第11話 閑話・3つの夜 異世界編、リアナ・アステールは友情に憧れる



「はああぁぁぁ~。今度こそ、友達ができると思ったのになぁ」


 私は、部屋のベランダでたそがれていた。

 屋敷の3階にある私の部屋のベランダからは、広い庭の様子を一望することができる。

 春から夏へと向かう今――。

 夜風はまだ少し寒かったけど――。

 庭の花々は、もう咲き始めている。

 いくら明かりが灯っていても、夜だからさすがに見えないけど。


 私は、リアナ・アステール。

 14歳。

 侯爵家の娘。

 趣味は剣と冒険。

 あとは外出。


 今日、ダンジョン『ミノタウルスの迷宮』から出た私は、そのまま騎士団長のザルタスに連れられて私の暮らす町にまで戻った。

 私の暮らす町はメーゼという。

 メーゼは、アステール侯爵家領の中心地たる領都だ。

 美しい湖に面して、町にはたくさんの水路があって、噴水もたくさんあって、麗しの水都などとも言われている。

 ダンジョンからメーゼは、馬で走れば1時間程度。

 ハッキリ言って近場だ。

 ダンジョンは、魔物の巣窟。

 たまに溢れ出してくるし、今回みたいな陰謀の現場にもなりやすい。

 危険なのだけれど、大きな町の近くにはたいていダンジョンがある。

 ダンジョンではたくさんの魔石が取れて、その魔石こそがエネルギーとして町の豊かな生活を支えているからだ。


「ファーかぁ。強かったなぁ。あの子となら、楽しく冒険とかできそうよねえ」


 今日は本当にすごい1日だった。

 遂に念願のダンジョンに入ることができて、思わず浮かれて、足元に浮かんでいた転移の罠に気づかなくて飛ばされて――。

 ミノタウルスに殺されかけて――。

 ファーが助けてくれた。


 ファーはすごかった。

 恐ろしく強かった。

 それだけじゃなくて、ゾクリとするほどに冷たくて透明で綺麗な子だった。

 しゃべれば、びっくりするくらいに普通の子だったけど。

 なのですぐに打ち解けられた。

 ただ、うん……。

 闇の女王にそっくりだったのには本当に驚いた。


 闇の女王……。


 それは伝承に残る恐怖の存在。


 存在したのは、今から1000年から3000年と言われるほど昔のことだ。

 アステール侯爵家もネスティア王国も、まだ生まれていない太古。


 今よりずっと世界には魔素が満ちていて、人々はその力を利用して、空の上や海の中も自由に動き回れていた時代――。

 ただ、その時代の『人々』とは魔族のことで、私たち人族は奴隷同然の、かなり立場の弱い存在だったそうだけれど。

 なので、『魔法文明時代』が正式な区分だけど、『屈辱の時代』なんて呼ばれることもあると家庭教師からは習った。


 今でも世界には当時の遺跡が残っている。

 浮遊島に、海底城――。

 私もワクワクして、たくさんの冒険記録を読んだものだ。


 太古の時代なのに――。

 世界は今よりも、ずっと発展していたのだ――。


 遺跡から発見される様々なアーティファクトは今でも凄まじい効果を発揮して、とんでもない高値で取引されている。


 1000年前の『大崩壊』によって――。

 世界に満ちていた魔素と共に、その文明は一夜にして壊滅してしまったけど。

 そして人族は混乱の中で団結し、北方大陸の魔族勢力を一掃し、自分たちの力で生きていく独立した存在となった。


 その『大崩壊』を引き起こしたと明記されているのが――。

 闇の女王。

 そう呼ばれる存在だ。

 彼女の氏名は記録にない。

 その容姿と共に、その存在だけ記録には残っている。

 かつての統一世界『大帝国』の、唯一にして無二の絶対たる支配者だったそうだ。

 ただ、そこまでの存在なのに――。

 ほとんど記録は残っていない。

 エルフなど長寿種の口から、わずかに話を聞ける程度だ。

 謎の存在でもあった。


 彼女は、多くの命を糧にして闇の神となり――。

 その時に彼女の存在は世界の因果から外れ、強制的に抹消されたのだ――。

 という説が今は強い。


 闇の女王の実体については学者たちの命題のひとつだ。



 確かなのは、現在の魔族が神として信奉していて、魔王となるためには闇の女王の祝福が必須だとされているということ。

 逆に人族は、邪神として扱っているということ。

 その2点くらいだ。


 その故もあって、魔族と人族は、すでに900年間――。

 『大崩壊』の混乱が収まり――。

 北方大陸に住む人族と、南方大陸に住む魔族が、その中間に広がるキナーエ浮遊島帯域で互いに互いを認識して以来――。

 おわらぬ戦いを続けている。

 戦況は互角。

 個別の戦闘力では圧倒的に魔族だけど、人族には数の優位と知恵がある。

 と、私は家庭教師から習った。


 とにかくファーは、その闇の女王の伝承の容姿そのままの子だった。


 私も本当にびっくりした。


 あの容姿では、本当に生きるには苦労したことだろう。


 いっそ魔族の国へ行った方がいいくらいだ。

 いや、それはないか。

 エルフは、魔族の間では魔力を伸ばせる高級食材だと聞いたことがあるし……。


 それなら人族の社会の方がいいだろう。

 昔は銀髪の人への迫害は強かったというけど、今から500年前に人々を疫病より救った伝説の大聖女エターリアが銀髪だったこともあって、今では偏見も和らいだ。

 金色の目だけ隠せば、露骨な嫌がらせは受けないはずだ。

 もっとも、ファーの銀髪は、キラキラとして普通よりもずっと綺麗なので、髪も隠さないと目立つことは目立つだろうけれど。


 それはともかく。


 ファーは強いのに、いい子だった。


 私はずっと友達がほしかった。


 お茶を飲みつつ、流行りの話に花を咲かせる室内の友達ではない。


 馬に乗って、剣を振って――。

 一緒にダンジョンを探索して、一緒に戦って――。

 アーティファクトを手に入れる――。


 そんな冒険仲間の友達だ。

 でも、うん。

 私のまわりに、そんな女の子はいなかった。


 付き合ってくれるのは、ザルタスを始めとする騎士の面々ばかり。

 それはそれで面白くはあるけど……。

 やっぱり同年代の友達がほしい。

 剣や魔術について、おとまり会を開いて、朝まで語りたい。

 私はずーっと、そう思ってきたのだ。

 ファーは、まさに理想の友達だった。


「ファー、町に来てくれるかなぁ……。会いに来てくれるといいけど……。もっと強引に誘っちゃうべきだったかなぁ……」


 私がぼやくと――。


 ずっと無言で脇に控えていた私付きのメイド、パンネロが言った。


「『未来視』されたのでしょう? それならば会えます」

「もー。パンネロは知ってるクセにー」

「ご自身で巻いた種ですよ。抜かずに咲かせてしまったのですから、会えると言い張っておく他はないと思いますが」

「うー」


 私はうめいて、うなだれた。

 そう。

 私には、ギフト『未来視』なんてない。

 そんなのはただ、外出したくて口から出たデマカセなのだ。

 なのでほとんどは外れている。

 ただ、うん。

 最初の1回、「お父さまの乗った馬車が強盗団に襲われる! 急いで追わないと!」は見事に的中してしまった。

 去年、私も王都に行きたくてついただけの嘘だったんだけどね……。

 他にも何回か、当たり障りなく言ったことが、それなりに当たってしまって……。

 信頼されてしまったのだ……。


 まあ、うん。


 いつ視えるかもわからない。

 抽象的なイメージが多くて、キチンと伝えられているかもわからない。


 という言い訳はしているので――。


 視てくれ!


 と言われたことはないし、外には秘密にされているので――。


 私は平和なんだけどね。


 むしろ思いっきり外出しやすくなって、この1年は楽しく過ごしてしまった。


 もちろん、ダンジョンに厄災が、というのも嘘。

 私はダンジョンに行きたかっただけなのだ。


 奇しくも当たってしまったけど……。


 本当に驚いたわね……。


「お嬢様、これはあらためての忠告ですが、悪いことは言いません。そろそろ自白するか、力を無くしたと言うべきです」

「でもー。そうしたら、もうダンジョンとか無理でしょー?」

「当然です。今回は死にかけたのですよね」

「うー」


 確かに死にかけたけど、ダンジョンにはまた行きたい。

 私は意外と恐怖に耐性があるようだ。


「あと、お嬢様。先程、楽しく冒険とおっしゃいましたが、今のままではザルタス様たちと行くのと変わりませんよ。ただのおんぶに抱っこです」

「そんなことはないわ。だって、私とあの子ならお互いに補えるし」

「何と何をですか?」

「そりゃ、決まってるわよ。あの子の武力と、私の地位と権力とお金と魔道具よ」

「それはその通りですね。失礼いたしました」

「ふふー。でしょー」



 話していると――。


 トントントン。


 ドアがノックされた。

 なんだろう、こんな夜の時間に。

 メイドのパンネロが、廊下に話を聞きに行ってくれる。

 パンネロは、すぐに戻ってきた。


「――お嬢様、お父君と叔父君がお呼びです。北の地に巨大なヒュドラが出現し、甚大な被害が出ているとのことです。その件でお嬢様に至急の願いがあるそうです」

「え……? それって、まさか……」





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