第4話 ミノタウルスとのリベンジマッチ
ともかく、ヒロが無事でよかった。
トラックの運転手さんも無事だといいけど……。
救急車を呼ぼうとしていた人もいたし、大丈夫だよね、きっと。
「あーあ。私はどうしよう」
私は途方に暮れた。
お腹も空いた。
手に持っていたはずのハムと食パンと炭酸水が入った袋も消えちゃったし。
ところが。
私は、なんとなくユーザーインターフェースを開いて気づいた。
む。
アイテムBOXなるものが画面に出ている!
見れば中に……。
スライスロームハムx30。
5枚切り食パンx30。
500ml炭酸水x4。
ビニール袋x2。
スマートフォンx1。
の表記が!
まさに私がスーパーで買ったものだ。
我ながら、半額シールがついていたからって食パンは買いすぎたね……。
まあ、いいや。
とにかく食べよう。私の空腹は限界なのだ。
アイテムBOXからのアイテムの出し入れは簡単だった。
念じるだけ出てきた。
早速、食パンにハムを乗せて。
と、いけませんよ!
私は走って1階のキッチンに下りて、冷蔵庫からマヨネーズを持ってきた。
ハム乗せ食パンにはマヨネーズ!
欠かせないよね!
ぱくぱく。もぐもぐ。
「ふう」
ハム乗せ食パン3枚に炭酸水1本を開けて、私は満足した。
次は一休みしたいところだけど……。
のんびりしている暇はない。
あんな事件の後だし、ヒロが学校に戻らず、そのまま帰宅してくる可能性がある。
そうなれば鉢合わせだ。
今の私は、外見的には完全に、この家の家族ではない。
ただの不審者。
居合わせたりなんてしたら通報される。
幸いにも眠気はなかった。
私、耐久配信で力尽きたはずなんだけど、そのダメージはなかった。
私はすぐに次の行動を定めた。
Tシャツを脱いで、短パンを脱いで、下着姿に戻って――。
ドレスを着直した。
このままに家にいるより、いったんミノタウルスの迷宮に逃げるべきだろう。
ダンジョンで、どうするか考えよう。
それしかない。そう思った。
ダンジョンは怖いけど、ヒロと鉢合わせするよりはいい……。
着替えをおえて、私は部屋を見渡す。
行くにしても、何か持っていった方がいい気はする。
スマホはある。
アイテムBOXから取り出して動くことを確認した。
「む」
ここで私は閃いた!
どうせダンジョンに行くのなら、撮影することはできないだろうか。
美少女さんの異世界ダンジョン動画。
ウケる気がする……!
なんといってもリアルというか本物なのだし!
ともかく家族に手紙を書いた。
---
ちょっと撮影の旅に出ます。
探さなくていいです。
私、人気配信者になるから高級車は期待していて下さい。
カナタ
---
よし、これでいいだろう。
「ふふふ。まさに、私の人生はこれからだ、だね!」
本物のダンジョン動画なんて……。
100万再生どころか1億再生にも届いてしまう気がする。
そうなれば登録者数もバク伸びして、チャンネルの収益化は確実だろう!
いったい、いくらもらえるんだろうね……。
ふふふ!
楽しみすぎるっ!
あとは、何を持っていくかだけど……。
うーん。
モバイルバッテリーくらいかなぁ、と思ったけど……。
私はそもそもモバイルバッテリーを持っていなかった。
自撮り棒も持っていない。
配信者といっても、ゲーム実況以外はしたことがないしね……。
「まあ、いいか」
これ以上のんびりしていると、本当にヒロが帰ってきてしまうかも知れない。
マヨネーズだけ、パンやハムと共に持っていくことにした。
お徳用の大サイズなので、パンがなくなるまでは余裕で持つだろう。
私はユーザーインターフェースを開いた。
サブメニューの『魔法』を選択して――。
閉じた。
代わりに叫んでみた。
「転移、ミノタウルスの迷宮!」
すると発動した!
わかっていればメニューを開く必要はないようだ。
私の体は再び闇の渦に包まれて――。
次の瞬間には、高い柱の立ち並んだ薄暗い迷宮の広場に降り立っていた。
すぐに危険感知に反応が出た。
同時に女の子の声が聞こえた。
「来るな……。来るなぁ……!」
力を振り絞って最後に叫ぶような、そんな必死の悲鳴だった。
声がした方向に目を向けると――。
倒れて動けないらしき女の子に、今まさにミノタウルスが巨大な棍棒を無慈悲に振り下ろそうとしているところだった。
ど、どうしよう。
助けられるなら助けてあげたいけど……。
私がそう思うと、あ。
スキル『自動反応』が、私の意思にまさに自動的に反応してしまった。
けっこう敏感なのね……。
私はまたも、トラックの時と同じように――。
危機に瀕した誰かの前に立った。
またもに迫りくるミノタウルスの棍棒を私は受け止めて、横に払い落とす。
次の瞬間には棍棒の上を走っていた。
一気に加速して、ミノタウルスの顎を蹴り上げる!
そこから空中で一回転。
着地して、跳躍。
今度は低い姿勢から、ミノタウルスの胸に渾身のストレートパンチを叩き込んだ。
ミノタウルスは吹き飛ばされて――。
ズドーン。
背中から床に倒れて、大きな音と共に地面を揺らした。
そこまでが一拍の動作だった。
スキル『自動反応』が終了して――。
私は我に返った。
つよ!
圧倒的じゃないか、私は!
自分のことながら、あまりの出来事に私は驚いた。
ただ、ミノタウルスはまだ負けていない。
怒りの声と共に身を起こそうとしている。
ただ体が麻痺しているのか、すぐには立ち上がれない様子だった。
なんてタフな!
まあ、うん。
蹴って殴ったくらいでは、さすがに倒せないのは当然かも知れないけど……。
それでも逃げる時間は稼げた。
私は女の子に目を向けた。
見たところ、女の子はかなりの怪我を負っている様子だった。
重傷な気がする……。
自力では、すでに立ち上がれそうにない。
女の子は、年齢は10代の半ばくらい。
今の私と同年代に見える。
下はスカートにブーツ、上はシャツに革の部分鎧。
兜はしていない。
全体として、世間知らずのお嬢様がとりあえず武装してみました、みたいなチグハグさを感じる格好だった。
女の子のそばには細身の剣が落ちている。
彼女のものだろう。
刃に血はついていない。きらりと輝いて綺麗なままだった。
ともかくどうして、女の子が1人でダンジョンにいるのか。
私みたいに、なんとなく偶然、ということは、さすがにないだろう。
もしかして、追放……?
見捨てられた?
あるいは、仲間が壊滅して……?
そうだとするなら、どう声をかければいいのか。
私が戸惑っていると――。
弱々しい眼差しで私のことを見上げた女の子が、必死に言葉を発した。
その言葉を私は理解することができた。
「星の光の髮……。満月の瞳……。そ、そんな……。まさか伝説の闇……。あああ」
女の子はそう言うと……。
絶望に染まった表情で意識を無くしてしまいました……。
まさかって、なに……?
伝説の闇とか……。
いや、うん。
正直、思い当たる節はある。
私の種族名とかね……。
私が呆然としていると、ついに立ち上がったミノタウルスが、今度は両手で私のことをサンドしようとしてきた。
スキル『自動反応』が対応してくれた。
ミノタウルスの両手よりも早く、私は身を返すと前に跳んだ。
そして、腕を弾き飛ばして――。
無防備になったミノタウルスの首を、手刀で突いて、貫いた。
さらに、力任せにミノタウルスを押し倒して――。
手刀をめり込ませる。
ミノタウルスの血走った目が私を捉えた。
その目に映る私は、まさに人形のように完全に無表情だった。
まあ、うん。
自動的に動いているわけだしね……。
私がぼんやりとそんなことを思う中、ミノタウルスの命脈は尽きたようだ。
ミノタウルスの体が霧のように霧散して消える。
ミノタウルス体が消えるのと同時に心地よい音を立てて床に落ちるのは、黄色い光を中央部に渦巻かせるテニスボール大の透明な石だった。
……ああ、やっぱり、ここは異世界のダンジョンなんだなぁ。
その石を拾い上げて、私はそんなことを思った。
ちなみにミノタウルスが消えて、私の手や服についた血も消えてなくなった。
すべてが幻影だったかのようだ。
勝手に起動したユーザーインターフェースには今、
『ミノタウルスを倒しました:経験値+1000』
『レベルアップ』
との嬉しいメッセージが流れているけど……。
生き物の体を貫いた感触が気持ち悪くて、喜ぶ気分ではなかった。
恐怖は不思議なほどなかったけど。
大きな生き物を殺すなんて生まれて初めての経験なのに、妙に慣れている感覚があって特別なことをした気持ちにはならない。
虐殺……。
しちゃってたのかなぁ、この子……。
私はふとそんなことを思った。
ただ、そうした気持ちは、すぐに目の前の出来事に取って代わられた。
なにしろ足元で、女の子が瀕死になっている。
この子をどうするのか、まずは決めないといけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます