最終章 断罪そして

最終章 断罪、そして 1

フィエステ辺境伯わたしのじっかに帰った私達をまず出迎えたのは――なんと、三つ首ネズミケルベロスを肩に乗せた、デールさんだった。


「ご苦労だった弟妹よ!第二王子エドガーは生還したぞ!」

「……なんで……お前が……ここに……」

「フィエステ辺境伯と大事なお話がしたくてね。ご不在だったので先に奥方にご挨拶していた」


 ルードは、お兄さんの顔を見るなり本気でげっそりとした声を出す。デールさんはその様子を気にもとめず、右手で私の母を指し示した。

 

「アリエッタ、おかえりなさい……よくぞ無事で。第二王子あのバカのせいであなたにこれ以上何かあろうものなら、私たちは皆で王城に火を放つしかないところだったわ……」 

「アリーお姉ちゃん、おかえりー!エドガー殴ったー?」「おかえりー!エドガー成敗したー?」


 私をぎゅうぎゅうに抱きしめるのは、お母様と妹の双子、ラミィとレミィである。やっぱり発言がものすごく不敬なのだけど、うち、この国の貴族やってて大丈夫なのかな。

 馴染みの使用人も総出で出迎えてくれ、私達が押しくらまんじゅうしているところにお父様が服を着替えて戻ってきた。

 ――そしてお父様は、デールさんを見たとたん、それはもう面白いほど狼狽していた。


「……デッ……へ……!?はぁ!?」

「あら貴方、おかえりなさい。先程いらしたのよ。相変わらず破天荒な御方でいらっしゃいますこと」


 お母様は顎が外れそうなお父様を見てころころと笑う。……あれ、二人ともデールさんと知り合いだったの?

 

「……アリエッタ。私達はこの方と大事なお話があるから、あなたは居間へ行ってなさい。お友達がお待ちよ。……ラミィとレミィはお勉強の時間」

「えー!」「えー!」

「……お友達?」

 

 嫌がる双子を宥めた後でルードと共に居間に行くと、なんとバルドルさんが私達を迎えてくれた。それにユルゲンスさん、ヘデラにナハトもいる。


「みんな!どうしてここに?」

「それが……デールさんとユルゲンス兄ちゃんが突然来て……気づいたらここまで連れてこられてた……」


 困惑しきった様子のナハトが説明してくれる。もう誘拐じゃないのかな、それは。

 ヘデラはというと、馬車酔いしたのか白い顔でぐったりしながらユルゲンスさんに水をもらっている。ルードに目配せすると、神妙な顔で頷き返してくれた。……彼女が落ち着いたらフィミラのことを話さなければいけない。


 その時突然、玄関から騒がしい音が聞こえてきた。


「旦那様!奥様!大変です……城壁の外に……その……化け物が!!」


*****


「なに……あれ……」


 領地と外の平原を隔てる城壁に登った私たちが見たのは、壁の周りを取り囲む、大量の異形達だった。

 それは、灰色の肌をした人間――のような形をしたものである。その体は様々に継ぎ接ぎだった。――イリーネ領で出会った死体たちのように。

 数はざっと数百、もしかしたら千を超える。そいつらは城壁の下から奇妙な動きで手足をばたつかせていた。幸運なことに、守りに特化した我が領地の城壁には歯が立たないらしく、登ってくる気配はない。――今のところは。

 

「露骨な手段にでたなぁ」


 お父様とお母様を付き従えたデールさんが悠然と城壁にやってきて、地獄のようになった下を覗き見る。


「山側から攻めさせるか。この位置じゃ、まるでデルシュタインからの侵略のようだ」

「……貴方様がここに居なければ、そう判じたかもしれませんね」


 お父様が渋い顔をしてデールさんの背後から返事をする。よく意味がわからず首を傾げている私を見て、お父様は呆れたみたいにため息をついた。


「アリエッタ……お前、自分が居る国の王族の顔くらいは覚えておきなさい……」

「……え?」

「……ごめん」


 反射的にルードを見上げると、気まずそうに小声で謝られた。デールさんは弟の顔を見て、心底楽しそうに大笑いして、言う。

  

「デールはデルシュタイン国名から取った偽名だよ。オレは国そのものみたいなものだから、あながち間違ってもいないだろうさ。……今後も是非この名前で呼んでくれ」


 デールさんは芝居がかった様子でデルシュタインの方角に手を伸ばすと、高らかに声を上げた。

 

「改めてよろしく。デール、こと。ライヒェンバッハ・レーデ・デルシュタイン。当代のデルシュタイン国王をやっている」

「…………へ?」


 デルシュタイン国王。若くして先代から王位を受け継いですぐ、圧倒的な政治力で国内を大いに発展させ、――ついた異名は……黄金王。

 そして……病弱で滅多に人前にでないという王弟がいて、名前は確か……。


「ルドヴィック・レーデ・デルシュタイン……王弟、陛下……?」


 私は錆びついた機械みたいな動きでルードを見上げる。ルードは困ったように眉を下げて、私に微笑んだ。


「うん……はい。……そんなに……大した話ではないと……思ってたんだけど」


 いや、大したことだよ!?今みたいな異常事態に、こっちに注意が集中しちゃうくらいには大きいよ!?確かに貴族家の出身だろうなーとは思ってたけど、さすがに一国のトップがここまでに自由に生きてるとは思わないでしょうが!

 バルドルさん、ユルゲンスさんは当然了解していたようで、苦笑している。ヘデラは興味がないのかふーんという顔だった。ナハトだけが新鮮に驚いてくれている。いつもありがとうね。


「国王陛下と王弟陛下がほぼ単身で、自国と戦争に突入しそうな隣国にいらっしゃっていいんですか!?」

「今回はそれが良い方向に動いたぞ。なにせ、オレがいる場所をデルシュタインが攻めるわけがない。これは、我が国とカリウスをドンパチさせたい何者かの計略だ」


 デールさんはそう言いながら城壁の下に向かって小石を投げ、当たった当たったなんて言って楽しそうに笑っている。しばらく遊んだ後、城壁に背中を預けてくるりとこちらを振り向いた。


「……さぁてどうするルドヴィック。オレはこの場をお前に任せるぞ。籠城するか……はたまた?」


 ルードはしばらく思案すると、バルドルさんに話しかけた。


「バルドル、お前の結界でどのくらい時間を稼げる?」

「そうですね……三日……いえ、四日はなんとかしのげるかと」

「十分だ。絶対に街の中に入らせるな」

「御意」


 続いてユルゲンスさんに向かう。

 

「ユルゲンス。カリウス国王宛にデルシュタイン国王の名で先触れを送れ。使者は国王の名代、王弟ルドヴィック・レーデ・デルシュタインとその婚約者アリエッタ・フィエステだ。明後日、準備ができ次第カリウス王都へ向かう。その後は俺たちの護衛役として同行してくれ。それと……準備期間中にこれだけの件の裏を取ってこい」

「……相変わらず……兄弟共々……人使い荒いっすね……」


 ルードは懐から取り出したメモ用紙に何やら書き付けたものをユルゲンスさんに押し付ける。

 ……ちょっと、聞き捨てならない言葉が混じってたな?いやまぁ、さっきの会話からして、お互いの気持ちがそういう事なので、おかしくはないんだけど。

  

「……こんやくしゃ……」

「あ、いや、これは自然な形でアリーに同行してもらうためのフェイクなんだ、まだ。……フェイクで終わらせる気はないけど。……それと、ヘデラとナハトにも着いてきて欲しい。事情はそれぞれ説明する」


 二人は戸惑いつつも頷いた。ルードも頷き返すと最後に、デールさんへと視線を向けた。


「……これでいいか」

「ああ。オレはここに残るよ。自分の身くらいは守れるさ」

「私共もおります。御身には指一本触れさせません」

「頼もしいねぇ」


 お父様とお母様がデールさんの背後で頭を垂れる。……散々ボロクソに言っていたカリウス国王との関係よりも、よっぽど主従らしい。

 ルードは頷くと、全員に聞かせるよう、高らかに声を上げた。

 

「……攻めるぞ。断罪の時間だ」

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