第13話 私、異世界ダンジョンの動画を投稿します!


 お母さんに散々お説教をされて、ようやく部屋に戻ってこれたのは夜10時だった。

 私は椅子に座ってPCを起動する。

 そして、スマートフォンをケーブルで繋いで、転送モードにして、録画したファイルをPCに送り込んで内容を確認。


「おお! すごい! バッチリ撮れてるー!」


 いやっほー!


 私は椅子の上で大喜びして、


「はう」


 ひっくり返って転んで――。

 あ。

 羽崎彼方の姿から、銀髪美少女ファーの姿に戻ってしまいました。

 ちょっと感情を大きくしすぎたようです。


 うん、勉強になった。


 私はめくれてしまっていたシャツを下ろして、それから椅子に座り直した。


 当然ながら帰宅してドレスは脱いだ。

 今はTシャツと短パンの、いつも室内着だ。


 姿については、私の部屋にいきなり入ってくる人なんていないだろうし、このままファーの姿でいることにした。

 正直、羽崎彼方の姿でいると、微妙に精神集中を必要として、なんとなく疲れるのだ。

 今の私は、ファーの姿の方が自然だった。


 ともかく、私はしっかりと異世界ダンジョンを記録することができた。

 しっかりと……。

 と言っても、私の持っている安物なスマートフォンの性能で、なので……。

 鮮明にくっきりと、細かいところまで!

 とは、いかないのですけれどもね……。

 そもそも薄暗い場所だったので、どうしても画面は乱れるし。


 でも!


 映っていることは映っている!


 あとはこれをバッチリ編集して、アップロードすれば!


「ふふ……。これはアレだよね……。下手すると、世界中で大騒ぎだよね……。だって、異世界が実在するなんてね……」


 想像すると笑いが止まらない。

 何故なら、その時から私は億万長者確定!

 大勝利なのだ!


 まあ、まずは先に収益化か……。


 動画サイトからの許可をもらわないとね……。


「そのためにも、ちゃんとした動画にしないとだねっ! さあ、今日は徹夜で頑張るぞー!」


 私は大いに気合を入れた!


 寝ました。

 すやー。


 目覚めるとPCの前で午前10時を過ぎていました。

 作業はまったく進んでいなかった。

 私はなぜ、こうなのか。

 ただ、うん。

 幸いにも、私が朝に起きないのなんて、いつもことなので、わざわざ家族が起こしに来ることもなく私は放置されていた。

 なにしろ私、無職で引きこもりのニートですし。

 おすし。


 お腹が空いたので、キッチンに下りる。


 するとテーブルにお母さん特製のサンドイッチが置いてあった。

 しかも私のお好み!

 中にはハムとトマトとキュウリが入っていた!


 ありがたくいただいて、元気満点!


 私は頑張って動画編集に挑んで、すぐに悩んだ。


「うーん。声はどうしようなぁ。このままで行くか、人工ボイスに差し替えるか」


 動画には私の声が入っている。

 私のというか、正確にはファーのだけど。


 一応、ダンジョンを歩きながら、実況もしてみたのだ。

 ただ我ながら拙い。

 なにしろ歩きながらしゃべるなんて、生まれて初めての経験だったし。


「あとは魔物かぁ。モザイクはどうしようかなぁ」


 ダンジョンでは何度も敵に襲われた。

 その度に、私は何もしていないけど、私が勝手にスキル『自動反応』で倒した。

 動画にはその様子も映っている。

 カメラを切り替えて自画撮りもしてみましたが……。

 自動反応中の私は、完全に無表情だった。

 何の感情もなく息ひとつ乱すこともなく、残酷に、冷然と、オークだろうがイモムシだろうが容赦なく葬っていく。

 こう、グサッと、片手で突いて、体の中から魔石をえぐり取るようにして……。

 魔物は多種多様で、グロいのもいたけど……。

 自撮り画像に映る自分自身の凍りついた無表情が一番に怖かった。

 なので、自画撮りはボツにした。

 魔物については、どうしようか。


「まあ、大丈夫か」


 魔物は、そのままいこうかな。

 そもそも倒せば、ゲームみたいに散って消えているし。

 本物だけど、よくも悪くも現実感はそれほど感じない。


 音については、BGMと人工ボイス、効果音をバンバン入れることにした。

 私のボソボソしゃべりよりはいいだろう。


 異世界突入! ガチダンジョン、歩きます!

 これは現実です! 今、私の目の前にはダンジョンがあるのです!

 おっーとオークが現れたぁ!

 今度はサソリか毒ヘビかぁ!


 とか、威勢のよいテロップと人工ボイスにした方がウケるよね。


 私は頑張って作業を続けて……。


 30分で疲れた。


「ふいー」


 どうして私はこうなのか。


 ともかく、ちょっと一息。


 ネットの海に、軽くダイブして遊ぶことにした。

 まずは自分の動画サイトを確認。

 変わっているはずもないけど、登録者、伸びていないかなぁ……。

 と。

 私のチャンネルの現在の登録者数は70人。

 収益化可能な1000人は、まだ遥か彼方。

 でも、千里の道も一歩から。

 1人でも増えていれば嬉しい。


「ん? んんんん?」


 私は自分のページを見て驚いた。

 何故ならば……。

 登録者数はまるで増えていないけれど……。

 最新動画『ファーのマリモジャンパーズ☆今日もえいえいおー!』の再生数が、なぜか2000にもなっている……!

 他は100程度なのに……。

 しかも、コメントがいくつも付いている。

 一体何が……。

 おそるおそるコメント欄を開いてみると、こんなことが書かれていた。


 ――偽物かよ。

 ――偽物w

 ――ニセ乙。

 ――偽物は酷いと思いますよ、ただの不人気な他人さんです。


 等々……。


 なんか、うん。

 なぜか「偽物」と何回も書かれていました。

 よくわからないけれど……。

 どうも私の動画を見て、落胆した人が何人もいるようだ。


 意味がわからない。


「なんだろ……」


 ただ、なんとなくヒントになりそうなコメントもあった。


 ――せっかく天使様かと思ったのによw

 ――ファー様は何処。


 うん。

 はい。


 ファー様、と書かれていました。

 ファーとは私のことだ。

 私は動画投稿を始めてから、ずっとファーという名前でやっている。

 ただ、様付けで呼ばれたことはない。


 とりあえず、天使様、ファー様、で検索してみた。


 すると、出てきた。


「え」


 私を絶句させる、恐るべき投稿が。


 なんと。


 ななな、なんと……。


 昼間、トラックを止めてヒロを助けた時の出来事が、写真と動画で思いっきりネットに公開されていたぁぁぁぁぁぁぁ!

 公開したのは、人気配信者のパラディン北川!

 よりにもよって影響力のデカいところからぁぁぁぁ!


 私は、パラディンが動画を撮っていないことはこの目で見たけど……。

 どうもアシスタントの人が脇から撮っていたようだ……。


 動画は、わずか半日で150万再生になっている。

 羨ましい。

 一体、おいくらになるんだろう。


 いや、うん。


 お金のことはどうでもいいか、今は。


 メジャーサイトのトップページでもニュースにもなっていた。

『話題急騰、少女がトラックを止めた動画の真偽は如何に』

 というタイトルで。


 最悪だ……。


 たったの1日で、どうしてこんなことに……。

 パラディン北川のSNSでは、ファーという名前も出ていた……。

 そういえば名乗ったよね、私……。


 まあ、うん。


 いいか。


 私はすぐに気を取り直した。


 なにしろ私には姿を変える魔法がある。

 それを使えば、ポンッと、元の羽崎彼方になることはできるのだ。


「そもそも私、そんなに出歩かないしね。あっはっはー」


 前向きに考えれば、チャンスなのかも知れないし。


「んー。いっそ、私が本物ですって言っちゃうのもアリだよなぁ。そうすれば波に乗れて、登録者も増えるだろうし」


 椅子の背もたれに体を預けつつ、私は思考を巡らす。

 そう。

 私の目的はお金なのだ。

 なにはともかく、お金がほしい。


「異世界プリンセス、ファーとか」


 とはいえ、リアルで目立つのはいろいろと怖い。

 世の中には、パラディン北川のように顔出しで活動している配信者も大勢いるけど、私はどう考えても柄ではない。

 それに、異世界ダンジョンというだけで再生数は余裕で稼げるよね、今回は。


「今回については、私の姿は隠しておくかぁ」


 戦闘場面に映り込んでしまっていたファーの手足や髪は編集で消すことにした。

 面倒な作業になってしまったけど私は頑張った。

 そして、夜の10時を過ぎて、ついに完成した。


 動画タイトルは、『異世界ダンジョンで無双してみた』


 テロップも人工ボイスもテンポよくノリノリで、長さも適度な12分。


「完璧だ」


 我ながら見事な出来栄えだった。

 私は早速、アップロードをして、動画を公開した。

 さあ、どうかな。

 どれくらいの速さで世界に広まるだろうか。

 私はワクワクしつつ、でも今日は頑張ったので眠気も限界で――。

 すぐに寝ることにした。


 で、翌朝。


 パッと目覚めて、素早くPCを起動。

 再生数を確かめた。


 その数は――。


 31。


 万ではない。

 そのまま、まさかの31再生だった。


「な、なんでえ……。登録者数よりも低いとか……。どゆことなのぉ……」


 私は部屋の中で四つん這いに伏した。


 私のダンジョン動画は、まったく広まっていませんでした。

 でもコメントはついていた!

 ひとつだけだけど!

 私はコメントを見てみた。

 コメントをくれたのは、いつもの『キャベツ軍師』さんだった。

 コメントにはこうあった。


 うぽつ。


 と。


 アップロードお疲れ様、という意味ですよね、わかります。

 いつも辛辣な『キャベツ軍師』さんにしては珍しい普通のコメントだった。

 私はその日――。

 ひたすらページを更新して再生数をチェックしたけど……。

 結局、100再生にもならず、1日はおわった。


 かわりにファーの名前のついた動画は、それなりに伸びていました。

 偽物として、だけど……。


 かくして。


 私の異世界ダンジョン動画は、大爆死を遂げたのでした。

 ちなみにパラディン北川の天使様動画は、2日で300万再生を越えていた。



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