第2話 謎の誰かになりまして

 私はもともと、パッとしない子だった。

 残念ながらルックスで勝負できる子ではなかった。

 なので配信を頑張っても顔出しはしてこなかった。

 お金もないので、バーチャルな配信者になることもできなかった。

 だから配信者としては、ゲームプレイとトーク力で勝負していた。

 まあ、はい。

 惨敗続きでしたが……。

 一昔前ならね、女の子というだけでチヤホヤされたそうだけど、すでに現代では女の子の配信者なんて溢れかえっているのです……。


 だけど今、鏡に映る私は凄まじい。

 どこからどう見ても美少女だ。


 さらさらと流れる青みがかった銀色の髪、輝く金色のまなざし。

 華奢な体。シミひとつない肌。

 少しだけ尖った耳。


 その冷然とした美貌は、幻想世界のエルフといっても通じるくらいだ。


 笑ってみたり、つねってみたり、いろいろと試して――。


 間違いなくこれは自分だと認識した私は――。


「え。これ……。どうしよう」


 正直、途方に暮れた。

 これなら勝てる! という喜びはなかった。

 だって、さ。


 これ、完全に私じゃない。

 ということは、この家の子ではないということだ。

 追い出される……。


 行く宛てなんて、あるはずもないのです。

 貯金もありません。

 つまりは絶望なのです。


 今はまだお昼の時間なので、お父さんとお母さんは仕事に出ている。

 高1の妹は学校だ。


 だけど夕方、家族が帰ってきたら大変なことになる。


 私は完全に不審者。下手をすれば泥棒だ。


「ななな、なんとかしないとぉ!」


 絶望の中、私はふと思った。


「そう言えば……」


 私には、何か能力があるらしい……?

 ミノタウロスの攻撃にも意外と平気だったし……。

 緊急帰投?

 転移魔法もあるとか言っていたような?


 とりあえず『ステータスオープン』的に念じてみると――。

 見事に目の前に、まさにゲームのようにユーザーインターフェースが開いた。


 画面上にはHPとMPとSP、経験値とレベルのバーがあった。


 私のHPは1000。

 MPも1000。

 基準はわからないけど、すごい数字な気はする。


 SPは0。

 これはスキルポイントだろうか。

 0ということは、今は何も覚えることができないということなのかな。

 残念。


 レベルは1。

 経験値は0だった。NEXTは1000とある。

 かなり遠い気がする……。


「うーむ。ミノタウルスを倒せばよかったかなぁ」


 そうすれば、いきなりレベルアップできたのかも知れない。

 まあ、うん。

 怖すぎて、とても無理だったけど。


 私は、『ステータス』の項目を開いてみた。

 こんな数字が出てきた。


 STR:1000/1200000

 DEX:1000/1200000

 AGI:1000/1200000

 INT:1000/1200000

 POW:1000/1200000

 CON:1000/1200000


 STRは筋力、DEXは器用さ、AGIは敏捷性、INTは知力、POWは精神力、CONは耐久力のはずだ。

 最大値と比べて現数値がとても低いけど、これはどうなんだろう。

 1000ってすごくないんだろうか……。

 いずれにせよ、思いっきり伸び代はあるようだ。


 それにしても全部同じ数字とは……。

 無個性だね、私!


 あとステータスには種族情報等も出ていた。


 名前:ファー/ファーエイル・エイス・オーシ・セルファ・ザーナス

 年齢:18

 性別:女

 種族:ドール:ザ・ロード・オブ・ダークネス

 職業:なし


 名前は2つあった。

 元の彼女の名前も継承しているようだ。

 ファーというのは共通なので問題はないだろう。


 年齢性別は私のままのようだ。


 職業は正確には、なしではなくて配信者なのだけれど……。

 収益化は、まだできていませんが……。


 種族は、なんだろう……。

 ロードは支配者や君主。

 ダークネスは闇。

 つなげて、闇の支配者という意味でいいのだろうか……。

 なんか、うん、恐ろしくすごそうだね……。


 まあ、うん。


 ドールと先についているので、まさに『ガワ』なのだろうけど。

 ドールとは、人形の意味でいいよね。

 うーむ。

 とはいえ鏡で見つめる限り、まったく人形には見えない。

 普通に美少女だ。

 息もしているし、肌に感触もある。

 それほどの超高性能ということなのだろうか。

 ユーザーインターフェースを内蔵しているくらいだし。

 まあ、いいか。

 深く考えるのはやめておこう!

 とりあえず私は元気です。



 トップ画面に戻って、今度はメニュー欄から『魔法』のカテゴリーを開いた。

 すると『テレポートⅩ』の文字が現れる。

 これが転移魔法だろう。

 Ⅹは10の意味で、10段階の強化がされているということのようだ。

 説明書きによれば、テレポートの魔法はランクを上げるほどに飛距離が伸びて、最大の10段階まで上げれば異世界転移も可能となる。


 ちなみに『魔法』カテゴリーには、他の魔法は表示されていなかった。

 他には何も覚えていない、ということなのだろう。

 メニューには『習得』もあったので、覚えることはできそうだけど。


 とりあえずお試しで、『テレポートⅩ』をタゲってみた。

 すると小画面が開いて――。

 登録先一覧――。


 羽崎家の自室。

 ミノタウルスの迷宮。


 2箇所の転移可能な場所が表示された!


 ミノタウルスの迷宮って、私が飛ばされたところだよね、きっと。

 ミノタウルスがいたし……。


 試しに自宅の方をタゲってみると――。


 実行しますか? 消費MP100。

 と出た。


 私は実行せずにサブメニューの『魔法』を閉じて、トップ画面に戻った。


「……できれば、身の安全を確保する何かがほしいなぁ。何かないかなぁ。あればミノちゃんに挑戦してもいいけど」


 適当にメニューを流してみた。

 そして、サブメニュー『スキル』の中にアクティブ状態の項目を見つけた。

 それは『自動反応』という名前のスキルだった。

 タゲってみると項目が出た。


 危機感知。

 危機対応。

 緊急帰投。


 私が助かったのは、この緊急帰投のおかげだろうか……。

 緊急帰投にだけチェックが入っているし……。

 白文字で使用可能な様子だったので、危機感知と危機対応にもチェックを入れた。

 これで、うん。

 安全度は大幅に増したのではなかろうか。


 少し安心できたところで、ぐりゅううう、と、お腹が鳴った。

 私は空腹のようだ。

 人形といっても本当に昨日と変わらない私のままな気がする。


 部屋から出て階段を下りて、1階のキッチンに向かう。

 私の家族は優しい。

 私の配信者生活を応援してくれて、お昼のご飯も用意してくれている。


 収益化して大金持ちになったら高級車を買ってね。

 とお父さんとお母さんには言われている。

 72時間耐久配信をやると言った時にも、心配こそされたけど、頑張ってみんなに認められてねと応援してくれた。


 妹には、うん、かなり冷たい目を向けられたけど……。

 思わず目を逸らしてしまった私ですが……。

 妹のヒロは、運動も勉強も優秀で、真面目で努力家なすごい子なのです……。

 漢字では陽路と書く通り、日向に生きる子なのです。


 まあ、それはともかく、まずは食事を取ろう。

 今日のお昼は何かなぁー。

 と思ったら……。


 テーブルには1000円札と書き置きがあった。


 書き置きにはこう書かれていた。


---


 おはよう、カナタ。

 配信お疲れ様。

 いつ食べるかわからないので、今日のお昼はなしにしました。

 好きなものを買ってきて下さい。


 お母さんより


---


 ちなみに私のリアルでの氏名は羽崎彼方という。

 彼方だけに、遠く。

 なので、ネットの名前はファー。

 安易です。


 それはともかく……。


 そんなバカな……。

 よりにもよって今日、お昼なしなんてぇ……。


 私は絶望して、それでもご飯くらいはあるかなぁーと炊飯器に目を向けたけど、炊飯器は夕方に予約中だった。

 冷蔵庫の中にも、簡単に食べられるものはない。

 いや、うん。

 シュークリームはあったけど……。

 ヒロと、妹の名前が書かれている!

 こんなの、食べたらどんな目に遭わされるかわからない!


 頑張って自分で何か作ってみようかなぁ……。

 とも思ったけど……。

 私が作ると、卵焼きですら真っ黒になるのです、悲しいことに。


 私は迷った末、家を出てコンビニまで行くことにした。

 私は引きこもりの無職ですが、外出もたまにはしているのです。

 余裕なのです。

 せっかく1000円もあるしね。


 ただその前に、服を着替えねば。

 今のドレス姿は、カッコいいし可愛いけど、いかにもファンタジー世界の住民といった感じで、さすがに目立ちすぎる。

 まずは、履いたままだった靴を脱いだ。


 次に、破らないように気をつけつつ、丁寧にドレスを脱いだ。

 服の下は、ちゃんと下着だった。

 なかなかに官能的なデザインのものでしたが。


 ドレスのかわりに着たのは、ベッドの上に脱ぎ散らかされていたシャツと短パンだ。

 我ながら適当だけど、地味で目立たなければいいのです。

 サイズ的には幸いにも問題なかった。


 帽子もかぶった。

 普通のキャップ帽なので、大して銀髪は隠せないけど、ないよりはいい。


 玄関で靴を履き直して――。


 さあ、出陣だ。


 玄関から顔を出して……。

 右を見て、左を見て……。

 ご近所さんがいないことを確認してから……。

 よし!

 焦ることなくゆっくりと外に出る!

 完璧だ!


 あとは普通に歩いた。

 走ってはいけない。

 目立つし、不審者だと思われてしまうからね。

 焦る気持ちは抑えて、平静を保つことが外歩きのコツなのだ。


 ちなみに体は軽い。

 それこそ、翼が生えているかのようだ。

 試しに軽くジャンプしてみたら――。

 屋根の高さくらいにまで跳んでしまって、私は驚いた。


 どうやら私……。


 本当にとんでもないことになっているようだ。

 ステータスの1000は、伊達ではなかった。

 ただし、調子には乗らない。

 なにしろここは外!

 人目があるのだ!

 目立つなんて、とんでもないことだ。


 無職の私が近所で目立つことなんてしたら……。

 どんな噂が立つことか、わかったものじゃないしね……。


「ふう」


 私は動揺と高揚を抑えて、最大限に普通に歩いた。


 我が家は団地の一角にある。

 コンビニは団地を抜けて国道に出れば、すぐに存在している。

 ほんの5分の道のりだ。


 いや、でも……。


 コンビニで買うより、スーパーマーケットで買った方がお安いよね……。

 貴重な1000円は、最大限に有効活用したい……。


 私はコンビニが近づいたところで迷って、結局、コンビニには入らず、そのまま国道沿いの歩道を歩いて駅の方に向かった。

 幸いにも平日の昼間で、町に人通りは少ない。

 ちらちらと視線は感じるけど……。

 私は問題なく、スーパーマーケットに到着することができた。

 よく考えてみれば、いくら謎の美少女が歩いていたところで、いきなり囲まれて大注目とかにはならないよね。

 今は、海外から来た人だって大勢いるんだし。

 私は安心して買い物を楽しんだ。

 買ったのはロースハムに食パン。

 あとは炭酸水。

 食パンには、なんと半額シールがついていて超お得だったのです。

 袋2つ分、いっぱいに買えてしまいました。

 大好きなハム乗せパンを、余裕で何日かは楽しめそうだ。


「さーて、あとはおうちに帰ってー。夕方までハムパン祭りだねー、パーティー♪」


 ほくほくだ。


 少なくとも妹のヒロが帰って来るまで、私は自由なのだ。


 私は逸る気持ちを抑えて、冷静に冷静に、ちゃんと歩いて帰ろうとした。


 それは、その途中――。


 交差点でのことだった。


「あれ?」


 横断歩道の向こうに、見知った女の子がいた。

 反対側の車線を自転車で走っていく学校の制服姿のその子は……。

 うん……。

 間違いなく私の妹ヒロに見えた。

 今は平時の昼間。

 昼休みかも知れないけど、学校にいるべき時間だった。


 ヒロは、かなり急いでいるようで……。

 全力でペダルを回していた。

 道路の反対側にいた私には気づかず、一気に通り過ぎていった。


 ヒロは優等生だ。


 学校をサボるなんて、絶対にしない子だ。


 なのに、どうしたんだろう。


 何かあったのかな……。


 私はダメダメの姉で、いつも冷たい目で見られてはいるけど、とはいえ妹に何かあったのならさすがに心配にはなる。


 私は迷った末、ヒロの後を追いかけてみることにした。





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