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この国の騎士団の仕事は大きく分けて二つある。
一つは、王族を筆頭とした貴族の警護。そしてもう一つが、市民の安全を守ることである。その中には、起こってしまった犯罪の調査、犯人の捜索なども含まれる。
大きな街を中心に各地に王都から騎士団の詰め所が配置されており、その活動は公金で賄われている。
ヘデラの依頼を受けた私達は、例の小屋のある村を含む地域を統括している騎士団の詰め所へと足を運んだ。
「こちらもね、困ってるんですよ?」
この騎士団詰め所の長であるというジェラルド・マルコー所長は、ご立派な口ひげをつまみながら面倒くさそうに私達を迎えた。
「先日の『妖精姫』の件で優秀な騎士が一人、命を落としました。……それを受けて、若者達が臆病風に吹かれましてね」
そこで、ジェラルド氏は葉巻を取り出し、思い切り煙を吹き出す。……煙たい。
「先日、騎士団長から直々に指示がありました。『薄明』案件に、騎士団は関わるなと」
「な……!」
あまりのことに絶句する。騎士団長が、市民を見捨てるようなことを、指示したですって?
ルードは静かに、だけど確実に嫌悪感を滲ませ、ジェラルドに尋ねる。
「……市民の安全を守るのが、貴方がたの仕事ではないんですか」
「今回死んだのは冒険者でしょう?あいつらは好き好んで危険な場所に行き来している異常者だ。無辜の市民とは言えませんな」
「なんてことを……!貴方それでも……!」
「……アリー」
騎士ですか。そう、声を荒らげようとした私をルードが静かに制する。冷静になって口を噤んだ。
……ここで喧嘩をしても、仕方ない。
「そちらの事情はわかりました。それでは、現場の状況についてお伺いしたい。……それくらいならいいでしょう」
ジェラルドはことさらゆっくりと葉巻の火をもみ消すと、細い目をにたりと緩ませた。
「ええ、それくらいなら、お安い御用です」
*****
――ヨナス氏を発見したのは、例の小屋がある村に住む羊飼いの少年だったそうだ。
小屋は村の外れ、毎朝羊を放牧する草原の近くにある。彼は羊たちを引き連れてその小屋の近くを通りかかった。そのとき、小屋の前で倒れているヨナス氏を見つけたそうだ。
ヨナス氏は、小屋の入口の前で、扉に向かって手を伸ばした格好で、うつ伏せに倒れていた。
……その背中には赤黒い染みができており、彼の周りには、おびただしい血が水溜りを作っていたという。
*****
「心臓を背中から、鋭利な刃物で一突き…か。聞けば聞くほど
ジェラルド氏から渡された報告書に目を通しながら、ルードが呟く。
当の村へやってきた私達は、まずは『シシリ様』の儀式で様子がおかしくなったという若者の家を目指して歩いていた。
「そうなんですか?」
「ああ。……霊的な存在の仕業なら、もっと異常な死に方になることが多い」
その言葉に、前回の事件で亡くなった騎士のことを思い出す。……確かに、一瞬で身体がバラバラになるなんて、異常中の異常である。
……うう、思い出しちゃった。
「それに、彼は家の外で刺されている。しかも、小屋の方を向いて……この向きから考えると、刺されたのは小屋に入る前だった可能性もある」
「だとすると……」
――小屋の中に入られては困る誰かが、ヨナス氏を刺した?
そんな会話をしているうちに、私達は目的地に到着した。二階建ての、ごく普通の民家である。扉をノックすると、中から疲れた顔の中年女性が現れた。
彼の母親と名乗るその女性によると、彼は事件の後、仕事にも行かず家に引きこもってしまっているという。更に、誰が訪ねてきても会いたくないと。
「子どもじゃないんだから……。いつまでもこの調子じゃ、困るんですけどね」
母親は途方に暮れたように二階への階段を見上げた。そこに息子がいるらしい。
困ったな。話を聞けないんじゃ意味がない。
「例の小屋では、前から幽霊騒ぎがあったんですか?」
ルードが尋ねる。母親は大げさに手と首を振って否定した。
「いいえぇ。しばらく空き家だったけど、そんな話は一度もなかったですよ。……ただ、中で人が亡くなったことがあるってんで、肝試しに行ってみようなんて馬鹿なことを考えたみたいで」
「人が?」
「いやね、変な事件とかじゃないのよ。前に住んでた親子……母一人、子二人だったんだけど、そのお母さんが亡くなってね。
風邪から肺炎を拗らせたって聞いてるわ。元々身体が強くない人だったから」
「子ども達はどうなったんですか?」
「すぐに、首都で商売やってる親戚んちに行くことが決まったわよ。……いい子たちでね。元気にしてるといいんだけど」
「そうですか……」
悲しい話だ。しかし、よくある話でもある。
……無念だっただろうな、子どもを置いて逝くのは。
どちらにせよ、亡くなった母親と小屋の怪異は関係なさそうに思える。私とルードが顔を見合わせていると。
「あのガキだ!!」
突然、階段の上から男の大声が聞こえてきた。
驚いて目を向ける。
階段上に一人の青年が立っていた。汚れた部屋着を着て、目の下には濃い隈ができていた。酷い有様だ。
「アンタ、いきなりどうしたのさ」
戸惑う母親を無視して、青年は言葉を続ける。
「……ガキだ。思い出した。あの日、小屋の中に……ガキが居た。昔あの家に住んでた、妹のほうだ」
震える声でそこまで言うと、青年は言葉を止める。ゴクリ、と生唾を飲み込んで、叫んだ。
「……血まみれのあのガキが、オレを見てたんだ!!」
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