もらったガワは伝説の大魔王でした 底辺配信者の私、自由に異世界転移すらできるようになったので、異世界動画を撮りまくって目指すはチャンネル収益化! え、大魔王? なりませんからね興味ないです!
かっぱん
第1話 気づけばそこはダンジョンで
気づいた時、私はダンジョンの中にいた。
我ながら一目でそこをダンジョンだと思うのは大したゲーム脳だけど、ダンジョン以外には見えないのだから仕方がない。
なにしろ、薄ぼんやりと見えている周囲の様子は、何本もの柱に支えられた、いかにも地下迷宮の広場だった。
目の前には、棍棒を振りかざした牛の頭の巨大な人型魔物がいるし。
ミノタウルス……。
ゲーム脳で考えるならば、それはそんな名前の存在だ。
私は、ファー☆えいえいおー。
ネットではそう名乗っているゲーム配信者だ。
今日も私は私のチャンネル「ふぁーふぁーGAMES」でゲーム配信をしていて、登録者70人の底辺配信者ながらも――。
目指せ、収益化!
収益化に必要な条件、チャンネル登録者数1000人以上はまだまだ遠いけど……。
いつか波に乗って一気に伸びる日を信じて……。
気合の72時間耐久ゲーム配信に挑んでいたところだった。
チャレンジは、あと4時間で達成だったのだけど……。
とっくに意識は朦朧で……。
最後には力が抜けて、そのまま闇の中に沈み込んでいったような気もする……。
ならここは夢の中なのだろうか。
私が遊んでいたのはファンタジーRPGなので、その影響を受けて、ファンタジーな夢を見ているのかも知れない。
とはいえ目の前にいるミノタウルスらしき巨大な魔物は、まるで本当に目の前にいるかのようにリアルで大迫力なのだけれど……。
うん。
本当に生きているみたいに見えるね……。
ぼんやりと見ていると――。
狂気じみた咆哮と共に、ミノタウルスが棍棒を振り掲げた。
私はそれもまた、ぼんやりと見ていた。
棍棒が振り下ろされる。
轟音を上げた巨大なかたまりが私の頭に直撃しようとする寸前になって、ようやく私は完全に絶望的な現状に気づいた。
「ひいいいい!」
咄嗟に両腕をクロスさせて頭を守る。
死んだ、と思った。
だって私の細腕を上げたところで、棍棒なんて防げるはずはない。
そう思ったのだけど――。
凄まじい激突音が響く中――。
「え……?」
自分でも驚いたことに、棍棒は止まっていた。
私が受け止めていた。
しかも、大した痛みもなく、意外にも楽々と。
「あわ! あわあ!」
私は変な声を出しつつ、私の身の丈よりも大きな棍棒を払い除けた。
それでバランスを崩したミノタウルスが、うしろ側によろめいて、地響きのような音と共に尻餅をついて倒れる。
信じられない状況に、思わず私は自分の手を見つめて――。
見つめる手は、気のせいかいつもより細くてスラリとしていて、まるでモデルさんのもののように綺麗だったけど――。
間違いなく私の手で、ちゃんと自由に動かせて――。
青みがかった銀色の自分の髪にも触れることができた。
え。
私の髪は黒い。
残念無職の引きこもりらしく手入れもしていなくて、普段はボサボサだ。
断じて銀色に染めたことはない。
本当にどういうこと……?
自分の状態がわからなくて疑問だけが膨らむ中――。
急に世界が白く染まったような錯覚に襲われて、私は先程の出来事を思い出した。
そう。
ダンジョンに来る前、私は小さな白い部屋にいた。
70時間近くも配信を続けて、フラフラになって意識をなくして――。
気づいたら目の前に誰かがいて――。
「やあ、おはよう」
と、私に笑みを向けてきた。
それは、夜の光を集めたような美少女さんだった。
着ているドレスは夜の衣、流れる青みがかった銀色の髪は天の川、美貌に輝く金色の瞳はまさに満月のようだった。
「あの……。ここは……?」
私はあたりを見渡す。
何もない白い部屋に見覚えはなかった。
「ここはボクの精神空間さ。おめでとう、君はボクに選ばれたよ」
「えっと、何を……?」
「ボクは1万年を生きた者だけど、いろいろあって1000年前に神となってね。今では精神体として神界に存在しているんだけど……。でもこのガワを、どうしても捨てられなくてね。なにしろ長い年月育ててきたものだし」
ガワって、何のことだろう。
美少女さんは、自分の胸に手を当てているけど。
「ボクは、誰か適合できる者はいないかって、たくさんの世界を見て探していたんだよ。そうしてついに見つけた。ボクの存在に似た君のことを。君が昏倒した今なら君の魂はよく見えるし、絶対に大丈夫と言い切ることができるよ」
「え、あの、昏倒って私……?」
「君はゲームをし続けた挙げ句に倒れて、今は幽体離脱しているところさ。さあ、どうかな? 最強に素敵なこのガワを受け取ってもらえるよね?」
「ガワってもしかして、それのことですか……?」
私は美少女さん自身を指さしてたずねた。
「ああ、そうさ」
うなずかれて、私は即座に考えた。
これは、うん。
アレだ。
夢か現かは謎だけど……。
異世界転生的なイベントが、今、私に訪れているのだ。
「えっと、はい、あの……。くれるのなら、ありがたく頂戴したいと思いますが……」
夢なら夢で目覚めるだけの話だ。
でも夢ならば、尚の事……。
少しくらい転生してみてもいいかなぁ、と、思ってしまったのです。
なにしろ私より確実にハイスペだし。
「決まりだね。まずはチュートリアル代わりに簡単なダンジョンに送ってあげるから、そこで適当に虐殺してみるといいよ」
「え。あの……」
「ごめん、虐殺は無理か。なにしろレベル1からになるから。いきなり最強の状態で渡しても君の魂は耐えられないしね。でも、強さは十分だから安心して。あ、ボクの名前はファーエイル。君とは名がつながっているよね」
「あはは。そうですね。私、ファーと言います。ただこれ、本名じゃなくて、ネットでの名前だけなんですけれど」
「気にしないよ。君にとってはそれこそが今の名前だよね」
「それは、はい、そうですね」
本名の羽崎彼方は名乗る機会もないし。
私は毎日、ネットでファーとして過ごしている。
「ちなみにもっとつながってもいるよ。ボクのフルネームは、ファーエイル・エイス・オーシ・セルファ・ザーナスというんだ」
「ホントですね」
すごい偶然もあったものだ。
ファーのフルネームというか正式な登録名は「ファー☆えいえいおー」だ。
「あと、君の元の体は生まれ変わりの因果に合わせて消滅するから安心して。家に帰っても君が2人いることにはならないよ」
「それは、えっと……。ありがとうございます……」
「あとは、そうだなぁ……。育成のコツとして、威圧や支配のスキルの使用は慎重にすること。そのあたりを使うと戦闘にならなくて、経験値を得る機会が大きく損なわれてしまうから。君の方からは何かある?」
「私、家には帰れるってことでいいんですよね……?」
「もちろん帰れるよ。転移魔法はちゃんと入れておくから。万が一の事故に備えて緊急帰投のスキルも付けておくね」
魔法やスキルは、使いたい意思を示せば使えるらしい。わからなくてもメニューが出るから最初はリストから選択すればいいそうだ。
「ゲームっぽくていいでしょ? ボクが作った自慢のシステムなんだよ?」
誇らしげにそう言う美少女さんの笑顔は――。
クールでミステリアスな今までの表情とは逆に、とても愛想が良くて無邪気で、思わず私は見とれてしまいました。
あとダンジョンは、美少女さんが元いた世界にあるという話だった。
私から見れば「異世界」に当たるという。
異世界……。
胸踊る言葉だと思ってしまいました。
「じゃあ、頑張ってね。君がボクよりも立派な君になることを期待しているよ。最初は記憶の混濁があるから気をつけてねー」
私は、お礼を言えばいいのか、それとも何を言えばいいのか。
情報が多すぎて整理できないでいる内――。
ファーエイルと名乗った銀髪金眼の美少女さんは、あっさりと消えてしまって――。
…………。
……。
気づいたら1人、ダンジョンにいた。
で、今、自分の手を見て、自分の髪に触って、まさに私が美少女さんになっている状態を認識したのだった。
ちなみに服装も美少女さんのものに変わっていた。
素敵なドレス姿だ。
私は大いに混乱したけど、のんびり混乱している暇はなかった。
なにしろ目の前では、ミノタウルスが立ち上がろうとしている!
私に怒りの形相を向けて――。
絶対に私のことを殺そうとしているぅぅぅぅ!
どど、どうすればぁ……!?
どうもこうもないかぁぁぁ!
私は逃げることを決めた!
身を返して、思いっきり全力で地面を蹴った!
すると――。
ヒュンと体が消えるように飛んで――。
次の瞬間には大きな音を立てて、私の体は石の壁にめり込んでいた。
それで私は認識した。
どうやら今の私は、とんでもない身体能力を持っているようだ。
一歩の踏み込みで矢のように飛んで、正面の壁に激突したのだ。
「あいたた……」
痛みは、少しだけあった。
だけど頭を押さえつつ、身を起こせる程度だった。
丈夫でもあるらしい。
怒号と共にミノタウルスが迫ってくる。
「わああああ!」
頭を腕で覆って、私はしゃがみこんだ。
私は再び、ミノタウルスの振り上げた棍棒で思いきり叩かれた。
叩かれて、叩かれて……。
ダンジョンの広間に、打撃音が反響して広がる。
私は、甲羅に隠れたカメの気持ちでひたすらに耐えた。
だって、どうすればいいのかわからない。
ゲームなら戦うにしても逃げるにしても、何かのボタンをポチりでいいけど、そんなボタンは見当たらない。
「もーヤダー! 帰るー! 帰還! 帰宅! ゴーホーム!」
私は悲鳴を上げて――。おうちに帰りたいと全力で願ったところ――。
急に目の前に立体映像のようなイメージが現れた。
それはまさにゲームのようなユーザーインターフェースだった。
ユーザーインターフェースは起動すると――。
『緊急帰投。実行まで5秒』
という文字を画面の真ん中にポップアップさせた。
いったい何が起きたのか……。
4、3、2、1……。
わけがわからずに私が混乱していると、5秒はあっという間に過ぎた。
0。
合わせて、私の体は渦のような闇に包まれて――。
一瞬、世界が闇に染まって――。
ふと気づいた時には――。
「え。あ」
私は、引きこもり慣れた自分の部屋の床に、しゃがみこんでいた。
ゲームの音が聞こえる。
配信していたPCは起動したままだった。
立ち上がって画面を見ると……。
キャラは死んじゃって、ダンジョンからホームポイントに戻ってしまっていた。
ああ……。
せっかく居てくれた4人のリスナーさんが0人になってしまっている……。
すでに誰も居ない。
コメントは、ひとつだけ残っていた。
寝落ちか。やっぱりニートには根性がないな。帰るわ。またな。
と。
私は思わず感涙した。
コメントを残してくれた『キャベツ軍師』さんは、辛辣ながらも私にコメントをくれる数少ない貴重なリスナーさんだ。
温かいお言葉をありがとうございます……。
また見てもらえるというだけで……。
私、嬉しいです……。
千里の道も一歩から。
見てくれる人さえいてくれれば、きっといつか、収益化にたどり着けるよね……。
私、脱ニートしたいです……。
たださすがに、今すぐ配信を再開させる気分ではなかった。
なにしろ、すごい夢だった。
部屋に戻ると、今までの出来事は、夢だったのだと思えた。
リアルのわけがない。
体には、殴られ続けた感触が残っているけど……。
きっとこれは、椅子から転げ落ちて床に倒れた感触だよね。
だって痛みはないし……。
ミノタウルスに殴られて、なんて、あるわけがないし。
「あはは」
私は笑って、汗ばんだ自分の手を見た。
そこにあったのは……。
細くてすらりとした、まるでモデルさんみたいに美しい手だった。
「え」
一瞬、心臓が止まったかと思った。
私はあわてて鏡を見た。
そこに映るのは――。
まるでファンタジーアニメの世界から出てきたような――。
星の光を集めたような髪に、月のような瞳の――。
冷たくて綺麗な美少女さんだった。
「……誰?」
私は私に問いかけて、言葉を無くした。
それは間違いなく、私だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます