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山道はなだらかなもので、普段着の女性の足でも問題なく登りきれてしまう程度だ。私はルードを先導して、記憶を頼りに山の中を歩いていた。捜索隊のまだ入っていないという、川沿いに山頂へと向かう道だ。
二時間ほどの道のりを注意深く探索しながら歩いたが、エドガーは見つからない。歩き疲れた私達は小休憩をとることにした。
飲み物を渡され、受け取る。……気まずい。なんと山に入ってから今に至るまで、ほぼ会話がないのだ。いや、楽しくおしゃべりがしたいわけじゃないけど、ほぼ無言の二時間は結構……精神にクる。
「……怒ってます?」
「……怒ってない」
思い切って聞いてみると、間髪入れず否定で返された。……じゃあその態度はなんなのだ。ジト目で訴えると、ルードはぽつぽつと話しだした。
「……君が、イリーネ領で俺を庇った時、心臓が止まると思った」
「……あれは……ごめんなさい」
俯くルードは力なく首を振り、自身の左腕に触れる。服に隠れて見えないけれど、そこにはまだ真新しい包帯がまかれていたはずだ。
「君には、帰る故郷も、待っている人もいる。もう二度と、危険な場所に連れて来るつもりはなかった。……なのにこれだ。……兄さんのせいで……空気を読まない……あのクソ野郎……」
……なんだか後半が不穏である。なんとなく兄弟の力関係がわかってきたような。
「……自分が情けないよ」
そう言うと、ルードは叱られた子どもみたいに、膝を抱えて顔を伏せてしまう。その表情は見えない。
「……結局、君にまた……怖いものを見せることになる。……約束、守れなくて……ごめん」
「……約束?」
……何のことだろう。薄明に来てからのことを順に思い出していってもそれらしき会話をした記憶は見当たらなかった。
――私、何かを忘れてる?
口を開きかけたとき。ルードの背後にある川が赤く染まった。
澄んだ小川だ。――それが上流からじわじわと赤く染まって、たちまち真紅に染め上がる。
小さく悲鳴を上げた私に、顔を上げたルードは上流を睨みつけた。
「……あっちに何かある。行こう」
*****
小川の上流で、私達は脚を負傷したエドガー・カリウス第二王子を発見した。
どうやら、山の中で猪の魔物に襲われ、負傷して動けなくなったらしい。怪我自体はたいしたことなく、川から流れていたのは魔物の血だった。……全く、人騒がせな。
「なんだ、アリエッタじゃないか!?さてはお前の差し金か!?お前が俺たちを迷わせたのか!?」
安心したのもつかの間。いきなり罵倒されて頬がひくつくのがわかった。学園時代の横暴さは少しも変わっていない。
「……彼女はわざわざ、貴殿の捜索のため道案内してくれたんです。失礼な言動は、慎んでもらいたい」
ルードは私とエドガーの間に割って入る。エドガーは不機嫌そうに、しかしここで救助者の機嫌を損ねるのは流石にまずいと察したのか、口を閉じた。
「今、『俺たち』と仰いましたが。他にも同行者が?」
「ああ、ヒルデ・エールリヒ公爵令嬢が共に来ている。俺が負傷したので、助けを求めに行った……あちらへ」
エドガーが指したのは、山頂へと続く登りの小道だ。ルードと私は顔を見合わせる。
「……まずいな」
「なんだ?この先に何かあるのか?」
第二王子ほどではないが、公爵令嬢も十分な重要人物だ。無事でいればいいけど……。
「……今、照明弾を打ち上げます。フィエステ領の兵士が来ますので、その者と共に下山してください。我々は山頂へ向かいます」
「は!?俺に尻尾を巻いて帰れと!?ヒルデが危ないのなら、俺も行く」
「……しかし、歩けないのでは?」
「お前の肩をかせ。それなら問題ない」
なんでこんなに偉そうなのよ。
ルードは体中から嫌悪感を滲み出させている。……視線が絶対零度だ。そうしておもむろに剣を抜き、エドガーの背後の木を切りつけ、枝を落とした。
「おわっ!?な、何をする、危ないだろうが!」
「……杖を作りました。……それを使って歩けないようなら、大人しくここで待っていろ。足手まといだ」
……怒ってる。エドガーは不服そうにルードを睨みつけていたが、渋々ルードが落とした枝を杖代わりに、立ち上がることにしたようだった。
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