9
そんな事があってから数日、明後日にはフィエステ領に帰るという日。私はルードに小さな箱を見せられた。
「なに?これ」
てのひらに収まる大きさの白い箱は、小さな宝石や金箔があしらわれ、花や鳥の模様が彫られている。子ども心にもとても綺麗なものだった。
「俺の家に伝わる魔法の箱。人の持ってる特殊能力を別の人に移せる……。その力を別の人間が使っている限り、元の人は力を使えなくなる、っていうもの」
ルードの説明に驚いて目を丸くする。言われてみれば神秘的にも見えるけど、なんだか嘘みたいなアイテムだ。
「これを使って……君の力を俺にちょうだい」
「え?」
「考えてたんだ、君が泣いた日から。……君が怖いものを見なくてすむ方法」
「あ、あれは……」
例のお茶会の後、ルードに泣きつき終わった私は口走った色々を冗談だと言って笑い飛ばした。……信じてもらえるとは思ってなかったけど、蒸し返されると恥ずかしい。
「俺が君の力を引き受けてそれを使う限り、君はもう幽霊を見ないで済む。……約束するよ。もう二度と、君に怖い思いはさせない」
「でも……ルードは?」
「君に助けてもらって、思ったんだ。俺も、誰かを助けられる人間になりたい。……それには目があるほうが便利だろう?」
ルードは柘榴色の瞳を指さしながら、綺麗な笑みを浮かべる。
「大丈夫。俺は強いから。……君に、強くしてもらった。君と過ごした日々はこの胸から消えない。絶対に」
その笑顔がまるで天使様みたいで、ぼうっとなってしまう。
「君の国に、一緒に行くことはできないけど……離れても君を守るよ。ずっと」
ルードはそう言うと、私に箱を手渡した。この箱を開けてお祈りすればいいらしい。目を合わせるとルードは神妙な顔をして頷く。意を決して、箱の蓋に指をかける。
小箱は何の抵抗もなく開いた。
「私の目の力を……幽霊を見る力を、ルードにあげてください」
そこまで言ってルードを盗み見る。さっきまでの台詞にはそぐわない、どこか淋しげな瞳をしている。それを見た瞬間、私の口は勝手に動いていた。
「……でも!私が……おとなになって、ルードにもう一度会ったときに、その力は私に戻してください!」
「え?」
箱は眩く光り輝き、その眩しさに思わず目を閉じ、しばししておそるおそる目を開ける。なんだか目がすっきりした気はしたけどあまり変わった気はしない。
「アリー……さっきの……」
「私、おとなになったらもう一度ここに来る。そして、ルードと一緒に……自分にできることを探したい。もう怖がらないように、いっぱい努力もする。強くなる。……だから……だめ、かな……」
「……ううん。ありがとう」
ルードは笑う。まるで、泣きそうなのに無理矢理作ったみたいに下手くそだった。私も、きっと同じような顔をしてるんだろう。それでも無理に微笑み返すと、急に視界が、ぐらりと回る。
「……あ、れ……?」
急に、抗いがたい眠気が私を襲う。瞼が重くて、体を支えていられない。ふらりと揺らいだ私をルードは抱きとめて、耳元で囁いた。
「……ごめん……。君は……嫌なこと、全部忘れて……幸せに、なって」
眠気でうまく声が出ない。忘れるって、じゃあ、幽霊のことも、怖かったことも……ルードの、ことも?
「ありがとう……アリー」
眠ってしまった
遠くからかすかに、さよならの声が聞こえた。
「ルード!!」
大声で、おとなになった私は彼の名前を呼ぶ。
忘れてたんだ。もともと怖いものが見えてたのは私だったことも、ルードと過ごした日々ことも、全部。
彼はずっと、私を守ってくれていたのに。
強い光が辺りを包んで――目の前の景色が消えていく。目を開いた先には、私を映す綺麗な柘榴色。
「アリー……!」
ルードだ。もう、大人の男の人の声だった。胸がいっぱいになって、何かを言う前に体が勝手に動く。
私は、ルードの体に抱きついていた。
「ごめん!ごめんなさい!私……あなたのこと知ってた!ずっと守ってもらってた!なのに、忘れてて……あなたを一人にして、ごめんなさい……!ごめん……ッ」
「……君、まさか、記憶が……」
後はもう、言葉にならなかった。
ルードは戸惑いながらも、わんわんと泣く私を、ずっと抱きしめてくれていた。
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