第5話 リアナ・アステール
見捨てて逃げようという考えはさすがに浮かばなかった。
とはいえ私は医療のプロではない。
しゃがんで間近で様子を見ても、具体的な怪我の症状すらわからない。
私はユーザーインターフェースを起動した。
そう。
カナタとしてはわからなくても、ファーとしてならあてがあった。
私に搭載されたゲーム的な成長システムから推察するならば、きっと魔法やスキルに回復の手段があるはずなのだ。
私は『習得』の画面を開いて回復の手段を探した。
魔法ツリーに目を向けて、すぐに『ヒール』の項目を見つけた。
SPを1ポイント消費することで覚えられそうだ。
レベルアップしたお陰でSPは2になっていた。
ボタンをポチポチと押して――。
私は『ヒールⅠ』を習得した!
SPを2消費すれば『Ⅱ』に上げられるようだけど……。
残念ながらポイントが足りない。
ただ、ランク『Ⅰ』でも、ヒールはヒール。
効果はあるはずだ。
すぐに使ってみる。
ユーザーインターフェースの『魔法』欄から、ヒールを選択して――。
手のひらを掲げて、目の前の女の子に対象を指定する。
ヒール、使って……!
念じつつ実行ボタンを押すと、素直に魔法は発動してくれた。
私の手のひらから広がった光が優しく女の子を包んだ。
私は固唾を飲んで様子を見守る。
元気になってくれるといいけど……。
やがて光が収まると……。
なんと女の子の傷は、綺麗に治っていた!
魔法すごい!
これは、アレですね……。
動画よりも、この魔法を有効活用した方が大金持ちになれそう……。
なんていう即物的なことを私が考えていると……。
「う……。うう……」
女の子は無事に意識を取り戻したようだ。
女の子が、ゆっくりと目を開ける。
「大丈夫?」
私は間近で声をかけた。
「ひっ……!」
女の子は私に目を向けると、まるで悲鳴のような声をもらした。
「待って! 私、そーゆーのじゃないから! 無害なただの無職だからぁ!」
私の言葉が少しは通じたのか……。
女の子は大声で叫んだりせず、ぼんやりと私の顔を見つめた。
女の子はしばらくすると、自分の体に目を向けて驚いた声を上げた。自分の体が癒やされていることに気づいたようだ。
「ねえ、貴女の名前を教えて?」
私はできるだけ優しく聞いた。
「私? 私はリアナ――。リアナ・アステールって言うんだけど――。私のことは、貴女が助けてくれたのかしら?」
「うん。そうだよ」
ちゃんと答えてくれたことにほっとして、私は肯定した。
「もしかして……。生贄……?」
何その嫌な予測検索!
「ちがうからねっ! 本当に助けただけだからねっ!」
私が繰り返して無害をアピールすると――。
ようやく女の子、リアナは納得してくれた。
「そっか――。それはどうも、ありがとう。伝承の姿そのままだったから、つい闇の女王が現れたのかと思っちゃって――。そんなこと、あるわけがないわよね――。伝承だと、闇の女王には近づくこともできず、視界に入るだけで人間なんて塵になるっていう話なんだし……。それなら私は生贄以前に死んでいるわよね……」
「あはは。ちゃんと生きてるよねー」
闇の女王って、まさか美少女さん――ファーエイルさんのことじゃないよね……。
私は笑いつつ、内心では思きり焦った。
だってそれだと、まさに私ということになってしまう……。
でも、うん。
きっと違うだろう。
種族名はいったん横に置いて……。
ファーエイルさんは、陽気で人懐っこい感じのボクっ子だったし。
視界に入るだけで人を塵にするタイプではなかった。
リアナは身を起こすと、その場で正座した。
私も何となく向き合う。
「あらためて、助かったわ。私も名前を聞いていい?」
「私は、ファーという者だけど……」
「ファー、本当にありがとう」
「どういたしまして」
私はリアナの様子を伺う。
リアナは自然に笑顔を浮かべていた。怯えた様子はどこにもない。
ファーという名に問題はなさそうだ。
つまり、闇の女王とファーエイルさんは別人なのだ。
よかった!
「ところでファーは、どうしてこんなところにいるの?」
逆に聞かれた。
「私? 私はアレだよ、アレ……。動画とか、チュートリアルとかでね……」
いかん……。
わけがわからないと言った顔をされている!
「まあ、私は散歩みたいなものだよ!」
「散歩? このダンジョンは、5日前から閉鎖されているはずだけど……」
「その前からね!」
「そうだったの。森から出たエルフは冒険に慣れているのね」
「エルフ?」
「違うの?」
「あ、ううん! そうかもそうかも! あははー!」
そういうことにしておこう!
「ねえ、そういえば、ファーってエルフなら、実は100歳とかなの?」
「私?」
「うん」
「それはないけど……。普通に見た目通りだよ」
言ってから、あ、しまったと思った。
私の見た目は今、若いのだった。
「そっか。それなら同年代ね。ファーって普通に呼んでいいわよね」
「あ、うん」
「それでファーは、どうしてこんなところにいるの?」
「それはこっちの質問だよ。私は平気だけど、リアナは死にかけていたよね? どうして1人でこんなところに来たの?」
「私は、いろいろあってね――」
リアナは口ごもる。
様子を見る限り、追放されたとかではなさそうだけど……。
だけど理由を聞く暇はなかった。
「ごめん。待って」
私はリアナの言葉を遮って、彼女の前に立った。
「どうしたの……? また魔物……?」
細身の剣を拾ってリアナも立ち上がる。
「多分――」
私のスキル『危機感知』が反応している。
何かが早い速度で近づいてくる。
数は、なんと10。
どうしようか――。
私はいざとなれば『緊急帰投』でいいけど、それだとリアナが殺される。
とにかく何が来るのか、見てみるしかない。
倒せそうならいいけど――。
「これがダンジョンなのね……。知っているつもりはでいたけど……」
リアナが不安げに、細身の剣を構えた。
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