第3話 妹の危機!?

 私は走った。

 すると車道を進む自動車と並走してしまって、運転手さんにそれはもう驚いた顔をされて、これはすぐに駄目だと思った。

 恐ろしいことに私、ランニング程度の感覚で時速50キロは出せるようです。

 ただ幸いなことに速度の調整は簡単だった。

 初めての体なのに、昨日までの私と同じように動かすことができる。

 私は自然な感じにまで速度を落とした。


 ただそれだと、妹に追いつけない。

 なにしろ向こうは自転車で、必死に漕いでいた。


「うーむ」


 どうしようか。


 私は考えて、いいことを思いついた。

 私は周囲の目を気にしつつ……、まわりに人が少ないことを確認して、ヒョイと道路沿いの建物の屋根に飛び乗った。

 いや、うん。

 本当に、よくできたな、というか、よくやろうとしたね、という話なのだけど……。

 不思議と可能なのはわかった。

 自分の体のことだから、ということなのだろうか。


 ともかく屋根の上なら人目はない!


 この体の性能を確かめる意味も込めて、私はまさに忍者のように……。

 最初こそおそるおそるだったけれど……。

 すぐに慣れて、屋根から屋根へと飛び跳ねて妹の後を追った。


 妹には駅近くの交差点で追いついた。


 妹は駅前の駐輪場に自転車を止めると、さらにスカートを翻して走って、そこで待っていた友達と合流する。

 その子は、他の学校の制服を着ていた。

 私はその子のことを知っている。

 クルミちゃんという、ヒロとは小学生時代から友達だった子だ。

 昔はよくうちにも来ていた。


 最近は、うん……。

 私が引きこもったせいかも知れないけど……。

 来ていなかったけど……。


 ともかく2人はさらに走っていく。


 2人が向かう先には、自撮り棒を持った金髪の若い男の人がいた。

 まわりにはたくさんの――。

 というほどではないけど、多少の人だかりがあった。

 どうやら有名な配信者が、わざわざこの町に来て、生放送か動画収録を行っているようだ。


 誰なんだろう……。


 じーっと見つめると、まるでズームするように、私の目は遠間からでも金髪の男の人の顔をよく見ることができた。


「えええ……」


 私は正直、悪い方向で驚いた。

 そこにいたのは、確かに登録者120万人を誇る人気の配信者だ。

 私も知っている。

 名前は、パラディン北川。

 通りすがりの他人に不躾な質問をしたり、突撃取材といって仕事の邪魔をしたり、飲食店で食事をマズイと叫んだり、イジメみたいなゲームをしたり……。


 とんでもないことばかりしているのに――。

 なぜか人気はある。


 私は大嫌いだったけど。


 そんなパラディンの元に急いで、ヒロは卵でも投げつけて「この町から出ていけ!」とでも言うつもりなのだろうか。

 そんなことになったら大喧嘩になる。

 というか晒される。

 人気配信者に、『敵』として。

 幸いにもパラディン北川は、外での活動については動画投稿が中心だ。

 なのでリアルタイムに晒される心配は少ないし、非難が殺到して他人の顔にはモザイクがかかるようになっているけど……。

 それでも晒されれば、声や制服で特定されるかも知れない。


「どどど、どうしよう!」


 ビルの上から様子を見つつ私は混乱した。


 ああ!


 迷っている内、ヒロとクルミちゃんがパラディン北川のところに駆け寄って――。

 え。

 なんと照れながらも握手を求めた!

 パラディン北川が握手に応じる。

 クルミちゃんは大はしゃぎ、ヒロは静かだったけど嬉しそうだ……。

 まさかファンなの!?

 学校から抜け出して会いに来るほどの!?


 見ている限り……。

 どうやらそうらしい……。


 そんなバカな……。


 私は、真面目で優等生な妹の思わぬ事実に愕然としてしまった。


 あああああ!


 パラディン北川が、いかにも胸を揉むような手つきをヒロに向けたぁぁぁ!

 さらにはスカートをめくる仕草までぇぇぇ!

 仕草だけで、実際にやったわけではないけど――。

 ヒロは、嫌がっていない!

 むしろ嬉しそう!?

 どうしちゃったの、ヒロぉぉぉ!


 私の心の悲鳴は、もちろん届かない。


 その時だった。


 急に目の前にメッセージウィンドウが開いた。


『危機感知』


 ヒロの貞操の危機! と、私は反射的に思ったけど――。

 ちがうようだ。

 同時に矢印も現れて、パラディン北川とヒロたちがいる少し先を示した。

 そちらに視線を向けると――。


 え。


 マーカーがついているの、大型トラックなんですけど!

 運転席のおじさん、ふらついたと思ったら、意識を無くしたのか目を閉じてハンドルにもたれかかったんですけど!

 ビィィィィィィ!

 トラックからクラクションが激しく鳴り響いた!


 その音にパラディン北川が気づいた!


 パラディン北川は悲鳴と共にヒロを突き放すと、身を返して逃げようとした。

 突き飛ばされたヒロがよろめいて――。

 あああああ!

 転んじゃったぁぁぁぁ!


 このままでは、ヒロが真っ先にトラックに潰される!


「そ、そうだ!」


 私は、つい先程、自分でセットしたスキルのことを思い出した!


「危機対応!」


 叫ぶと発動した。


 私の体は動いた。それは自動的なものだった。

 転移魔法を発動。

 次の瞬間にはヒロの前に立って、片手で激突するトラックを受け止めた。

 受け止めて、トラックを横に倒す。

 そこまで動いて、スキル『自動反応』は終了した。

 私はハッと我に返った。

 振り返れば、妹のヒロが呆然とした顔で私のことを見上げていた。


「大丈夫?」

「は、はい……。あの、ありがとう……ございました……」


 私は手を伸ばして、とにかくヒロを立たせた。

 それからじっとヒロの顔を見つめる。

 顔に傷はついていない。

 視線を体に下げても、怪我をしている様子はなかった。


 安心したところで、私は周囲の目に気づいた。


 空回りを続けるトラックのタイヤが、自然に止まろうとする中――。


 まわりにいた人たちが、みんな私を見ていた。真っ先に逃げようとしていつの間にか転んでいたパラディン北川も含めて。


 ねえ、今の見た……?

 あの子、手でトラックを止めた、よね……?


 めっちゃ綺麗な子だね……。

 そんなこと言ってる場合じゃないよね……。確かに綺麗だけど……。


 ねえ誰か、警察呼んだ方がよくない……?

 救急車も……だよね……。



 居合わせた人たちの囁き声が聞こえる。


 私は再び我に返った!


 ま、マズイ……。


 無職なのに、思いっきり目立ってしまったぁぁぁぁぁ!

 職質されたら超困るんですけどぉぉぉぉ!

 しかも……。

 あああああああああああ!

 目の前に妹がいるしぃぃぃぃぃぃぃ!

 ヒロは差し伸べた私の手を握ったまま、私のことをジッと見つめていた。


「あの、失礼ですが、お名前をお伺いしても……?」


 ヒロが私にしゃべりかけてくる。


「え。あ。私?」

「はい」

「私は、その、ファーだけど……」

「ファーさん。可愛くてカッコよくて、素敵なお名前ですね」


 嘘つけぇぇぇ! 心にもないことをぉぉぉぉ!

 私は心の中で叫んだ!


 ファーという私の名前を「ふぁ? 意味不明。カッコわる。だっさ」と誰よりバカにしたのはヒロ本人に他ならないことを私は覚えている!


「それよりも、ちゃんとファンになるなら相手は選びなさい」


 私は葛藤を抑えて大切なことを伝えた。

 妹が迷惑系配信者に弄ばれるような未来は考えたくもない。


「はい。わかりました。ファンになります」


 妹は素直にうなずいてくれた。

 よかった。


「それで、あの……。ファーさんはいったい、どういうお方なのですか?」

「え」


 い、いかん!

 ついお姉ちゃんぶってしまったけど、私は私ではないのだった!


「ねーねー! 君、今、俺を助けてくれたんだよね!? 君、どこの誰なの? 可愛いね! 詳しい話を聞かせてよ!」


 パラディンまでもがやってきたぁぁぁ!

 しかもスマホで撮影しようとしている!


 緊急帰投ぉぉぉぉぉ!

 逃げてぇぇぇぇ!


 私は心の中で叫んだ!


 すると再び、転移魔法が発動する。


 私は闇の渦に包まれて――。


 自宅の自室に戻った。


「助かったぁ……」


 私は胸をなでおろして、部屋の床にへたり込むのだった。






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