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「まさかお前がまだ生き残ってるとはな。……クソガキが。三日も飲まず食わずでどうやった?」


 ジェラルドは口ひげを弄びながら、ナハトに向かって唾を吐き捨てた。


「……私をここに連れてきたのも、貴方ですか」

「ええ。その様子だと……お嬢さんもその薬のことをご存知のようで」


 ジェラルドは盛大にため息を付くと、やれやれといったように両手を肩の高さまで上げた。


「穏便に済ませようと思ってたんですよ。さすがに、あの冒険者に続いて何人も死人が出たら目立ちますからな……。ですがさすがに……それを見られては、ねえ」

「冒険者……?まさか……ヨナスさんも貴方が!?」


 ジェラルドは答えない。しかし、にやにやと口を歪めながら目を細めている。

 ということは、ここはもしかして……。 

 

「やはり自然にくたばるのを待つのはいまいちだな。手は汚したくなったが、やむを得ない……。なるべく一瞬で済ませてやるよ」


 ジェラルドはニヤけたまま、腰につけていた剣を抜く。切っ先をこちらに向けて狙いを定めるようにゆらゆらと揺らした。咄嗟にナハトの前に立つ。


「姉ちゃん!?」

「大丈夫……ちゃんと守るから」


 戸惑うナハトに声をかけ、精一杯の虚勢を込めてジェラルドを睨みつけた。 

 

「勇ましいお嬢さんだ。いたぶる趣味はありませんので、ご安心を」


 ……状況は絶体絶命だ。武器を持った相手に、こちらは丸腰。唯一の脱出口は……敵の、後ろ。


「ナハト……合図したら、走って。……いい?」

「え?」


 小声でナハトに指示を出す。ジェラルドは鼻歌交じりに、ゆっくりとこちらへ近づいてきていた。

 相手は女子供だ。……当然、油断してる。

 

 私の額を冷や汗が落ちる。ジェラルドの靴の金具が石床を踏んでカツカツと音を立てる。

 

 ……まだだ。剣の間合い、ギリギリまで。

 ジェラルドの足が次の一歩を踏み出した。――今だ。

 

「いって!!」


 そう叫んで、体を低くし突進する。ジェラルドの脚に勢いよく抱きつくと、彼は情けない声を上げてその重心がぐらついた。成功だ。バランスを崩させた勢いで、床に押し倒した。

 ――辺境伯おとうさま仕込みの護身術、思い知ったか!


「姉ちゃん!こっち!」

 

 ナハトに目をやる。無事階段を上り、出口に手をかけてこちらに手を伸ばしていた。――良かった、そこまで行けば。


 ――と、背後から、髪を引っ張られる。

 

「こんのクソアマ!!」 

 

 しくじった。相手も騎士、床に倒れたくらいでは怯まない。偽りの紳士仕草をかなぐり捨てたジェラルドが、私を床に叩きつけた。ナハトの叫び声が地下室にこだまする。


「……ッ、行って!早く!!」

「覚悟しろよ、この……!!」


 咄嗟に手で身体をかばう。剣の衝撃を覚悟する。

 ――すると、左手の指輪が、輝き出した。


「なんだ、……目が……がァッ!」


 赤くて……優しい光だ。まるで、柘榴のように深い。

 しかし、ジェラルドは、唖然とする私の眼前で、目を押さえてもんどりうっている。


「……覚悟するのは」


 放心していると、背後から低い声が聞こえた。

 声の主は、銀色の残像を残しながら私の横を駆け抜ける。

 

 そうしてのたうち回るジェラルドの頭を、思い切り蹴り飛ばした。

 

「貴様の方だ」


 ルードが、そこにいた。

 

 転がったジェラルドを踏みつけて、抜身の剣をその首元スレスレに突き立てる。情けない悲鳴を上げた元上司を、若い騎士団員が二人がかりで捕縛した。


「……アリー!」


 ルードがこちらを振り向く。その顔はまるで、叱られた子どものそれみたいだった。


 *****

 

 捕縛されたジェラルドは、みっともなく喚き散らしながら騎士団の若者たちに連行されていった。

 

 地下室の階段から外に出ると、そこは予想通り、ヘデラの購入した例の小屋だった。窓の外から明るい朝日が差し込んでいる。

 

 小屋の床に敷かれていたカーペットの下には隠し扉があり、あの地下室に繋がっていたらしい。

 そうして、私達を助けてくれたルードは、というと。

 

「……ごめん。本当に……」

「あ、あの……ルード?」

「俺が油断したせいで、君を危険に……」

「もう大丈夫ですよ?ほら、ルードがくれた指輪のおかげで!」

「それは良かったけど……本当に、本当にごめん……」

 

 ……私の手を握りしめながら、何を言っても謝罪を繰り返し続けていた。

 どうしよう。ルードが壊れた機械みたいになってる。寝てた時に攫われたせいで、寝巻きのままだし、髪も乱れてるから、ちょっと恥ずかしいんだけどな。

 

「……なぁ、話、いいか……?」


 そんな私達に、ナハトが躊躇いがちな声を掛ける。……ごめん、放置してて。

 ルードの手を離……せなさそうなので、手を取ったままナハトに話しかける。


「ナハト……あなた、昔ここに住んでたのよね?お母さんと……妹と一緒に」

「……うん」


 ナハトはそう答えると、どこか遠い眼差しで小屋の中を見回した。かつての生活を思い出しているのだろうか。もしかしたら、お母さんが亡くなったときのことを思い出しているのかもしれない。

 ……それに、どういう理由かはわからないけど、彼は妹も亡くしているんだ。まだ子どもなのに次々と家族を失うなんて、胸が痛む。

  

「君の妹の名前は『ネル』だな」


 少し調子の戻ったルードがナハトに声を掛ける。ナハトは無言で頷いた。


「どこかで聞いたことがある名前だと思っていたんだ。ここへ来る前、思い出したよ」


「君の妹は、通り魔に殺された。……右腕と、首を深く斬りつけられて。近くにいた『聖女』が助けに来たが、傷が深く……間に合わなかった」

「それって……!」


 息を呑む。ルードは私に向かって頷くと、言葉を続けた。

  

「君の妹は……唯一、妖精姫ティーナ事件の……被害者だったんだな」

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