそ免れたものの、風に巻き込まれて、街道の脇に吹き飛ばされた。
幸いにも街道の周囲は草地で地面は柔らかかかった。
「あいたぁ……」
と言うものの、シータも無事のようだ。
「大丈夫?」
「なんとか……。ね……」
何はともかく、私はシータのことを助け起こして――。
手首のロープをちぎってあげた。
さすがにこうなっては、拘束なんてされていられないだろうし。
「手は平気? 動く?」
「うん、助かったよ。ありがとう、ファー。でも、すごい力があるんだねえ……。ロープを手でちぎるなんて」
「弱まってたみたい、かな?」
「また疑問形?」
「あはは」
「まあ、いいけど。とにかくありがとう!」
さて。
私は周囲の状況にも目を向けた。
周囲は……。
散々たる有り様だった。
何台もの馬車が破壊されて、積荷が散らばってしまっている。
馬も可哀想なことになっていた。
あと、人間も。
武装した兵士たちも、運搬を仕事にしている人たちも、みんな、ワイバーンからの攻撃で酷い怪我を負っている様子だ。
「バカな……。なんて力のある個体だ……。どうしてこんなヤツが、巣からはぐれてこんな南にまで来ているんだ……」
隊長さんも、すでに立てない様子だった。
どうしようか。
と思ったところで、ワイバーンと目が合ってしまった。
ワイバーンが吠える。
「ファー! 逃げよ! 森に入るんだ!」
シータが私の手を取って、少し離れたところにある森へ走ろうとした。
「先に逃げて」
私はその手を振り解いた。
「どうするのさ! どうなっても知らないからね!」
シータが逃げていく。
私は1人になった。
今、スキル『危機対応』はオフにしてある。
オンにすれば、あっさり決着をつけることはできるのかな。
と思ったけど……。
私はここで、せっかく覚えたのに、まだ使っていない魔法を使ってみることにした。
とはいえ、殺戮は避けたかったので……。
威力は最小で、戦闘終了だけお願いしますと念じつつ……。
「ウィンド・アロー」
指を伸ばして、風の矢を放った。
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