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「……何を、貴殿は一体……何を言って……」

死霊術ネクロマンスは、術者の意のままに死体を操る術です。操られた死体は簡単な動作や受け答えはできますが……動きは鈍く、言葉は単純だ。一見して体調がとても悪いように見えるでしょうね。

 ……はもう、魂のない抜け殻です。脈をとり、心音を確かめてください。どちらも……ないはずだ」


 王太子は椅子を蹴って立ち上がり、父王に駆け寄ると手を取り脈を取る。愕然とした顔で、首元、そして服をはだけて心音を確かめる。――そして、愕然とした表情で膝をついた。陛下はそれを意に介さず、喉からああ、ともうう、ともつかない音を出して何かに頷くように首を上下させていた。……それはとても意思のある人間の動きではなかった。


「……ちち、うえ……そんな……」


 王太子の悲痛な声に、警護の兵士達がざわついた。

 

 ――幼い頃、初めて登城し緊張しながら挨拶をした私の頭を優しく撫でてくれた手を思い出す。

 国のためにと強引なところもあったけれど……悪い人ではなかった。少なくとも、死してなお操り人形にされ続けるほど、罪のある人では。

  

「……貴方が……やったのですか?エールリヒ公爵……」


 王太子は震える声で問いかけた。公爵は、答えない。


「……もう一つ。実験台にされた死体は、全て鉄線の蔓の刻印を刻まれていました」

「鉄線……奴隷商か……」


 王太子は力なく呟く。ルードは頷くと、再び公爵を睨みつける。

 

「……奴隷といえども安くはない。あの死体の量を用意できるということは……エールリヒ公爵家と鉄線との関係は、相当濃いのではないかと推察できます。証拠は部下の調査待ちですが。……しかし、我々には見えている。貴方の背後で恨みがましい目を向けている……無数の犠牲者達が」

「は、は……何を、馬鹿なことを」

「……逃げられると思うな。外道」


 ルードは素早く立ち上がり、後退りをする公爵に向かってその手を伸ばすと、その額を鷲掴みにした。警護の兵士が騒然とするが――誰一人、動かなかった。

 公爵は驚愕の表情を浮かべてルードを引き剥がそうとするが、その腕はびくともしない。


「は、離せ!無礼な……!……な、なんだ?この声……は?やめろ、耳元で叫ぶな、うるさい!やめてくれ!!やめろ!!!」


 静まり返る部屋の中、公爵はバタバタと足を動かしながら恐怖の声を上げた。

 ――この部屋に入ったときから見えていた。公爵の背後には何百という人影が折り重なるようにひしめき合い、彼の方へと手を伸ばしている。その手に、クレマチスの花――奴隷の印が痛々しく刻まれているのが。

 

 ルードはしばらく公爵を睨みつけた後、振り払うようにその手を離す。公爵は力なく崩れ落ち、床に膝をついた。

 

「……わからないことがいくつかあります。まず、何故継ぎ接ぎの異形を作り出す必要があったのか。しかも大量に。……妖精薬には限りがある。当然、温存したほうがいい。あれを作り出すことが軍事力の増強になるとも思えない。見た目の恐ろしさで戦意を削ぐことはできるかもしれないが。なのにまるで……作ることが目的かのような……いや」


 ここでルードは大きく息を吸う。

 

「なんらかの完成形を目指して、試行錯誤を繰り返したかのような」


 もはや床にうずくまり、頭を抱えてしまった公爵は震える声でルードに答える。

  

「私では……ない……あれは……あれは、あの女がやったんだ。私の命令を無視して……。あんな、あんなおぞましいものに……のめり込んで……」

「あの女?……ヒルデ、いや、フィミラのことか?」


 公爵は、がくがくと頷くと、床に這いつくばりながら私達を見上げる。

 

「貴殿は間違っている。死霊術ネクロマンスの使い手など、カリウスにも五万と居る。見目の美しい女も同様だ。私が、フィミラあれを欲したのは……奴の、本当の力は……」


 情けないほど震える声で、公爵は叫ぶ。――その時

  

「――ええ、そうですわよね、公爵さま」


 そこには、公爵の傍らで膝をついた――フィミラがいた。その喉首にナイフの刃を押し当てている。


「……私の一番の才能は……これですものね?」


 公爵の喉に大輪の赤い花が咲く。それが血飛沫だと気づいて――私の口からは甲高い悲鳴がほとばしっていた。


「動かないでくださいませ。……王太子殿下も、公爵と同じようになってしまいますよ」


 フィミラはいつの間にか王太子の背後に立ち先程と同じように彼の首にナイフを押し当てていた。あと少しでも力を入れれば、血が吹き出るくらいに、刃が彼の首に食い込んでいる。

 いつの間に?――全然、動きが見えなかった。まるで瞬間移動だ。護衛の兵士は王太子を人質にされて動くことができない。それは私たちも同様だった。


「フィミラ……あなた、なんてことを……」

「アレのことですか?」


 フィミラは横たわる公爵だった体を一瞥し、柔らかな微笑みを絶やすことなく、言った。

 

「ルドヴィック様のご推察どおり、その男が奴隷商の元締めですわ。人を攫い、痛めつけ、その意思を奪い……金に変える。こんな屑野郎を憐れむ必要はありません……当然の報いを受けただけ……いいえ、一瞬での死では、足りなかったかもしれませんね」 

「フィミラ……ッ!」

「ねえさま!」


 唖然とする私たちの前に、メイド服のヘデラが進み出る。フィミラは姉の姿に嬉しそうに歯を見せた。


「アンタも……こいつに攫われたの?だから、こんな……」

「……いいえ姉さま。私は自分の意思でこの男の元に行きましたのよ。……こんな外道だったとは、後で知りましたが。私には私には私の目的がございましたの。……アリエッタ様!」


 フィミラは淋しげに首を振ると唐突に私の名前を呼ぶ。王太子の首を捕らえたまま、こちらに甘い視線を投げかけた。

  

「私と一緒に来てくださいますか?」

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