第14話 異世界に再挑戦!


 再生数が伸びなくて落胆した、その翌日。


「んー」


 私は1人、部屋の椅子に座って、今後のことを考えていた。

 手には魔石を持っている。

 異世界のダンジョンで手に入れたもののひとつだ。

 魔石とは、魔力を内包した石。

 と、アイテムBOXの中で見ることができるコメントには書かれていた。

 アイテムBOXの中には、3つだけ魔石がある。


 魔石(土属性、魔力値300)

 魔石(火属性、魔力値20)

 魔石(火属性、魔力値18)


 この3つだ。

 土属性のひとつはテニスボール大で、ミノタウルスを倒した時に手に入れた。

 火属性のふたつは爪ほどの大きさで、配信後に襲ってきた火を吹くトカゲから取得した。


 配信中にたくさん倒した魔物が落としたその他の魔石は、すべて放置してきた。

 いちいち拾っていたら、配信のテンポが悪くなるかなぁと思って。

 今にして思えば、もったいないことをした。


「……魔石って、こっちの世界でも売れるのかなぁ」


 こっちの世界とは現代日本のことだ。

 案外、すごい値段がついたり。


 ただネットで調べる限り……。

 流動する光を内包する透明な石というものは存在していない。


 なので、お店に持っていっても、オモチャ扱いされておしまいな気がする。


「お試しでオークションサイトに出してみようかなぁ」


 まずはそれがいい気もする。

 匿名性もあるし。

 私は早速、いつものファー名義で火属性の魔力値の低い方の魔石を出品してみた。

 タイトルはシンプルに『石』。

 説明書きもシンプルに『中に赤い光が渦巻いた石。価値がわかる人だけ入札をお願いします』

 スマホで何枚かの写真も撮ってアップしておく。

 開始価格は10万円!

 うん!

 無謀だよね、わかる!

 でも、1000円で落札されても困る。

 異世界の品を、そんな簡単には渡せないよね、実際。


 でも、10万円ならね……。

 少しくらい危険でも、売っちゃうけど……。

 というか売りたい。

 買って下さい。


 そして、その日はおわった。


 さらに翌日。


 相変わらず動画は伸びていなくて、ドキドキしながら確認した『石』のオークションにも入札者は現れていなかった。

 まあ、当然か……。

 落胆しつつも私は現実を受け止めた

 オークションについては、最初からそんなに期待はしていなかったし。


「さあ、今日はどうしようかなー」


 私には、やりたいことがたくさんある。

 手に入れた魔法の確認とか。

 『フライ』『ヘイスト』『インビジブル』……空を飛んで、加速して、姿を消して、そんな魔法を私は持っている。

 ただ、実はまだ一度も使っていない。

 なんとなく躊躇していた。

 とっくに私は銀髪金眼の美少女な自分を受け入れて、部屋では普通にその姿でいるけど……。

 その姿で再び外に出るのは怖かった。

 ファーの姿は、ネット上で恐ろしいほどに拡散されてしまったし……。


「よし! ダンジョンに行こう!」


 決めた。


 ダンジョンならば、異世界だし、人目もないし、自由にいろいろできるだろう。

 魔物だらけの領域に行くのも怖かったので、こちらもこの数日は行っていなかったけど、現代で目立つよりはいい。

 魔石もたくさん手に入るし、動画のリベンジもできる。


 魔石については、異世界で売るのもアリだろう。

 売って貴金属にすれば、現代でもお金に変えられるはずだ。

 中古ショップで「金、銀、プラチナ、買います!」という看板は普通に見るし。


 というわけで。


「転移! ミノタウルスの迷宮!」


 宣言すると私の姿は消えて――。

 次の瞬間には、もう薄暗い迷宮の広場の中にいた。


「やるぞー!」


 私は大いに気合を入れたのだけど――。

 最初に使った魔法は『インビジブル』、すなわち姿を消す魔法だった。


 何故なら、カシャカシャと金属音を立てる複数の人間の足音が聞こえたからだ。

 それは武装した男の人の一団だった。

 兵士かな?

 私はそう思った。

 何故なら、剣と防具が、みんな一律のものだった。加えて、以前に出会った騎士の武具と比べると明らかに量産品だとわかるものだった。


「あの娘め。どこに行ったのか。必ず見つけ出して捕まえるぞ」


 真ん中を歩く髭面の男の人が言った。

 もしかして、それって、私のことだろうか……。

 と思ったら……。


「居たぞ! こっちだ!」


 奥から別の男の人の大きな声が響いて――。

 兵士っぽい人たちがそちらに急行して――。

 やがて――。


 両手首にロープを結ばれた1人の女の子が、捕まって連行されてきた。


「まったく、手間をかけさせやがって、この取り逃げ野郎が。よりにもよってダンジョンの下層まで逃げ込むとは」

「兵士さんたちも大変だねえ、こんなところまで」

「誰のせいだと思っている!」

「えへ」


 捕まっているのに、女の子は愛嬌のある笑顔を見せていた。

 なんとも余裕がある。


 女の子は、年齢は私と同年代に見えた。

 リアナと同じでこの子も若い。

 身なりはリアナと真逆で、明らかに庶民の子だとわかるものだったけれど。

 羽織るジャケットは擦り切れてボロボロだった。

 あと、うん。

 なんと女の子の頭には、猫っぽい獣耳があった。

 短パンの上からは尻尾が出ている。

 獣人さんだ。

 私は姿を消したままそれを見て、密かに感動してしまった。


「あーあ。でも、アタシも運がなかったねえ」

「運ではない。我々に手を出した必然だ。よりにもよって、我々の倒した魔物の魔石を取り逃げしようとするとは」

「兵士さんたちなら魔石のひとつやふたつ気にしないと思ったんだよー。ねえ、お願い。何でも言うことを聞くから見逃してよー」

「貴様にはメーゼで鑑定を受けてもらうぞ。どうせ余罪まみれだろう?」

「ねー。許してよー。お願いー!」


 そんな会話を私は聞いた。

 助ける必要は、残念だけどなさそうだ。

 取り逃げの子と兵士さんたちは、やがて広間から去って行った。

 私は1人になる。

 さて、気を取り直して始めようか。

 と思ったのだけど――。

 今日はダンジョンのあちこちに人がいて、安心して歩き回ることができなかった。


 私は自分の感覚に自嘲した。

 魔物がいるのは平気で、人がいるのは困るとか、ね。

 まさに闇属性じゃないか。


 まあ、うん。

 それはともかく。


 彼らの会話を盗み聞くに、今日はご領主様からの命令で、兵士と冒険者が揃ってダンジョン調査に参加しているようだ。

 冒険者という言葉に、私は正直、ときめいた。

 まさに浪漫だよね、異世界の。


 私はどうしようか悩んで――。

 思い切って今日は、ダンジョンの外に出てみることを決めた。


 魔石を売りたいなら、いずれ出ねばだしね。

 冒険者にも、なれるのならなりたい。


 私のユーザーインターフェースにはマップ機能もある。

 マップを開けば『ミノタウルスの迷宮、地下3階』と、現在の所在地名に加えて階層数も把握することはできる。

 2つ階層を上がれば地上に出られるはずだ。


 早速、行動を開始する。


 ダンジョンは広くてマップがあっても迷いそうだったけど、幸運にも途中で、連行される女の子の一団に追いついた。

 こっそりと後に続いて、そのまま地上へのゲートフロアに到着することができた。


 ただ、地上へのゲートは、不気味すぎるほどの真っ暗闇な空間だった。

 地上からの明かりは見えない。

 むしろ逆に深淵の世界へと続いている気さえする。

 正直、怖い。

 不気味すぎる……。


 だけど兵士たちは普通にゲートをくぐって、次には冒険者の一団が入ってきた。

 ちゃんと地上とつながっているようだ。


 私も覚悟して入ってみた。


 すると、あっさりと、私は地上に出た。

 出た場所は石造りの部屋の中だった。

 遺跡の内部だろうか。

 長い歴史を感じる、かなり古びた佇まいだった。

 部屋には、開け放たれた正面の両開き扉から、太陽の光が眩しく伸びて広がっていた。


 部屋の外には検問所があった。

 検問所では今、取り逃げの子の引き渡しが行われていた。


 検問所の先には、森に囲まれた遺跡の点在する広場を見て取ることができる。

 広場では、商人が露店でものを売っていたり、冒険者がダンジョンに入るための最終準備をしていたりしていた。


 私は早速、そそくさと検問所を出ようとした。

 脇をするりと抜けて、ね。

 検問所のフェンスゲートは、こちらも開いたままになっている。


「おい、勝手に出ようとするな! 止まれ!」


 兵士の1人がそんな声を出した。

 私じゃないよね。

 なにしろ私の姿は魔法で見えないはずだ。

 と、思って、私は緊張しつつもスルーして進もうと思ったのだけど……。


「その不吉な容姿……。貴様、ファーという者だな?」

「え。あ、はい……」


 名指しされて、思わずうなずいてしまった。

 そこで気づいた。

 よく見れば透明になっていない。

 ゲートをくぐった時に、どうやら魔法が解除されてしまっていたようだ。

 気づいた時には手遅れで――。

 私は2人の兵士に前を塞がれてしまった。


「堂々と出てくるとは、いい度胸だな」

「一斉調査の日ならば自由に出入りできるとでも思ったのか!」

「貴様についての報告は、すでに受けている。許可もなくダンジョンに入り込んで、勝手に探索をしていたそうだな」

「本当は何をしていた! 悪しき陰謀でも巡らせていたか!」


 そんなことを言われて――。

 剣を向けられた。


 どどど、どうしようぅぅぅぅぅぅ!


 私は焦った。


 ただ幸いにも別の兵士が騒ぎを止めてくれた。


「やめておけ。出ているのは連行の命令だけだ。この場で尋問までする必要はない。大人しくしてくれるのならば、な」

「わかりました。暴力はやめていただけると……。従いますので……」


 私は両手を上げて、無抵抗をアピールした。

 同時にユーザーインターフェースを意識操作して『危機対応』のスキルをオフにした。

 たとえ手加減したとしても、兵士を打ち倒すようなことはしない方がいい。

 それはわかる。

 そんなことをすれば、それこそ大惨事につながる。


「安心しろ。聖女エターリアの名に賭けて、容姿だけで魔族扱いはしない。何も悪くなければ町で鑑定を受けるだけで済む」

「はい……。ありがとうございます……」


 私のことは何やら誤解されているようだけど、それは多分、リアナの命令がちゃんと伝わっていないからのことだろう。

 リアナ本人か、リアナに同行していた騎士の誰かに会えれば誤解は解けるはずだ。


 私は大人しく連行されることにした。

 最悪の時には、『緊急帰投』で逃げればいいしね。





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