7
目を開けた私が見たのは、セピア色をした市街地だった。周りを見回すと、デルセンベルクの街並みに似ている。大通りにはたくさんの花が飾られて賑やかな出店が並び、大人も子どもも楽しそうに行き交っている。そして人々の手には、色とりどりの花が握られていた。――この光景には見覚えがある。きっとデルセンベルクの花祭りだ。
立ち尽くしている私に、一人の少年がぶつかりそうになって――すり抜けた。驚く私にまるで気づかずに彼は駆け抜けていく。その髪は、輝くような銀色をしていた。
「……待って!」
後を追いかける。私が大声を出しているのに、周りは誰も気にする様子がない。先へ行く少年のことは、驚いて避けたりするのに。
どうやらこの街で、私は本当に幽霊になってしまったみたいだ。
その証拠に、走っても少しも息が上がらない。けれど妙に手足が重く、思うようにも走れなくてなかなか彼に追いつけない。
少年は、走って走って――人通りのない路地までくると、ようやく立ち止まった。そうしてその場にしゃがみ込むと、顔を覆って肩を震わせる。
「……ごめんなさい。ごめん、なさい……。かぁ、さま……」
……泣いている。
「なんで、泣いてるの……?」
声をかけてみたものの、やっぱり聞こえていないみたいだ。せっかく追いついたのに、私が幽霊のままじゃどうしてあげることもできない。
「……なにを謝ってるの?」
途方に暮れていると背後から幼い声がして、私は振り向いた。
編み込んでリボンを結んだ黒い髪に、若草色のワンピース。この服装には見覚えがある。子供の頃、私のお気に入りだった洋服だ。お母さまが私のために縫ってくれた、一点もの。
「……関係ないだろ……あっちにいけよ」
少年はびくりと震えたものの、顔は伏せたまま、少女を見もせずに吐き捨てる。
少女は少年の隣に視線をやり、少し顔を強張らせたものの、意を決したように唇を引き結んで、何も無い空間を睨みつけた。そして少年に歩み寄りその隣にしゃがみ込む。
さすがの少年も顔を上げて少女を見た。その目は、綺麗な柘榴色をしていた。
「あなた、その人が見えてるの?……だから、謝ってるの?」
「……はあ?」
「そこにいるの。あなたのこと、すごい顔で見て……何か言ってる」
「……君には、見えるのか?」
「うん。……言ってることは、聞こえないけど」
少年は目を丸くして、少女の指差す先を見る。そして辛そうに顔を歪めると、俯いて唇を噛んだ。
「……それは俺の、母親だよ」
「お母さま?」
「俺のせいで……死んだんだ。俺のことを恨んでる。……お前なんか産まなきゃよかった、って耳元で囁くんだ。だから、ずっと謝ってる……でも、許してもらえない」
ごめんなさい。もう一度そう言うと、少年は耳をふさいで唇を噛んだ。
そんな少年の隣の空間をまじまじと見ながら、少女は言う。
「……あなたのお母さまって、あなたに全然似てないのね」
「え?」
「この女の人、あなたとは髪の色も目の色も違う。顔立ちも全然似ていないわ」
「そんなわけ……母の髪色は俺と同じだ。顔だって、よく似てる、と……言われてた」
「ええ?……全然違うわよ?……ほら」
少女は少年の手を取って、振り返らせる。彼女の見ている光景が、初めて私と――おそらく少年にも共有された。
そこに居たのは、頬肉が垂れ、茶色く傷んだ髪がどこか猪を思わせる、中年の女だった。肌色はくすんでほぼ灰色になっており、完全に死人のそれだったが、それを差し引いても整った少年の容姿とは似ても似つかない。
「……誰だ……こいつ……」
少年はその女をぽかんと見つめる。それまで呪詛の声を撒き散らしていた女は、舌打ちをせんばかりの憎々しげな顔を見せてその姿を消した。少女はそっと少年の手を離す。
「きっと……お母さまのふりをして、あなたを虐めたかったんじゃないかな……。嫌なやつだね」
「君は……あれが、見えたのか?」
「色々見えるよ。私が触った人にも同じのが見えることあるから……。……手、握っちゃった。……ごめんね」
申し訳なさそうに目を伏せる少女の横顔を、少年は穴が空くほど見つめた。
――少年の両目に大粒の涙が浮かぶ。それはすぐさまボタボタと零れ落ち、耐えきれないように声を殺して泣き始めた。少年はしゃくり上げながら声を絞り出す。
「そ……っか……、母様じゃ……なかっ、た……んだ……!」
少女は泣き続ける少年の背を、彼が落ち着くまで優しく擦り続けていた。
暫く後、涙の枯れたらしい少年は、目元を拭いながら照れくさそうにその顔を上げる。
「……えっと……」
「アリエッタ。皆、アリーって呼ぶよ」
「……俺は……ルード。本当に、ありがとう。……それと、さっきはごめん」
律儀に謝罪するルードに、
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