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 そうして慌ただしく準備すること二日。私達は、フィエステ家の馬車に乗って王都へと向かっていた。

 私とルードはカリウス国王陛下への面会のためにデルシュタイン式の正装を着用している。例によってナハトが進言してデルシュタインから取り寄せたそうだ。なんとなく、こういう感じの服で行ったほうがよいと。

 

 白を基調にした王族の正装に身を包み、普段は下ろしている前髪を上げたルードは物語から抜け出してきた王子様そのもので、しばらく言葉もなく見惚れてしまった。実際王族なんだけど。

 

 私はと言うと、首元が詰まった襟が特徴的なデルシュタイン式のシンプルなドレスを身に着けている。髪の毛が短いので貴族衣装には不釣り合いかな、と思ったけど、お母様とヘデラが本気で編み込んでくれてなんとかなった。あとお化粧も二人が本気を出してくれた。ものすごく楽しそうだった。

 

 ちなみにルードに完成形を見せると「こんな時でなければ……」と言って顔を覆っていたので、まぁ馬子にも衣装なんだろう。多分。


 話は準備期間中に遡る。昨日、私たちはヘデラに彼女の妹と会ったことをを報告していた。ここに呼ばれたことである程度覚悟はしていたのか、険しい顔はしていたけど取り乱すこともなく頷いていた。


 また、なぜ連れて来られたのかわからないと困惑しているナハトにルードが経緯を説明していた。彼の先祖が予言の賢者と呼ばれる「ムジーク・シシリ」であること、そして彼自身にも未来視の力がある可能性が高いことを告げる。ちなみに私も初耳だった。びっくりした。


「未来視……なんて言われても、よく……わかんないよ……」

「正直、これを君に伝えるかどうかは悩んだ。……しかし、君が子どもだからと言って黙っているのは公平ではないと思う……ようになった。君には知る権利があるし、力を使うかどうか決める権利もある」


 だけど、と前置きしたうえで、ルードはナハトの目を真っ直ぐ見据え直した。


「……俺達はすでに君の力に助けられている。……出来れば、今回も力を貸してほしい」


 ナハトはその視線を受けて、大きな目を瞬かせる。ルードは大人と子どもの立場を超えて、対等にナハトに、頼んでいる。それが通じたのか、少しの躊躇いの後、少年は力強く頷いた。


 ――そして、話は現在、つまり王都へ向かう馬車の中に戻る。昨日の勢いに反し、ナハトはがっくりと頭を垂れてその顔を覆っていた。


「服は……これじゃなきゃいけなかったのかなぁ……?」


 ナハトは私の侍女役での同行だ。……つまり、メイド服を着せられた上でここにいる。わりとフリフリのやつ。ちゃんと三つ編みのかつらも装備してる。うん、どこからどう見ても、女の子だ。


「君の歳だと護衛役には幼いし、変に勘ぐられるのも厄介だ。……よって、その衣装が最も最適と考えている。男なら覚悟を決めろ」

「男だから嫌がってるんだよ……」

「すっごく似合ってるよ、ナハト。可愛い」

「アリー姉ちゃん、フォローになってないよ……」


 なお、ヘデラも眼鏡で簡単に変装したうえでメイド服を着ている。護衛役のユルゲンスさんは騎士服に着替えてはいるが、割と通常運転だ。準備期間中、調査に駆けずり回っていた疲れからか、馬車内で爆睡している。


 そんなこんなの道中を経て、私たちはカリウス王国の首都カリウス、その中央にそびえ立つ白亜の城へと到着したのだった。


*****


ものものしい警護の兵士が立ち並ぶ中、ルードと私、そして同行者三名を迎えたのはカリウス国王ゼストリオ陛下、王太子のクライド様、そして――宰相のセルジューク・エールリヒ公爵だった。


 「ルドヴィック・レーデ・デルシュタイン。ライヒェンバッハ・レーデ・デルシュタインの名代として参りました。……突然の来訪、まずは陳謝いたします」

「アリエッタ・フィエステでございます」


 まず口を開いたのはクライド王太子殿下だった。

 

「デルシュタイン王弟陛下につきましてはお初にお目にかかります。父は体調が優れないため、私が同席いたします。……どうぞ、おかけください」


 王太子は物腰の柔らかい紳士的な方で、エドガーおとうととは違い、王族の責務を真摯に考えておられる理知的な方である。王太子妃様とともに私のことも何かと気にかけてくださっていた。

 椅子によりかかるように腰掛けた国王陛下は息子の説明に言葉なく頷く。……確かに、顔色がすごく悪い。


「ご要件を伺う前に……アリエッタ。この度は、愚弟が誠にすまなかった。国外追放など馬鹿げたことを……。

 婚約破棄については致し方ないにしても、君には是非カリウスに戻ってきてほしいと思っていたのだが……。どうも、叶わなさそうだね」

「勿体無いお言葉ありがとうございます。……ですが、このようなことになりましたので」


 そう言ってルードと視線を交わし、にっこりと笑って見せる。クライド殿下はため息をついて苦笑した。


「……こちらに落ち度のあることだ。無理な引き留めはできないね。……おめでとう」

「ありがとうございます。今後はカリウス王国の隣人として、良い関係を築いていければと考えております」

「……本日はそのための話をしに参りました。しかし、エールリヒ公爵はなぜここに?」


 王族同士の会談にお前が入るのか、と。ルードは静かに圧をかけるが、公爵は一歩も引かない。

 

「……王太子はまだお若い。宰相である私も念の為ここに居よとは、我が君のご命令でしてな」


 ――国王陛下は「うむ」と短く返事をし、公爵の視線を受けて鷹揚に頷くだけだった。


「まあ、構いません。……どのみち、この場で話すのは

「……公爵の?」


 王太子は不審げに聞き返す。


「ええ。……ご説明しましょう。長い話になりますが」


 そう言うとルードは、その長い脚を組み、語り始めた。 

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