第7話 不滅の魔人アンタンタラスとの戦い


 渦巻く黒い霧の中で、ローブの男の人の姿が変容する。

 黒い礼装に身を包んだ彼の姿は、私のゲームやマンガの知識と照らせ合わせれば、高位の悪魔や吸血鬼と呼べるものだった。

 灰色の髮と、砂時計のようにくびれた赤い瞳。

 口からは牙が見えた。

 肌色は、まるで死者のように蒼白だった。

 その容貌は明らかに人ではないのに、でも、人にも通じる美しさがあった。

 私は思わず、イケメンだぁ、と思ってしまった。


 ただ、残念ながら危機感知は反応している。

 私、祝福すらもらっているのにね……。


 最後に黒い霧が収束して、漆黒のマントへと変わった。

 それで完成のようだ。


「さあ、見せて差し上げましょう」


 アンタンタラスの声に合わせて、私たちから離れたダンジョンの床に、青く輝く魔法陣のようなものが広がる。


「さあ、生まれいでなさい! 我が死霊の軍勢よ! 生まれて生まれてダンジョンより溢れ、この国を蹂躙する景気づけに、まずは麗しの水都を滅ぼしなさい!」


 勝利を確信したのだろう。

 アンタンタラスの哄笑が広間に響き渡る。


 魔法陣から怪しい光が溢れる。

 その光はやがて私にも届いた。


 途端、光は消えた。

 まるで、私の中に吸収されるように。


『闇の祝福(中)を得ました:経験値+30000』

『レベルアップ』


 どうやら「まるで」ではなく、本当に祝福として受け取ったようだ。

 ユーザーインターフェースを見ると……。

 経験値バーがどんどん伸びて、伸び切ったところで更新して……。

 また伸びていって……。

 その度に、レベルが上がっていく。


 空間には、ただ沈黙だけが広がる。


「な、なんなんだ……。これは……」


 やがてアンタンタラスが、愕然とした顔で弱い声を漏らした。


「好機! 一気に魔族を倒すぞ!」


 ザルタスさんが叫ぶ。


「「「応!」」」


 その声に騎士たちと魔術師たちが応じた。


「私もやるわ!」


 リアナも剣を構えて前に出ようとしたけど、即座にザルタスさんに「お嬢様は動かずに!」と迫力のある声でたしなめられた。


「う。なによぉ、もう」


 さすがのリアナも意気をくじかれたようだ。


「ファイヤー・ボール!」

「ファイヤー・ボール!」


 2人の魔術師が火の玉を放つ。


「いくぞおおお!」

「うおおおおお!」


 続いて騎士たちが突撃する。


 一気に形成は逆転して、アンタンタラスは劣勢に――。

 なるかと、一瞬だけは思えた。

 だけど現実は違った。


「舐めるな! 100年も生きておらぬ、ザ子供がぁ!」


 アンタンタラスの放った黒い波動に、全員が吹き飛ばされてしまったのだ。


「リアナ! ……大丈夫?」


 私は慌ててリアナだけは受け止めた。


「うん……。なんとかね……。ファーは平気なの?」

「なんとか、ね」


 ごめん、なんにも感じなかったです!

 だけど私も少しは空気が読めるので、それは言わないでおいた。


「さて、まずはおまえだ」


 アンタンタラスの鋭い眼が私のことを見据えた。


 え。


 なんで?


 と私は思ってしまったけど……。


「夜の衣をまとい、星よりも輝く銀色の髪に、月よりも輝く金色の瞳……。かの御方の姿を真似るなど、断じて許されることではない。貴様には、その愚行を闇の底で後悔させてやろう。決して滅することのない永遠の死霊として、な」

「待って! まずはその御方って人のことを教えてもらえると――!」


 リアナを横に退けて、私は両手を前に出した。

 止まって、のポーズだ。


「死になさい!」


 刃のように尖った爪を振りかざして、アンタンタレスが跳んできた。


 それは本当に一瞬の出来事だったけど――。

 なぜか私には、妙にゆっくりと見えた――。


 スキル『自動反応』が、手のひらで爪を受け止めて、握って砕いた。


「なっ」


 アンタンタレスの反応は早い。

 驚愕の表情を浮かべると同時に距離を取った。


 でも――。


 次の瞬間には、私の手刀がアンタンタレスの胸に突き刺さっていた。

 さらに手を握って何かを掴む。


「ぐ……。が……。バ、バカな……。貴女は――。まさか――。そん、な――」


 私は手を引き抜くと、握っていた黒い球体を無造作に放り投げた。

 球体は転がって広場の奥に消える。

 勝負はついた。

 アンタンタレスの体が、まるで霧のように散っていき――。


『賢者アンタンタラスを倒しました:経験値+6000000』

『レベルアップ』


 ユーザーインターフェースに無慈悲なログが流れる。


「ふう」


 体の動きを取り戻して、私は息をついた。




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