第8話 なにゆえに私は
「この度は、危ないところをお救いいただき、ありがとうございました。重ねて、先の失礼な態度をどうかお許し下さい。心より謝罪いたします」
倒れていたリアナの仲間の人たちを『ヒール』の魔法で助けたら――。
ザルタスさんたちに、揃って頭を下げられてしまった。
「い、いえいえー! いいですよ、そんなー! 当然のことをしただけですしおすしー!」
私は、それはもうあたふたさせていただきましたとも。
だって、人に頭を下げられたことなんてないし。
どうしていいのかわからない。
むしろ恐縮して、よくわからないけど謝りたくなるくらいです。
「……ねえ、おすしって何?」
リアナがたずねてくる。
しまったぁぁぁ!
ついゲーム実況のクセで変な語尾をつけてしまったぁぁぁ!
「い、いやね、おしすというのは、おっすしにます的な意味というか」
私は混乱した。
「ファー、死ぬなんて駄目だからね! 事情があるなら相談に乗るわ! 私、一方的に助けられるだけのつもりなんてないから!」
「え。あ」
リアナに手を握られて、私は少し我に返った。
「リアナ様、ひとまずは外に。ここではいつ魔物が現れるかわかりません」
ザルタスさんが言う。
「ねえ、ファー」
「は、はい」
リアナに真顔で見つめられて、私は思わず身を正した。
「私たち、友達になりましょ。ね」
「あ、うん……」
思わずうなずいてしまいました。
だってリアナの瞳が、グイグイと迫ってくるから……。
「よし! 決まりね! よろしく、ファー! 私、たとえ種族が違っても、どんな事情があろうとも友情は変わらないと誓うわ!」
なんてまっすぐに情熱的な子なんだろう。
眩しくすら感じる。
なにしろ私、日陰から日陰を渡り歩いてきた子ですし、おすし……。
ああ、おすし食べたい……。
なんてことを思って私が現実逃避していると……。
リアナがにこやかに私に言った。
「町に戻ったら、まずはたっぷりをお礼をさせて。お父さまにも紹介するわね。なんと言っても魔族を倒したんだもの。若き英雄よね! ね、そうよね、ザルタス」
「ええ。ファー殿の力は確かに拝見させていただきました。類まれなる実力かと。しかし、それとは別にお嬢様」
「ええ。なぁに?」
「お転婆は大概にして下さいませ。今回ばかりは本気で本当に危ないところでしたぞ」
リアナとザルタスさんの会話を耳に流しながら……。
私は大いに葛藤していた。
リアナについていって、この異世界の町に行くのかどうかだ。
リアナはお嬢様。
つまりは貴族で、かなり身分は高いのだろう。
そんな子からのお礼……。
お金がもらえたり、異世界の土地や家なんかをいただけるのかも知れない……。
すなわち、いきなり拠点ゲット、だ。
それは素晴らしい。
うん。
本当に、まさに王道の理想的異世界転移展開と言えよう。
ただ……。
ただ、だ……。
私が確信するところ、私の属性は完璧なる闇。
闇・オブ・ザ・闇。
なにしろ闇の力が祝福だった。
そんな私が、いきなりお嬢様だの貴族だのと関わればどうなるか……。
間違いなく素性は調べられる。
魔法や魔道具で、スパッと見抜かれる可能性は高い。
そうなれば……。
私は、下手すると超指名手配犯?
それどころか投獄?
死刑?
その可能性は、ものすごく有り得る……。
駄目だ……。
異世界の町とお礼には死ぬほど興味がありますが、死にたくはないのです。
「あ。えっと」
「どうしたの、ファー?」
「あはは。ごめんね、私、まだこのダンジョンでやりたいことがあってさ、ちょーっと町には行けないかなぁ」
「えー! そうなのー! なら私も手伝う!」
「それは、ごめん。無理かなぁ」
「失礼ですが、ファー殿。このダンジョンはご承知の通り、魔族の陰謀が巡らされていた場所。そのような場所でいったい何を……?」
ザルタスさんに思いっきり疑いの目を向けられたぁぁぁ!
どうしよう……!
なんにも言い訳が思いつかない!
「そのお……。撮影をしようかなぁと思いまして……」
仕方がないので正直に言った。
「サツエイ、とは?」
「えっと、こういうものを使いまして――」
私はスマートフォンをアイテムBOXから取り出して、皆さんに見せた。
不躾ではあるけど、「パシャ」と一枚写真を取らせてもらう。
するとフラッシュが焚かれてしまって皆さんを驚かせてしまったけど、それについてはリアナが取りなしてくれた。ありがとう。
で、撮った写真を、皆さんに見てもらう。
「この機械は、こうやって目の前の景色を記録することができるんです。私は、ダンジョンの様子を記録に取りたくて……」
「ダンジョンの研究者ということなのね! さすがはエルフね!」
真っ先にリアナが同調してくれた。ありがとう。
「う、うん……。そんなものなの……」
「でも、もう5日以上もここにいたのよね? まだ足りないの?」
もっともなことを言われた。
「それはね、えっとぉ……。機械の調子が悪くてぇ……」
我ながら苦しい!
どうしよう!
もう『緊急帰投』で逃げちゃおうかな……。
と思っていると――。
「わかった」
何故かリアナが納得してくれた。
「わかってくれたの……?」
私は思わず疑った。
「ええ。今、ほんの少しだけ感じたわ。近い内にファーは私の住む町――麗しの水都メーゼに来て私と繁華街を歩くの。その日を楽しみにしているわね」
「う、うん……。そうだね、その時には……」
「約束ね」
「うん。わかった」
握手を求められて、私は応じた。
「ファーが来ても絶対に敵視しないよう、兵士にはよく言い聞かせておくわ。だから安心して町に来て頂戴。じゃあ、またね」
リアナが身を返す。
そして、ザルタスさんたちを引き連れて、歩いていった。
「お嬢様、今のは『未来視』ですか?」
「ええ。そうよ」
そんな会話が消えて――。
やがてリアナたちの姿は、闇の中に溶けていった。
私は1人になる。
そして、なんとなく、ずーんと落ち込んだ。
だって、さ……。
せっかく友達になって、友達として誘ってくれたのに、それを拒否しちゃって……。
信じて、行ってみればよかったのに……。
そうすれば一気に……。
新しい世界が広がったのかも知れないのに……。
なのに私は、1人で暗いダンジョンにいることを選んじゃってさ……。
私はどうしてこうなんだろうね……。
でも、うん……。
信じて騙されて笑われるよりは、何倍もいいか……。
そう思うと――。
不意に嫌な思い出が蘇って――。
「よし! 頑張ろう、私!」
私は大きな声を上げて、力こぶを作って、元気を取り直した。
まずは、そう!
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