10

 どうやら私が気を失っていたのは、時間にして十分程度のことだったらしい。

 大泣きに泣いて落ち着いた私は、気絶していた間のことについてルードに説明を受けている。

 

 「エドガーは無事だ。フィエステの兵士が先に連れて下山してる。……あの後意識を取り戻してね。うるさく喚く元気があったから大丈夫。麓には医師が待機しているし、問題なく助かると思うよ」

「そ、そうですか」

「フィミラの件は兵士に伝えた。山の中を捜索してもらっているが……捕まるかどうかはわからない。この件はフィエステ辺境伯に伝えて、対処を考えるべきだと思う」

「は、はい」


 ――ルードは私が泣きついていたときの格好そのままだ。つまり私はまだ、ルードにぎゅうぎゅうに抱きしめられている。

 ルードが喋るたび耳元に吐息が当たる。彼の心音が頰を当てた胸からトクトクと伝わる。

 ……近い近い近いちかい!!!

 このままじゃ心臓がもたない。と、少し離れようと身じろいだだけで、ルードの腕にこもる力が増した。


「あ、あの。ルード」

「……思い、出した?」


 ルードの顔は見えない、けど。弱々しい、叱られることを恐れる子どもみたいな声だった。


「……はい。ぜんぶ」

「そうか……その、ごめん」


 ふるふると首を振る。まぁそりゃ、力と一緒に記憶も渡す、なんて、まるで騙し討ちみたいなことをされたのは納得いかないけど。でも彼なりに考えてくれてのことだったのだろう。実際、あの後は幽霊が見えていたことなんて綺麗サッパリ忘れてしまい、非常に明るく少女時代を過ごせたのだ。……私は忘れてしまっていたけれど、ルードはずっと私を守ってくれていた。


「……でも、もうしないでください。もう、私は子どもじゃない。あの頃とは違って、自分のいる場所を選べるようになりました。……私は、あなたの隣に……居たいです」

「……しかし、それは……」


 この期に及んで煮えきらない態度だ。きっと心配してくれているんだろうなぁとは思う。とはいえ、もうそろそろはっきりさせてしまってもいいじゃん、と思うのだ。


「……もう直接聞いちゃいますけど、ルードも私のこと好きですよね?」

「え!?いやそれはもちろん、いや、えっと……え?ルード、?」

「好きですよね?」

「……はい」

「なら良かったです。あのですね、この指輪のことなんですけど。……教えてもらいました。デルセンベルクでは左手の薬指につけるのは、恋人から贈られた指輪だけだって」

「え」

「……ルードに、そのままつけてていいって言われてたので、つけ続けてます。けど。……これを頂いてから、めっきり男性から話しかけられることがなくなりまして。あと、誰からもらったのか聞かれたら正直にルードからって言ってます。……これはもう、既成事実では?」


 抱擁から少し抜け出して、顔を赤くするルードを見上げる。うん、可愛い。こんな顔をさせられたのが嬉しくて、いたずらが成功したときみたいな笑いが込み上げてしまう。 

 

「だからもう……私のこと、手放さないでくださいね?」

「……いいの?」

「はい!……末永くよろしくお願いします……なんちゃって」


 ルードは私の顔を穴が空くほど見つめ、もう一度きつく抱きしめる。そうして、いきなり、私を抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこである。 


「え!?いやいやいやいや自分で歩けます!!」

「嫌だ。離したくない。あと君のスカートの裾がエドガーカスの手当のせいで乱れてるのも、人に見せたくない」

「で、でも、山道ですし、しかも下りだし危ないですって」

「大丈夫、俺はきっとこの日のために鍛えてきたんだと思う!」


 もうわけわかんないこと言い出してるし。確かにルードの腕は細身の割にがっしりしてて、危なげなく私の体重を受け止めている。趣味、読書のくせに……!

 

――ルードは宣言通り、そのまま約一時間の距離をなんなく下山した。何ならちょっとスキップしてた。

 そして麓のキャンプで私達を出迎えたお父様はそれはもう、すごい剣幕だった。

 

「お父様……あのね……ものすごく恥ずかしいんだけど……嫌では……ないの……」


 ルードが成敗されてしまう前に、と慌てて捻り出したフォローがこれである。恥ずかしすぎて両手で顔を覆っていると、キャンプ地に残っていた兵士達からわっと歓声と拍手が上がる。……謎に、祝福されている。

 

「フィエステ辺境伯。正式なご挨拶は、また後日改めて」


 私を抱きかかえたままルードが見せた笑顔は、これまでのどの表情よりも――幸せそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る