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「お化粧と髪の色で変装していましたけど、やっぱり姉さまを知っている人にはわかってしまいますのね。……この髪は脱色してるんです。桃色、可愛いでしょう?」


 フィミラは艶やかに微笑みながら髪の毛をくるくると指に巻きつけた。


「妖精姫を殺したのはお前か?……妖精達も」

「ひどい。あの娘ティーナは妖精を怒らせて勝手に死にましたのよ。妖精をすり潰したのは私達ですが……あれは人間ではありません。羽虫を殺して、なにか罪にでも?」

「ナハトを監禁して、殺そうとしたことは」

「あれはジェラルドの独断です。私は何も知りませんでした」


 フィミラはつまらなさそうに口を尖らせる。鈴のような声音に反して、その視線は恐ろしく冷たい。

 

「……イリーネ領の死体も、君の仕業か?」 

「まあ、ようやく罪に問えそうな件ですわね!そうです。使い終わった奴隷の死体をたくさん捨てました」

「あの死体は……何なんだ?」

「教えて差し上げたいのですが……。どうしましょう。そろそろ時間がないんですよね。お暇しないと」


 フィミラは振り返ると、踊るような足取りで女神に近づいていく。


「駄目!それに近づいたら……!」

「……大丈夫です。私、どうやら……見えにくい体質みたいなので」


 そう言うと、フィミラは一気に駆け出した。まるで母親の元に駆け寄る幼児のように無防備に。そうしてその両手を広げ、像に抱きついた。

 悲鳴を上げそうになる口を両手で抑える。目の前で人が土塊になる光景を覚悟して……数十秒。

 何も、起こらない。


「……ね?」


 フィミラは女神の胸に頬ずりし、私達を振り返る。これまでと違って……どこか、寂しそうな笑顔だった。


「……では。名残り惜しいですけど……そろそろ失礼いたします。……ご機嫌よう」

「待って!」


 逃がしちゃいけない。そう思うと同時に、体が反射的に動く。フィミラを追って足を踏み出した。

 

「アリー!女神に近づくな!」


 ルードの声に足を止める。躊躇している間にフィミラは木立を駆け抜けていき、すぐに見えなくなった。


「……ヒルデ!!待て!!」


 呆然とする私達の背後から、エドガーの叫びが響く。彼はふらつく足で私達を追い越し、ヒルデが消えた森へと進む。そして突然その動きをピタリと止めた。


「……ヒルデ?」


 そこにはもう彼女はいない。何を見て、まさか。


「……は、は……そうだろ、そうだよなお前は……俺がいないと……」

「エドガー様!それは、本物じゃ……!」

「ジョーク、だったんだよな?怒って、ないよ……俺は……寛大なんだ……」


 エドガーは女神像に近づくとその顔に向かって手を伸ばす。

 女神像の頬にエドガーの指が触れた。


「はは、ははは、はははははははは。ヒ、ルデ……」


 触れた指先が、ボロリと崩れる。捲った袖から覗く腕がポツポツと黒く染まり、それが広がっていく。それはまるで無数の蟻地獄が腕に巣を作ったかのようにぽっかりと空いた穴だった。


「ああ……俺も、愛して、る……よ……」


 ルードが駆け出し、女神像から視線を逸らしながらエドガーの襟を力の限り引いた。女神像から引き離され横倒しになったエドガーの腕を一瞥すると、ルードは舌打ちをしてその傍らにしゃがみ込む。


「……聞こえるか、今からお前の腕を落とす。死にたくなければ歯を食いしばれ。……アリー、君は止血の準備を!」

「……は、はい!」


 ルードはエドガーに馬乗りになると剣を抜き、その刃を彼の肘の関節に押し当て、振り下ろした。エドガーの絶叫とともに大量の赤い血が流れ出し、あたりを染め上げる。落ちた腕は穴だらけになりそこからさらさらと崩れ土塊になって、消えた。

 ハンカチで傷口を押さえる。とても足りなくて、ルードが差し出してくれたマントも使う。手が鮮血に染まって、情けなく震えてしまったけれど力いっぱい。血の勢いが弱まると、スカートを破いたものを包帯代わりに、全力で縛りあげた。


 力なく目を閉じたエドガーの口元に耳を近づける。わずかにだけど、呼吸音が聞こえた。……生きてる。気絶しているけど、心音も問題なく聞こえてる。

 応急処置は出来た。後は一刻も早くきちんとした医師に診せれば。その時、


「アリー」


 背後から、私の名を呼ぶ声がした。ぐわん、と殴られたように視界がぐらく。反射的に振り返った。曇ったみたいにぼやけた視界の先――女神像の前に、誰かが立っている。


「……アリー」


 変声期を迎える前の、少年のような声。ナハトかと思ったけど……違う。私はもっと昔から、この声を知ってる。


 少しずつ、視界が像を結ぶ。私より少し低い背丈、少し長めの銀色の髪、赤い瞳の少年だ。その口元はなにか言いたげに少しだけ開いて、閉じた。間違いない。今より幼い姿だけど、これは、この子は


「……ルード?」


 呼ぶと、少年は困ったように微笑む。

 その顔をみた瞬間、私の視界は幕を落としたかのように、ブツリと閉ざされた

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